第八十九話 魔法
第八十九話 魔法
ぐるりと、吸い込まれる様な感覚。その直後、足裏に柔らかい土の感触が伝わってくる。
黒い、どこかじっとりした地面。だというのに、肌を撫でる風は少し乾燥していた。
視線を上げれば、鬱蒼とした森が広がっている。偽りの空から降り注ぐ陽光は、ほとんど大地にまで届いていない。
それでも微かに届く光に照らされて、木々の幹が煌めきを放っていた。葉の影と合わさって煌めいて見えるのではなく、本当に光を反射している。
木の幹は、青銅でできていた。
鱗状の樹皮が、まるで鏡の様に光を受けて煌めいている。頭上で揺れる葉は普通のものだと言うのに、どう見ても尋常な植物ではない。
不気味さと神秘的な気配を放つ空間が、自分達を出迎えた。
情報通りの光景に、念の為点けていたランタン型LEDの電源を切る。この明るさなら、問題ない。
剣を抜いて右手に握り、後ろの仲間達に首だけ振り返る。
「2人とも、いけますか?」
「もちのろんだぜー」
「問題ありません」
その返答に、自分も頷く。
「そいじゃ、美由っちはまたナビお願い。オタク君は周囲の警戒をよろ。あーしは、ちょっと魔法使うから待ってね」
そう告げて、彼女は事前に渡しておいた『魔法拡大』のスクロールを握った。
「了解」
「はい」
言われた通り、剣を構えて周囲に視線を巡らせる。見えている範囲に、おかしな魔力の流れはない。
背後から、璃子先輩の詠唱が聞こえてくる。未知の言語で紡がれるそれは、最後の一節だけ意味の分かるものであった。
「───灼熱より護れ。『アンチ・ヒート』」
声に乗せられた魔力が、自分達を一瞬だけ赤い光が包む。
それもすぐに消えたが、彼女の魔力が体表を覆っているのが分かった。
「ありがとうございます、璃子先輩」
「良いって事よぉ!」
ドヤ、と。璃子先輩が胸を張る。
揺れる『霊装』に包まれた巨乳から視線を逸らし、周囲の警戒を続行。やはり、まだ近くには敵がいなさそうだ。
「現在地は『I―50』。方角は不明です」
「そいじゃ、取りあえず前進してみよっかー」
「はい」
小さく頷いた後、ゆっくりと探索を開始する。
柔らかい地面に足跡を刻みながら進んでいけば、気のせいか木の幹の煌めきが増した気がした。
それが獲物の到来を喜んでいる様で、どうにも不気味に感じる。
「にしてもさぁ」
璃子先輩の声に、意識の一部を背後に向ける。
「この辺の木の幹とか、持って帰れたら魔力を帯びた青銅が手に入りそうだよねー」
「本当ですよね。でも、物質化が安定していない魔力の塊なんで、実際に持ち出したら消えちゃうんですけど」
「なー。前みたいに、魔物のへそくりでも見つかれば良いんだけど」
「へそくりって」
リビングアーマーのダンジョンで見つけた物の事だと思うが、アレってへそくりで良いのか……?
「つうか、何なら持ち帰らせて『ケニング』や例のパワードスーツの部品に使わせてくれないかなー……虎っちに頼んで、その辺どうにかならん?」
「無理でしょう。少なくとも今は」
「だよねー」
璃子先輩も言ってみただけらしく、その声に大した落胆はない。
政府のどこに魔物側の存在がいるか分からないのだ。下手に目立てば、冤罪を作られて警察に追われる事となる。
そうでなくとも、公安の刑事さんって映画で見るほどの権限はないそうだ。
悲しきかな。現実の公安の人達って、首都高でカーチェイスや銃撃戦をしないそうなのである。そりゃそうなのだが、ちょっと悲しい。
「未来ではどうだったん?美由っち」
「そうですね。ダンジョンで手に入った金属は、一部の高品質な物を除き、対魔物用の弾丸に加工されていました」
「ほーん。やっぱそんな感じだったんだ」
「ただ、それでも数が足りていなかったので、人間の臓物を使い魔力を付与した鉛の方が多かったですが。それでも、ないよりはマシでしたね」
「うん。ごめん。あーしが悪かった」
「……?何がですか?」
「いや……何でもないっす……」
未来の世界、えっぐ……。
というか、そう言えば美由さんもケニングの『生体部品』になった時、脳以外の体は魔道具の素材になったって言っていたっけ。その魔道具に、魔力付与した弾丸も含まれていそうだ。
本人は何とも思っていなさそうだが、聞いている側のメンタルが削られそう。
面頬の下で頬を引きつらせていると、視界の端に不自然な魔力の流れを捉えた。ほぼ同時に、重い何かが地面を踏みしめる音が聞こえてくる。
「敵です。10時の方角。数は1体、接近中」
