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雑種と未来人の現代ダンジョン  作者: たろっぺ
第四章 新たなる力
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第九十一話 歴史に刻まれるかもしれない日

第九十一話 歴史に刻まれるかもしれない日



 ひとしきり喜んだ後、今後の事へと話題を移す。


「で?で?これって結局どれぐらいの量なん?」


 まだちょっと頬が上気している璃子先輩に、たつみんさんが答える。


『ここにあるのはほんの一部がおー!全部でA4用紙約37万枚分がおー!用途を考えて、通常のスクロール用と供給用、それとカメラに使う用に分けてあるがおー!』


「そん」


「なに」


 思わず、璃子先輩と揃って真顔になる。


 A4用紙37万枚って、あんまり想像できないのだが。えっと、電気屋さんとかで売っている、コピー用紙のやつって1束500枚だっけ?


 ……え、あれが740束分?


 それは重さ何キロなのやら。たしか工場に送った丸太は3本だったのだが、そんなに沢山できるんだ……。


 ぽん、と。美由さんが肩に手を乗せてくる。その瞳は、僅かに潤んでいた。


「やりましたね、耕太さん……!早速、スクロールの量産作業に移りましょう!」


『そうがおそうがお!既に機材は例の場所に置いてあるがお!出発がお~!』


「ちょ、引っ張らないでください……!」


 左手をたつみんさん。右手を美由さんに掴まれ、扉の方に引っ張られる。


 というか、この倉庫これだけ!?マジで何で1回こっちに集まったんだ……?


 出入口とは違う扉から微かにロッソさんの魔力がするから、何か見せる物があるのかと思ったのだが。


「え、えっと……ゆくぞ!若き鬼よ!」


「何で貴女まで押すんですか!?」


「がんばえー」


「いや璃子先輩も止めてくださいよ!?」


 ロッソさんまで背中を押し始め、バランスを崩しそうになる。


 くっ、たつみんさん以外、掌の柔らかさや熱が伝わってきてこそばゆい!


