第八十六話 運命か、偶然か
第八十六話 運命か、偶然か
魔力の籠った紙により、カメラで魔物を捉える事ができる様になった翌日。
早速、自分達は放課後に次の実験の為ダンジョンへと来ていた。
薄暗い坑道を、ゆっくりと進んでいく。ごつごつとした地面に、古びた木材で補強された壁と天井。湿気た空気が、肌を撫でていく。
ダンジョンに入って、およそ5分。遂に、敵の足音が聞こえてきた。
「丁字路の左側に1体。相手もこちらに気づいたみたい」
「了解」
今回このダンジョンに来ているのは、自分と美由さんのみだ。
それ以上は、あまりに戦力が過剰すぎると判断した為である。ロッソさんにも予定はあるだろうし、璃子先輩には『別件』を頼んでいるのだから。
魔道具を手に待ち構えていると、『タッタッタ』という硬めの肉が地面を蹴る音が聞こえてくる。
人工の明かりに照らされて、その怪物の姿が露わとなった。
泥を彷彿とさせる汚れた茶色の体毛。黄色く輝く鋭い瞳に、小さなナイフの様な牙が並ぶ口。
知性など感じさせない顔に反して、その手には人間と同じく武器が握られていた。
『コボルト』
武装した二足歩行の犬の魔物。自分達がクラン『アルフ』への加入試験で戦った存在だった。
両手で槍を構えたコボルトが、歯を剥き出しに吠える。
『ヴォゥ!ヴォゥ!』
……あの頃より霊格がかなり上がったはずなのに、やはり恐い。
こめかみに冷や汗を伝わせながら、照明用の魔道具を起動した。円筒状のソレをコボルトに向け、発射。光球は時速100キロ前後で飛んでいく。
当然ながら、魔物はそれを横へ跳んで回避した。ダンジョンの壁にぶつかる直前で、光球は制止。空中に浮遊した状態で、辺りを照らす。
コボルトに視線を向けながら、美由さんへと声をかけた。
「カメラは?」
「影が映っています。コボルトと、周囲のダンジョンの影です」
「よし……」
第2段階の実験も成功。本物の魔物でも成功し、小さくガッツポーズをする。
ダンジョン自体も、魔力の塊だ。普通のカメラでは撮影できず、ただの暗闇しか映らないとか。
しかし、壁や地面の表面を魔法の光球が照らし出す事で、凹凸の部分ぐらいはカメラに映す事が可能である。
その事に喜んでいると、コボルトが雄叫びをあげて突撃してきた。両手で槍の柄をガッシリと握り、体当たりの様に体重を乗せてぶつかりにくる。
猛烈な殺気に恐怖は覚えるが、その動きを捉える事は容易だった。
こちらから踏み込んで槍を避けながら、すれ違い様に右手の剣を一閃。首を刎ねる。
一応魔力の靄となって消えるのを確認してから、切っ先を地面に向けた。
「じゃあ、このまま撮影しながら間引きをしていこうか。美由さん」
「はい。……ただ、耕太さんが映り込んでもただの影だけなのですね」
「そりゃあ、まあ」
やはり、魔力の影だけを捉えるカメラでは戦闘に向かない。AIにより、別の画像と組み合わせる必要がある。
ダンジョン外であればもう1台のカメラで周辺状況を把握するとして、影しか見えない魔物やダンジョンの地形はどうするか。
それは、あの人物を頼る他ないだろう。
剣を脇に挟み、空いた右手で魔石を回収。その後、魔道具内のスクロールを交換し、剣を握り直した。
「行こう」
「了解」
短いやり取りと共に、歩き出した。
* * *
「で、どうした。突然呼び出して」
コボルトの間引きを無事に終えた後、喫茶店『アルフ』に向かった。
そこで、絹江さんとテーブルを挟んで相対する。
ただし、こちら側にはもう1人。
「まあまあ、もうちょっとだけ待ってね。絹っち。どうせなら一緒に説明したいから!」
美由さんの代わりに、璃子先輩が隣に座っている。膝丈のメイド服姿で。
そう言えば、この店のウェイトレス衣装ってメイド服だっけ……。
私服がメイド服の人物がいるせいで、ちょっと忘れそうになる。
「一緒にって、誰か他に来るのか?」
「イグザクトリー!時間的に、そろそろ……」
───カランコロン。
「いらっしゃいませー!一名様ご案なーい!」