「了解」
「OKまるぅ」
それぞれが得物を構え、接近してくる敵へ体を向ける。
木々の隙間を駆けてくるそれは、牛の様に見えた。
だが、その体表は周囲の木の幹と同じ。青銅で構成されている。
違うのは、こちらに艶はない事か。鈍い色の青銅でできた足が、地面を踏みつけ、蹴り飛ばす。
頭の位置が自分とそう変わらない巨体。丸太の様に太い四肢を動かして、鋭い角をこちらに向けて迫っていた。
その瞳は赤く燃え上がり、口の端と鼻孔から炎を垂れ流している。
『ブォオオオオオオッ!』
『カルコタウロイ』
かのヘラクレスも乗っていたという、英雄達の船。アルゴー船。
ギリシャ神話有数の大英雄イアソン船長が、金羊毛を手に入れる際に課せられた試練に現れし、火を吐く青銅の牡牛が、現代に蘇ったのだ。
魔力で構成された仮初めの肉体なれど、その脅威度は何ら変わらない事だろう。
野太い声をあげて迫るカルコタウロイ。その進路上に、美由さんが魔法を放つ。
『スクロール:地面操作』
瞬く間に作り出される、即席の落とし穴。だが、猛スピードで突進しながら、カルコタウロイは軽々とそれを跳び越えた。
青銅の体とは思えない軽やかさ。しかし、その着地の瞬間を見逃しはしない。
「おおおおっ!」
声をあげて己を鼓舞し、突撃。相手が着地したのと同時に、大きく踏み込んだ。
地面を強く踏みつけた青銅の牡牛へ、剣を叩き込む。だが、燃え盛る瞳は正確にこちらの太刀筋を捉えていた。
『ブォオオッ!』
カルコタウロイの鋭く長い角が、刀身へと振るわれる。甲高くも腹に響く音をあげ、剣と角が衝突した。
拮抗は一瞬。ウェイト差は、何倍だろうか。しかし、膂力ならば圧倒している。
撥ね飛ばされそうになる体を、強く踏み込む事で防ぐ。そのまま、強引に剣を振り抜いた。
「だ、あああ!」
───ガギィンッ!
硬質な音と共に、青銅の角がへし折れる。破片が飛び散り、牡牛の絶叫が森に響いた。
すかさず、返す刀で顎を狙う。逆袈裟に振るわれた刃が直撃するも、浅い。傷を負いながらもカルコタウロイは横へ飛び退き、空中でその口を開けた。
顎にできた傷から炎が漏れ出すのも構わず、怪物は灼熱の業火を放出する。
『炎の息吹』
迫る炎の渦。それに対し、
「すぅ……!」
息を止め、跳び込んだ。
両手を顔の前で交差させ、駆ける。突破するのに、1秒とかからない。それでも、鉄を溶かしかねない高温だ。
しかし、体表を覆う璃子先輩の魔力が守ってくれる。
魔眼が告げる未来が、自分の無事を保証してくれた。それが、炎の中へ跳び込む勇気をくれる。
臆する事なく炎を抜けてきたこちらに、青銅の顔が驚愕に歪んだ。
『ブォオオッ!』
カルコタウロイは着地と共に地面を蹴るも、自分の方が速い。
走ってきた勢いのまま、怪物の横っ面に剣を叩き込む。激しい火花が散り、青銅の欠片が宙を舞った。
硬い。思いっきり片手半剣を振るっているのに……!
ならばと、ふらついたカルコタウロイの顔面に柄頭を打ち込んだ。鈍い音と共に、更に怪物の体が傾く。
まだ倒れない。その瞬間、飛んできた水の塊が青銅の腹を打つ。直後に、雷撃の槍がその巨体を貫いた。
『ブ、ォォ……!』
ふらり、と揺れた後、カルコタウロイが地面に倒れ伏した。一歩距離を取って警戒していると、その巨体が黒い霧となって消える。
周囲の魔力と音を探って、危険が去った事を確認。小さく息を吐き、切っ先を下ろす。
「お疲れ様です、耕太さん」
「おっつー。怪我とかしていない?オタク君」
「はい。大丈夫です。2人も、お疲れ様でした」
魔石を拾い上げ、止めを刺した璃子先輩に渡す。
「センキュー。ごめんね、ラストアタック取っちゃったみたいで」
「いえ。助かりました。あの牛、硬くて硬くて……」
基礎スペックというか、霊格では勝っていたのだ。
ただ、先ほども言った通り兎に角頑丈なのである。このカルコタウロイ。
普通の青銅なら、たぶん一撃で叩き割れると思うのだが。見た目通り、普通の青銅ではない。
剣でどうにかするのは、少し大変そうだ。刃こぼれだらけの刀身を眺め、小さくため息を吐く。
「峰で殴ったら、少しはマシになりませんかね……」
「どーだろ。オタク君の剣って、そもそも刀身の厚さが鉈みたいだからなー」
「取りあえず、試してみます」
角を受け止めた時、うっかり刃がこちらへ向かってこないかは心配だが。
切っ先近くの剣幅が鍔近くと変わらない為、普通の西洋剣みたいに鍔や柄を鈍器として扱うのも難しい。モードシュラッグ、だったか?
