第九十話 その紙に書かれるのは
第九十話 その紙に書かれるのは
6月も終わりが近づき、気温もすっかり夏になってきた。
製紙工場に紙づくりを依頼して、もうすぐ2週間。その間、自分達は何をしていたかと言うと。
「もう少し、右を向かせてくれ」
「分かりました」
主に、絹江さんのスケッチを手伝っていた。
凍り付いているデュラハンを、ゆっくりと動かす。剣を振り上げた姿勢で、彫像の様に固まっていた。
だがまだ生きている様で、時折氷に覆われた関節からギシギシと聞こえる。武器ぐらいは取り上げておきたいのだが、絵の出来に支障が出たら困るしなぁ……。
周囲は美由さんと璃子先輩が警戒してくれている。自分はモデルとなっている個体が動き出さない様、そちらに集中する事にした。
絵を描き始めて約20分。絹江さんが小さく息をつき、スケッチブックからペンを完全に離す。
「よし。描き終わった」
「分かりました」
『A……AA……』
氷を割りながら動き出そうとしていたデュラハンの胴を、横薙ぎに両断する。
ガラスが割れる様な音と共に、魔物は黒い霧に変わった。
「いやぁ、しかし便利だな。その魔法。こびりついている霜や氷が少し邪魔だが、比較的強い魔物でもモデルにできるんだから」
「恐縮です」
「やっぱ行動阻害系の状態異常は正義。ハッキリ分かんだね」
視界の端で、璃子先輩が豊かな胸の下で腕を組んで頷いている。
実際、『氷嵐』の魔法は便利だ。最近、もっぱらこのスクロールを書いている気がする。次点で『言霊』。
他にも有用そうな魔法もちょくちょく書いているので、ダンジョンに行っていない日はスクロール作りで魔力切れになっている。
魔力量が増えたおかげで1日に書ける量が増えたが、新しいスクロールはどれも文字に籠める魔力が前のより多いから少し大変だ。
「じゃ、アタシは他に目ぼしい個体が出るまでは後ろで大人しくしてっから。言われたら魔法を撃ちはするが、タイミングは読めんからきちんと指示してくれよ」
「おっけまるー。きちんとエスコートしてやるから安心してなー」
「おう。マジで頼むぞ。アタシはここの魔物相手だと、瞬殺されるからな」
「はい。気を付けます」
幸い、デュラハンは接近する際の音が大きい。弱点もハッキリしているので、対処は比較的容易いはずだ。
それでも油断はできない。常人なら一瞬でミンチにできる膂力を、ここの怪物達はもっている。自分は兎も角、絹江さんや美由さんに攻撃が飛ばない様に気をつけねば。
璃子先輩は……まあ、自力で何とかするだろう。たぶん。
「おん?どうしたオタク君。あーしのギャル力に目が眩んじゃったかな☆」
「いや。頑丈そうだなって」
「どういう意味かな?……いやマジでどういう意味?」
「頼りにしているって意味です」
「ならば良し!」
ドヤ顔で頷く璃子先輩から視線を外し、前方に顔を向ける。
すると、今度は美由さんが肩をつついてきた。
「んえ?何かあった?」
「いえ。そうではなく……」
「……あっ」
振り返ると、美由さんがこちらをジッと見ている。直前の会話から、何となく彼女が言いたい事を察した。
「美由さんには、頑丈さ以外の所を頼りにしているから。判断力とか、咄嗟の対応力とか」
「あとオッパイの大きさとか」
「そうそう……って突然横からボケないでください、璃子先輩」
「てへ☆」
てへ☆、じゃねぇよ。舌をちょっと出すな。てへぺろってもう古いわ。
……顔が良いから絵になるのが、余計に腹立つ……!