 扉を出て、隣の倉庫へ。そちらも本来は空っぽなのだが……こちらには、数機の『ゴーレム』が置かれていた。


 それを見た璃子先輩が、苦笑を浮かべる。


「うん……こっちへ送る前にも見たけどさ……格好わるぅ」


「仕方ないじゃないですか……効率重視なんですから」


 彼女がそう言うのも無理はない。


 頭部。例の装着型ゴーレムの頭部パーツ……を、作った時の端材で作った円筒形の頭に、ビー玉の目を付けただけ。一応、側頭部に小さなフックが耳みたいについている。


 胴体。こちらはただの直方体。背中に、装着型ゴーレム同様後で供給用スクロールを取り付ける為の突起がある。


 腕は、右腕のみ人間のそれになるべく近づけた。かなり精巧にできている。半面、左手側はただの角材を取り付けただけ。


 胴体の下には直接足がついているのだが、横から見ると三角となる様に、3本の木材をくっつけただけだ。それが、2つ。


 胴体と足の接続部は斜めになっており、やや前傾姿勢となっていた。なんせ、腰の可動域は皆無というか、右腕以外はほぼ動かない。


 だが、このゴーレムはこれで十分なのだ。


「スクロール生産用ゴーレムです。字を書ければ、それで良い」


 紙をつまみ、ペンを握れる。そして、字を書く。それらの作業に、足や腰はいらない。


 ゴーレムは人型である必要があったから、右腕以外の部品も作っただけだ。


「耕太さん」


「あ、うん」


 美由さんに促され、『言霊』のスクロールが納められたケースを取り出す。


 ゴーレムの前にたつみんさんが折り畳み式の机を置き、ロッソさんがその上に下敷きを敷き、先ほどの紙を載せ文鎮で固定する。


 そして美由さんが習字の硯と、『変若の水』で溶かした墨を用意。最後に、ガラスペンをゴーレムの右手に握らせた。


 深呼吸を1回。大丈夫だと自分に言い聞かせて、ゴーレムに近づいた。


 木製の肩に手を置き、魔力を供給。起動させた後、スクロールケースを握り込む事で『言霊』の魔法を発動する。


「……おはよう。こちらの言葉が分かるのなら、右腕を少しだけ上げて」


 そう、ゴーレムに告げた。やや前傾姿勢を取っているゴーレムの眼前に、薄い青色のメッセージウィンドウに似たものが出現。文字が描かれる。


 すると。


「おお……」


 ゴーレムが、右腕を少しだけ上げた。


 ジェスチャーで動作を教えたわけでも、具体的にどれぐらい上げるか伝えたわけでもないのに。少しだけ、上げたのだ。


 その事に安堵しながらも、続けて指示を出す。


「右手に持っているペンを、机の上にある墨につけて。次に、それを使って今から見せる術式をしっかりと読むんだ」


 言った通りにゴーレムが動き、ガラスペンの先をペチャリと墨につけた。


 魔法のメッセージウィンドウを挟む様にして、簡易スクロールの術式を書いたメモを見せる。


「読み終わったら、第1節の部分を、紙の左上から右に向かって書いていって」


 こちらの指示に、ゴーレムがペンを動かす。


 その動きは、ハッキリ言って遅い。だが、書き込まれる術式に狂いはない。


 これまで、テレビやネットではゴーレムは物を上手く書く事ができないと報じられていた。自分が昔試しに作った機体も、同じである。


 しかし、命令さえきちんと伝わったのなら……ゴーレムは、魔法文字を書く事ができるのだ。


 20秒ぐらいかけて、ゴーレムが1節書き終える。


「よし……じゃあ、そのすぐ下に第2節を」


 そうして、順番に呪文を書かせていく。


 これは予想だが、呪文を丸ごと書き写させるにはゴーレムのキャパシティが足りない。あらかじめ術式を分解し、必要最低限の部分だけ抜き出して、分かり易い様に分けておく必要がある……と、思う。たぶん。


 そうして、10分ほどかけてゴーレムが簡易スクロールを書き上げた。


「……お疲れ様。ペンは、今硯の横に置いたガラスの瓶に入れて。それで作業は一旦終了」


ゴーレムがペンを置いた後、こちらも手を放して魔力の供給を止めた。機体の中を流れていた魔力が、霧散して消える。


 ゆっくりと、文鎮をどかして今しがた術式を書いた紙を持ち上げた。


「乾かすまで、この網の上に」


「はい」


 ロッソさんに促されて、スチールラックへと慎重に今の紙を置いた。そして、文鎮を載せて固定する。


 たったそれだけの作業なのに、緊張のせいか妙に疲れた。魔力消費は大したものではなかったのに、額に汗が浮かんでいる。


 ハンカチで軽く拭った後、他のメンバーに向き直った。


「30分ぐらい乾かしてから、きちんと起動するか試しましょう」


「……いや、何というか。あーし、凄いもん見た気がするわ」


 璃子先輩が、マジマジとスクロール作成用ゴーレムを眺める。


「で、あるな。正直、工程だけ見れば普通に作業用アームどころか、印刷機で事足りそうなのだが」


『何か緊張しちゃったがおー。ゴーレムって、あんな風に字を書けたんだがおねー』


 3人の反応に、ですよねと頷く。


「でも、ゴーレムなら術式を理解した上で、魔力を流しながら書く事ができますから」


「らしい、な。ゴーレムが書いたスクロールで魔法が使えるか……それを見てから、吾輩は本格的に驚愕と感動をするとしよう」


「事前に言う事ですか、それ……」


「実際、これで魔法が使えたら凄い事だもんねー。……あれ、美由っち?」


 直立不動かつ無言のままの美由さんに気づき、全員の視線が集まる。


 璃子先輩が顔の前で手をひらひらと振っても、動かない。これは……。


「し、死んでる……!?」


「気絶しているだけじゃい。いや、気絶ってやばいのでは?」


 無駄に大仰なリアクションをする璃子先輩にツッコミをいれた後、ちょっと焦る。


 え、これ大丈夫?取りあえず『変若の血潮』使えば良い?