あるいは、鞘に納めたままぶん殴って……いや、鞘は金属パーツこそ使っているが、基本木製か。
「ものは試しですし、例の新しいスクロールを使ってみては?」
美由さんの言葉に、彼女の方を向く。
そして、すぐさま視線を首から上に固定した。やっぱり、あの人の格好やばいって。
「……それもそうだね。何となく、スクロールの節約癖がついていたけど」
「おっ。遂に『ドキ☆魔法使いだらけパーティー』が始まっちゃう感じ?」
「極めてバランス悪いパーティーですね、それ……」
「では、私が」
「いや。僕が剣と杖両方持って前衛やるから」
「……はい」
若干ポニーテールをしょぼんとさせながら、美由さんが頷いた。
前にも思ったが、彼女の霊格成長率は驚くほど低い。それに、能力値も……言っては何だが、頼りない。
「まあ、その。パイロットとしては、頼りにしているので」
「そうそう。持ち味を活かそうぜ、美由っち」
「……分かりました。切り替えます」
数秒目を閉じた後、美由さんはいつも通りの様子で頷く。
こういう、歴戦な所も頼りになる所だ。
彼女の様子にこちらも頷いた後、杖を取り出しマガジンを外す。レバーを動かして薬室内のスクロールも排出し、最近使える様になったスクロールを装填。
薬室にも押し込み、すぐに発射可能な状態にする。
「『言霊』と『破邪結界』以外では、初かな?新しいスクロール」
「ですね。きちんと通用すると良いんですが。なんせ、これでやっと普通のスクロールと同じ出力なので」
他の『スクロール作成』もちの作った物と比べて取り回しが良い分、威力が低いのが自分のスクロールだ。劣っているとは思わないが、やはり効果のほどには心配がある。
「なーに。ちょっと手間取るけど、駄目だったらさっきと同じ流れでぶっ飛ばせば良いんだし。気楽にいこうぜー」
「そう……ですね。はい。行きましょう」
璃子先輩に頷いた後、再び歩き出して30秒。
早速、次の個体が現れる。
「2時の方角。数は2体、接近中」
「了解」
「おーし!」
2人に敵の接近を伝えつつ、杖を構える。狙いは、自分から見て左の個体。
相手は見かけより機敏ではあるが、真っ直ぐ突っ込んできている。外しはしない。
トリガーを、引く。
『スクロール:氷嵐』
瞬間、嘴の様な杖先に極小の吹雪が発生する。
その中心にあったのは、親指大の小さな氷だった。雪と風を纏ったそれが、高速で射出される。
魔眼の動体視力で、やっと追う事ができる速度。音速には届いていないはずだが、時速何百キロかは分からない。
放たれたそれが、文字通り瞬く間にカルコタウロイへと直撃した。
『ブ、ゴ』
そして、深々と脳天に突き刺さったかと思えば、その巨体を凍り付かせてしまった。
口の端や鼻孔から漏れ出ていた炎は消え去り、見える限り全ての穴が氷で塞がれている。
「ん……!?」
内心で動揺しつつも、ほぼ手癖でスピンコックを行い次のスクロールを装填。
すぐさま仲間の惨状を無視して駆けるもう1体に狙いを定め、『氷嵐』を発射した。
脇腹に着弾した魔法が起こしたのは、先ほどと同じ事象だった。青銅の巨体は凍り付き、炎さえも消え去ってしまう。
沈黙した2体。それにつられる様に、自分と璃子先輩も言葉を失った。
そうしている間に、風の鉄槌が1発ずつカルコタウロイの眉間に着弾する。凍り付いた影響なのか、高温だったのが急激に冷まされた影響なのか、あっさりとその頭部は砕け散った。
璃子先輩と揃って、ぎこちない動きで美由さんの方を見る。
「……お二人とも、固まっていたので」
少し気まずそうに告げる美由さんに、取りあえず親指を立てておいた。
「いや、うん。どうも」
「……オタク君」
「はい」
「そのスクロール、量産できない?」
「まだ、初期のスクロールを5種類ぐらいしか簡易化できていません……」
「そっかぁ」
「でも、あと1年……いや、10カ月ぐらいかけたら、ワンチャン……?」
「そっかぁ……」
───以降。『魔法拡大』と併用して『氷嵐』を使った結果。
もはや戦いになる事はなく、2時間ほどで探索が終了。スクロールを2人にも分けて間引きを行い、討伐数は67体となった。
流石に美由さんが使った場合はそこまでの威力は出なかったものの、それでもカルコタウロイの動きを数秒封じられたのである。
……もしかして僕は、スクロール作りに専念した方が良いのでは?
いや、でも手作りの場合は霊格を上げた方が生産量上がるし、まだ『次の段階』があるので、これまで通りの方が良い……か?
「なんで……貴方は港で死んだんですか?」
「たぶん、自棄になったせい……?」
帰りのバスで、美由さんの問いかけに首を傾げる他なかった。
自暴自棄って、恐いね……。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.普通の出力のスクロールってすげぇ。
A.普通のスクロールだと、同じ事はできません。純粋な出力が普通のと同じなだけで、副次効果が、
『オデ、オマエ、トメル』
って感じでめっちゃ凍らせるから結果的に凄い事になっただけです。たぶん、携帯性以外の純粋な利便性とかで考えれば普通のスクロールの方が上ですね。耕太のスクロールって、戦闘特化感あるので……。