「分かりました。頼りにしてください」
「う、うん。あの、璃子先輩が言ったのは気にしないでね?」
「?分かりました」
あんまり分かっていなさそうな顔で、美由さんが頷く。
マスターの情操教育でも、彼女の乙女心を育てるのは一朝一夕とはいかないか……。
「……お前ら。マジで頼むからな?」
ジトっとした目の絹江さんに、3人で頷く。
何か、すんません。
今度こそ、周囲を警戒しながら歩き出す。
「そういやさ、絹っち。普通の人にならアウトかもだけど、絹っちなら良いかなーって質問があるんだけど」
「どしたよ。そんなアタシ好みの言い回ししやがって」
視線を巡らせながら、璃子先輩が口を開く。
「絹っちって、自分の絵が評価されたいわけじゃん?ぶっちゃけ……どうなん?」
「どうって、何がだ」
「……芸術性ではなく、『正確な魔物の絵』という実利だけで評価されそうな事、ですかね」
「まあ……それだね」
「んだよ、そんな事か」
璃子先輩の言葉を引き継いでそう告げれば、絹江さんが小さく鼻を鳴らした。
「確かに、アタシだって芸術面で評価はされたい。だが、それは今じゃなくて良い」
「と言うと?」
「お前ら、絵の上達には何が必要だと思う?」
絹江さんの問いに、少し考えてから答える。
「練習、とか?」
「愛……かな?」
「上手い人の模写が効率的と、聞いた事があります」
「美由は及第点。耕太は合格。璃子はその辺で死んでろ」
「ひでぇ!?」
「練習が正解って……ああ、つまり」
「おう。兎に角、アタシは絵を描いていたいんだよ。休みはするがな」
「なーる。生活するにも、画材を用意するのにも金がいる。だったら、何でも良いから絵をお仕事にして稼ぐのが一番上達の近道と」
「そういうこった。『魔物の絵』でいつまで儲けが出るか分からんが、稼げる内に稼がねぇとな」
振り返らずとも、絹江さんが不敵な笑みを浮かべているのが分かる。
「ゴッホだってその絵が評価されたのは死んでからだ。異能者が何年生きるか知らねえが、アタシに先生方が言う『独創性』とやらが身につくか、あるいは世界がアタシに追いつくか。どちらにしろ、絵を描き続ければいつか辿り着くさ」
「……凄い自信ですね」
美由さんの言葉に、彼女は声をあげて笑う。
「はっはっは!当たり前だろう、おい。そりゃあ、数年前の自分の絵を見て『下手くそが』と思う事はあるが……それでも」
その口調は、いつも通りどこかぞんざいでありながら。
「アタシの絵の1番のファンは、アタシ自身なんだぜ?こいつぁ、いずれピカソやゴッホ、北斎と並んで語られる絵師だってなぁ」
確かに、自信と優しさが混ざっていた。
「……なるほど」
少し振り返れば、美由さんが感心した様子で頷いていた。
自分も同じ気持ちだ。絹江さんって、倫理観や社会性はちょっとアレだけど、絵に対しては本当に真摯なのだな……。
そういう『進みたい道』がハッキリしている人は、尊敬する。僕にそういうものはまだないし、これから見つけられるかも分からない。
将来なりたいもの、か。小さい頃は戦闘機のパイロットとか、宇宙飛行士に憧れていたけど。今から本気でそれを目指す為に努力しようとも思えない。
つくづく、夢に向かって突っ走れる人は、凄いと思う。
と、そんな事を考えていると、騒々しい走行音が聞こえてきた。
「数は3体。右、いえ、正面丁字路の右側からきます」
「あ、わりい。今の笑い声が原因か?」
「いえ、たぶんそんな事はないかと」
「そーそー。どっしり構えてなぁ、未来のゴッホさん」
「いや。ゴッホみたいな最期は嫌だぞ。アタシは」
「そういう事ではないかと」
それぞれが得物を構え、後衛を美由さんが発動した『破邪結界』が覆う。
『AAAAAAAAッッ!!』