 右掌に魔力を集めようとした瞬間、美由さんがクワッと目を見開く。


「はっ!?ここは……」


「あ、良かった。目が覚めた」


『大丈夫がお?意識はハッキリしているがおか?』


「はい。問題ありません。どうやら、夢を見ていた様です。ゴーレムが人間の言う通りに動き、術式を理解して文字を書いていました。いつか、あのような未来がくると良いですね……」


「いや、それ現実」


 無駄に清々しい顔で遠くを見つめる美由さんに、首を横に振る。


 そこまで驚かんでも。大袈裟な。


「……!?げん、じつ……!いえ、幻術……!?」


「幻でもないから。事前に説明はしたじゃん……」


「す、すみません。実際に見るのと聞くのとでは、違ったもので……本当に、本当なんですよね?」


「……きちんと書けたよ。墨が乾くまで成功したかは分からないけど」


「そ、そうですか……そう、ですか……」


 数秒ほど、噛み締める様に呟いた後。



「…………ッッ!!」



 目を閉じて、彼女は右の拳を高々と掲げた。


 気持ちは分かるけど喜び過ぎぃ!?


 どうしよう、これで魔法発動しなかったら……あんまりプレッシャーをかけないでほしい。胃が痛くなってきた。


 お腹を軽く押さえながら、視線を彼女の手首に移す。


「どうする?乾くまでの間に、パワードスーツの方の実験準備とかする?」


「そうですね。時間は有限です。次の実験の準備に移りましょう」


 もの凄い速さで美由さんが姿勢を正し、こちらへ向き直る。


 その際に、彼女の爆乳が『たゆん』と揺れた。手を引っ込めた際に、縦に。そして向き直った際に、横に。それはもう、ダイナミックな揺れを披露してくれた。


 決して、全体がもの凄い勢いで揺れたわけではない。だが、その巨大さからささいな揺れであっても大きな揺れに見えたのだ……!


 ……こっちの方が、人類として喜ぶべき事象だと思うッ!


 言わないけども!言ったらセクハラだから、目を逸らすだけだけども!


「ふっふっふ。装着型ゴーレムの実験であれば……吾輩に良い案がある」


「その声は!」


「そう……誇り高き魔界貴族!ロッソ・ヴェンデッタである!」


 壁に背を預け、巨乳の下で腕を組むロッソさん。彼女に、璃子先輩が大仰に驚く。


「……前にも似た様な事をしていませんでしたか?」


「美由っち。これは『天丼』と呼ばれるコメディの技法なのさ……!」


「しっかりと覚えておくと良い……!」


「お二人がそう言うという事は、どうでも良い事なのですね」


「美由っちぃ!?」


「うん」


「若き鬼ぃ!?」


『2人ともー。ふざけていないで、真面目にやるがおー』


「はーい」


 元気の良い返事をした似非ギャルと20代厨二が倉庫を出たので、自分達も後を続く。


「そいでロッソん。聞かせてもらおうか。君の考えとやらを……!」


「ふっ……しからば、かちゅも、刮目して見よ!」


「噛みましたね」


「美由さん。前にも言ったけど、スルーしてあげて……!」


「うーん、ナイス天丼」


「か、つ、も、く!して見よ!!」


 ちょっと顔を赤くしたロッソさんが、勢いよく右手を上げた。


 オッパイが揺れた!


 ───パチン!


 彼女の指が鳴る。ゴスロリ衣装越しのお胸様に気を取られていたが、突然指パッチンして何を?


 数秒ほど沈黙が辺りを包んだ後、ロッソさんがもう1回指を鳴らした。しかし、何も起きない。


「……ちょっと待ってね」


「はい」


 プルプルと顔を真っ赤にしたロッソさんが、涙目のまま先ほどの倉庫へと入っていく。


 どうやら、あの時感じたもう1つの扉から感じた魔力の元を呼びにいったらしい。


 と言うか、彼女が見せたいものって『固有異能』で作った使い魔か。


 そう察しをつけていると、扉が開いて予想通りロッソさんと使い魔が出てきた。


 しかし、予想外な点が2つ。


 1つは、使い魔がダイバースーツらしき物を身に纏っている事。


 もう1つは、その数が『5体』に増えている事だ。


「フハハハハハ!見よ!これこそが、この実験の為に吾輩とたつみん殿が用意したモルモットなり!存分に使い倒すがよいわっ!ハーッハッハッハッ!」


「……あの。ロッソさん。たつみんさん」


「どうした、若き鬼よ!感謝の言葉はまだ早いぞ!この世ならざる鎧が真に完成した時に、感涙にむせびながら我が名を呼ぶが良い!あ、愛……親愛を!籠めて!」


『アタイも頑張ったがおよー!それで、耕太君!どうしたがおー?何か聞きたい事でもあるがおかー?エッチな質問はダメだおよー?』



「……何で、使い魔がこんなにいるんですか?」



 その問いに、2人はそっと顔を逸らした。


 おい、成人組。


「使い魔って、一定以上の大きさの動物が必要なんですよね?まさか……」


「偶然だがー?吾輩とー、たつみん殿がー。偶然山の近くを散歩していたらー。獣に遭遇してしまっただけだがー?」


『そうがおよー?アレは偶然だったがおー。アタイ達恐くってー。驚いてつい『えいっ』てしちゃったがー。当たり所が悪かったんだがおねー』


「あれは不幸な事故だったのだ。それが複数回起きてしまっただけなのだ。ねー」


『ねー』


「ねー、じゃねぇよ。……いや、まあ。はい。良いんですけどね、個人的には」


 お巡りさんや動物愛護団体に聞かれたら、間違いなく怒られるが。


 どう考えても鳥獣保護法とかその他もろもろに反している。でも、証拠はたぶんないし。恐らく。メイビー。


 というかもしかしなくとも、ロッソさんが数日前からこっちにいた理由それだな?事故に見せかけて、たつみんさんと獣を狩っていたな?


「うむ!気にするな!」


『そうがおー!事故は起きるものがおー!』


 開き直った様子で、こちらへ向き直る成人組。遵法精神という概念はないらしい。


 この人達、基本的に善人だけど我が強過ぎるというか、我が道を行くというか……。


 いや見た目通りだけども。四六時中ゴスロリと着ぐるみって段階で、社会常識とか気にするわけねぇけども。


「いや……うん。まあ、はい。事故ですね」


 でも証拠はないし、自分としても『事故』で済ませた方が好都合なので。目を逸らしながら頷いておく。


 ああ、何かちょっと闇に堕ちちゃった気分……。


「よし、事件性はなかったな!」


『理解してくれて良かったがおー!』


「……あーしも、オタク君と同意見って事で。見なかった事にするわ」


「私は一向に構いません。人類の未来以上に優先するものはないかと」


「うむ!」


 自分達の言葉にロッソさんが大仰に頷いた後、右腕で使い魔達を指し示す。


「こやつらは制作の際、あえて膂力や耐久性を低くしている。それでも俊敏性以外は鍛えた人間程度の性能はあるだろう。これをテスターにするが良い」


「ああ、だからダイバースーツを」


「パワードスーツと言ったら、こういうのを下に着るものだからな!」


 サムズアップするロッソさんに、こちらも親指をたてる。


 そうでなくっちゃですよね……!