通路の向こうから現れたデュラハン達に、『魔法拡大』を使った『破邪』を放つ。
直後に、敵集団へと突撃した。
……ほぼ同時に飛んでいった『破邪結界』で、間合いに入った頃には全滅していたけど。
『魔法拡大』で増えた『破邪』で負傷し、足が止まった瞬間を結界が包み込んだらしい。片方だけなら兎も角、両方を受けた3体は黒い霧になって消えていく。
ちょっとぎこちなく振り返れば、美由さんが真顔でピースしていた。
うん……頼りに、してまーす。
ピースサインの下で存在感を主張する爆乳や、更にその下にあるくびれた腰やシースルー素材のせいで際どい股間とむっちりと柔らかそうな肉が詰まった太腿。
それらから、全力で目を逸らしながらサムズアップで返しておいた。
* * *
そんな感じで過ごした2週間。デュラハンからのダンジョンから帰った日の夜、遂に工場から『紙が出来上がった』との電話がきた。
週末だった事もあり翌日、電車とバスを乗り継ぎ、山岡さんの車にバス停まで来てもらって目的の場所へ向かう。
例の宿で荷物を置いた後、たどり着いた目的地。そこは、製紙工場でもたつみんさんの家でもない。
たつみんランドの裏手。今は空っぽとなっている倉庫にて、たつみんさんとロッソさん。
そして、簡素な机の上に置かれた、紙の束が出迎えた。
『皆ぁー!待っていたがおよー!』
「フハハハハハ!よくぞ来た、この世の歴史にまた新たな足跡を刻む者達よ!」
「どうも。って、何でロッソさんがここに?」
「吾輩いらない子扱い!?」
「いや、そうじゃなくって。先についていた理由は何かな、と」
「そ、そうか。ふっ。そうであったな。うん。わ、吾輩がハブられるとか、不要とされるとか、そんんわけがない。……ないよね……?」
「ないない」
若干涙目になるロッソさんへ、全員で手を横に振る。
「で、あるな!おっほん!何を隠そう、吾輩はここ数日こちらへ泊っておったのだ」
「え、そうだったんですか?」
「あー。そう言えば、最近直接顔を合わせてなかったわ」
「納得しました」
「……ねえ。吾輩、本当に必要とされてる……?」
「必要ですから。大切ですから。落ち込まないでください」
「そ、そう……?」
本心である。彼女は大切な仲間だ。不要などと思う事はない。
……偶に、ちょっと面倒って思うだけで。
「今『偶にちょっと面倒』って顔をしなかったか!?若き鬼よ!なぁ!?」
「そ、そんな事ないですよー」
両肩をガッチリつかまれ、がくがくと揺らされる。
ちょ、近い!整った顔とゴスロリに包まれた巨乳が近い!
「それはそうと、そっちのが、例の?」
『がおー。川上さんが、ここまで運んでくれたがおー』
倉庫中央に置かれている、飾り気のない横長の机へ他3人が視線を向ける。待って、僕を置いて話を進めないで!?
「……オタク君。ロッソんと乳繰り合ってないで、確認しにきて」
「ち、乳繰り合ってなどおらんわ!」
勢いよく揺らされた所で手を離され、たたらを踏む。
まだ視界がグワングワンする……。
「じゃあ未成年淫行」
「冤罪!?」
「……拝見します」
机に近づき、紙を手に取った。
自分が手作りした物とまるで違う、ツルツルとした表面。薄っすらと木の繊維が見えているが、それでもほぼ真っ白な紙。
だが、この手で作った物と同じ点が1つだけ。
『……どうがおか?魔力、ちゃんと内包できているがおか……?』
少し心配そうなたつみんさんの問いかけに、ゆっくりと振り返り。
「完っっっ璧……です!」
ビシリと、親指をたてた。
歓声と拍手、そしてハイタッチの音が倉庫内に響く。
魔力を籠めた紙の量産が、成功したのだ。
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