「では美由よ。パワードスーツは持ってきているな?」


「はい。こちらに」


 美由さんが手首に巻いたネックレスから、空間を捻じ曲げて5機の装着型ゴーレムを取り出す。


 その外見は、以前の物よりかなりブラッシュアップされていた。


 全体的に鋭角な箇所が増え、色も都市迷彩柄に。


 何より、頭部にはゴツゴツとしたゴーグルが増設してある。その側面には2つずつ小型のカメラが取り付けられていた。


 ……ちょっと格好いい。


「供給用スクロール以外は、ほぼ試作機として出来上がってはいるよ」


 璃子先輩の言葉に、ロッソさん不敵に笑う。


「ふっ。では、初装着の栄誉は吾輩の使い魔達が頂くとしよう」


「え……じゃあ僕先に着ても良いですか?」


「いや、貴殿が着ても何んの参考にならんのだが?」


「いいや!ここはあーしだね!」


「璃子よ、貴殿もか。いや、気持ちは分かるんだけどね?2人とも。でもそういうので張り合うのはやめなさい。美由からも何か言ってやれ」


「…………すみません」


「美由?」


「美由さん?」


「美由っち?」


『がお?』


 自分達の視線に、美由さんがそっと顔を逸らす。


 薄っすらと、その頬を汗が伝った。


「……着た?」


「……こっそりと」


「そっかぁ……」


 璃子先輩の言葉に、顔を逸らしたまま彼女は頷いた。


 こっそり着ちゃったかぁ。


「まあ、美由さんが初の装着者って言うのなら、良いか」


「んだねー。でもその時の映像を撮らせてくれなかったのはゆ゛る゛さ゛ん゛!」


「す、すみません。つい出来心で……起動はしていませんが」


 分かる、分かるよ美由さん。パワードスーツが自分の家にあったら、取りあえず着るよね……!


 むしろ、それだけ彼女の情緒が育っている事を喜ぶべきだろう。いや、最近もう普通にツッコミもしている気がするけども。


「おっほん!では、我が使い魔達よ!この世ならざる鎧を纏い、未来への礎となるのだぁ!」


「言い方」


 まるで着たら死ぬみたいに言わないでほしいのだが。


「いや、というかねロッソん」


「どうした、璃子よ。やはり起動状態の初装着は譲れんか……!」


「そうだけど、そうじゃなくってさ」


 璃子先輩が、微妙に気まずそうな顔で手を横に振った。



「まだ測定用の機械とかもろもろ用意してねぇから、実験できねぇよ?」


「 」



 ロッソさんがもの凄い顔をしている……!


「あくまで、今日は実験の『準備』のつもりだったから……何か、ごめん」


「……くすん」


 あと、彼女の使い魔達はパワードスーツを着る様に命じられたのに、スーツの眼前で立ち止まったままだ。


「頑張って、たつみん殿とダイバースーツ着せたのに……」


『がおー……』


 あ、さては使い魔達、自力でパワードスーツ着れないな?


 何とも言えない空気が、周囲に広がった。


「……ゴーレム産のスクロールが乾いたらすぐ使える様に、そっちの準備していましょうか」


「うむ……」


 とぼとぼと、ロッソさんが使い魔達を倉庫の中に戻していった。



*    *    *



「……乾きましたね」


 紙の表面に触れ、墨が乾いている事を確認する。


 美由さん達と頷き合い、紙から余分な部分をカッターでカット。用意しておいた霊木の芯に端を固定し、巻き付けた。


 これで、スクロールは完成……の、はず。


 後は、実際に試すだけだ。


「美由さん」


「はい」


 彼女がスクロールを受け取り、ケースに納めた後リボルバー型の杖に装填。ゆっくりと、数メートル先の壁に狙いをつけた。


 コンクリート製の、灰色の壁。的も何もないそこへ杖を向ける美由さんの姿は、まるで敵に相対した時の様な構えと雰囲気であった。


 彼女にとって、命懸けの戦場に近い心境なのだろう。


 その白魚の様な指が、ゆっくりと絞られて。



 魔法が、発動した。



 杖先に出現した、拳大の水の塊。それが、時速100キロ前後で壁に飛んでいく。


 何の細工もしていない簡易スクロールだけあって、その威力は低い。ピシャリと壁に当たって弾け、ただ濡らしただけ。


 だが、その意味は。あまりにも大きい。


「よっっ……しゃぁ!」


 全力でガッツポーズをする。視界の端で、璃子先輩が、両手でそれぞれロッソさんとたつみんさんとハイタッチをしていた。


 美由さんが杖を下に向け、こちらを向く。


 その瞳は、微かに潤んでいた。彼女の桜色の唇は、柔らかな弧を描いている。


 桜が花開いた様な、笑顔だった。


「でき……ましたね」


「うん……!」


 きっと、もっと凄い対魔物用の武器が、今後作られていく事だろう。自分達がした事なんて、歴史ではろくに語られないかもしれない。


 それでも、きっと……確かに、この世界の100年後は変えられた。そう、思えた。


「なーに2人でしっとりしてんのさ!もっと騒ごうぜ!はしゃごうぜ!PON!PON!」


「あはは。そうで……いやどっから出したそのアホみたいなグラサン」


「ギャルの必需品だぜ、ブラザー!」


「絶対に違う」


 星型のサングラスをかけた璃子先輩が、人差し指を天に突きつけて謎のポーズをとっている。その喜び方は何かおかしくない?


 その姿に、自然と笑いがこぼれていた。今なら、箸が転がっただけでも笑ったかもしれない。美由さんですら、声こそ出していないが笑っている。


 そんな中。


 ───ピロン♪


「ん?」


「お?」


 自分と璃子先輩のスマホが、同時に鳴った。


「ちょっとすみません」


「ごめんナイトプール。ちょっと待っててパシャパシャ」


 それぞれスマホを取り出し、画面を見た。


 だが、こちらのスマホには何もきていない。となると、もう1つの方か。


 虎毬さんから預かった、盗聴やハッキング対策がこれでもかと施されたというスマホ。そちらに、彼女から連絡がきていた。


 送られてきたメールの内容を確認し、思わず目を見開く。


 ……このタイミングで、か。このスマホから見張っていたりしないよな、あの人。


「皆さん」


「どうした、若き鬼よ」


「……例の、虎毬さんのお知り合いに会わせてくれるって話、纏まったみたいです」


 スマホの画面を他のメンバーに見せながら、告げた。



「来週。東京で会ってくれるそうです」



 新幹線のチケットや宿泊するホテルも、虎毬さんが用意してくれるらしい。


 まだ誰なのかは知らないが……とある『元大物政治家』との接触が、可能となった。


 少し急ではあるが、ある意味ベストタイミングと言える。このゴーレム産スクロールを、紹介できるのだから。


「本当ですか!?なら、急いでパワードスーツの方も実験の支度を終えないと……!」


「ちょっと待った」


 興奮した様子の美由さんの言葉を、璃子先輩が遮る。


 彼女は、どこか硬い表情でスマホの画面をこちらに向けてきた。


「お祖母ちゃんから連絡があった。あーし、お祖母ちゃん、ロッソん、そしてオタク君に、来週東京で開かれる『クラン総会』に出てほしいって要請があったらしい」


「え、来週?それに、何で僕らが……?」


「『聖娼館』のクランマスターにも、話がきているそうだよ。どうも、一定以上力のある冒険者には全員声がかかっているみたい。クラン総会なんて、普段は各県の県庁でそれぞれやって終わりだってのに……」


 璃子先輩が、苦虫を噛み潰した様な顔で後頭部を掻く。



「これは……荒れるかもよ。来週の東京は」



 虎毬さんが取り付けてくれた元大物政治家と会う日と、クラン総会……その名の通り、全国の各クランが集まる会の開催が、被っている。


 ただの偶然か、誰かの思惑か。どちらかは分からないが……。


 彼女の言う通り、自分の第六感が嫌な音をたてた気がした。





読んで頂きありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


『コミュ障高校生、ダンジョンに行く』の外伝も投稿していますので、そちらも見て頂ければ幸いです!


Q.ここまでの紙の生産に関する予算って、誰が出しているの?

A.主に美由さんで、そこに耕太と璃子先輩、ロッソさんとマスターが追加で出した感じですね。それぞれダンジョンで稼いでいますし。

美由さん

「……利益が出た場合、筆頭株主という事になるのでは。その場合、その権限で耕太さんに色んな格好を……」

耕太

「現代の法律ではそれガッツリ犯罪だからね?」


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