元気よく立ち上がり、璃子先輩がドアに向かう。
今日もマスターに頼んで貸し切りの喫茶店を訪れたのは、当然我らが待ち人であった。
「ったく……二度も私を呼び出すなんて、良い度胸じゃない」
そうぶっきらぼうに言いながら、こちらにジトッとした目を向けてくる虎毬さん。
白い半袖Tシャツの上からジャンパースカートという服装で、スニーカーに包まれた足でずんずんと向かってくる。
「……?誰だ、この子供」
「これでもあんたより年上だっての」
「……その見た目と服装でか?」
絹江さんが本気で驚いた顔で、虎毬さんの全身を見る。
その視線が、彼女の背負う猫の顔型のリュックを二周していた。
「うっさいわね。こっちにも事情があんのよ。雰囲気で察しなさい、雰囲気で。この溢れ出るセクシーさを感じ取りなさいよ」
「合法ロリね、把握。ファンタジーな世の中ってすげぇや。でも断言するがな。あんたにセクシーさを感じたら、そいつは刑務所に行くべきだぞ」
「そうね。どれだけ私が麗しいレディだとしても、強引に迫ってくる奴がいたら逮捕するわ」
「ポジティブの権化かよ」
動き的にはどっかりと、実際の音はぽすん、という感じで、虎毬さんが絹江さん隣に座る。
「この人は遠海虎毬さん。スーパーコップってやつだよ」
「は?警察?……アタシはまだ被害届出されてねぇぞ?」
「まず被害届出されかねない事をすんな」
正論である。
「じゃあ何で警察が来るんだよ。他のメンバーが逮捕されそうなのか?」
「違います。この人にお伝えしたい事と、お願いしたい事があったのでお呼びしました」
そう告げて、ビデオカメラを机に置く。同じタイミングで、璃子先輩がタブレットを手に戻ってきた。
「はあ……?アタシが呼ばれたって事は、絵に関する事か?」
「はい。その通りです」
チラリと、絹江さんが虎毬さんの方を見た。
「……こっちには、もうアタシの事は紹介済みか?」
「紹介はしていませんが、仕事がら知っているかと」
「そうねー。私、異能関連専門の刑事だから」
ひらひらと手を振る虎毬さんの前に、アイスコーヒーをマスターが置く。
そのまま、それぞれの前に飲み物を置いてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「ううん。じゃあ、ごゆっくり」
「どうもー……で、見せたい物って、何よ」
ちょっと疲れた様子で、頬杖をつく虎毬さん。彼女の視線は、既にビデオカメラとタブレットに向いている。
「実は、ダンジョンで魔物の撮影をしてきまして」
「……は?」
「……なんて?」
虎毬さんと絹江さんが、間の抜けた声を出す。
それを無視し、璃子先輩がタブレットの画面を2人の前に差し出した。ケーブルでカメラと繋がっており、ダンジョン内を映した影が表示されている。
2人は、食い入る様に画面を見つめた後。
「……魔物の可視化について目途が立ったかもとは聞いたけど、もうそこまでいっていたの?正直ひくわー」
「もう変態の所業だろ、これ。変態オブ変態じゃん。変態キングかよ」
「言い方ってものありません?ねえ、もっと他の言い方ってありませんでしたか?」
散々な言われようだった。
「違うね。オタク君は変態キングじゃねぇ、変態ママだ!」
「黙ってろ似非ギャル」
「似非じゃないっっ!!」
「なるほど……メスお兄さんママか……。ちょっとヌードモデルになる気は」
「ないです。聞け。話を」
「ちっ」
「取り調べを開始するわ。面白い話の臭いがする……!かつ丼を注文してやるから、全て話しなさい!」
「マジで怒りますよ?」
「ちぇー」
脱線しかけた話を、どうにか軌道修正する。
僕はママでもメスお兄さんでもない。いいね?
変態か否かは、定義によるのでノーコメントである。場合によっては人類と書いて変態だから、何とも言えない。でも通常の定義なら変態ではないと言わせてもらおう。
「ぶっちゃけ、これを見てどう思います?」
「分かりづれぇ。すげぇけどまだ使い物にならねぇだろ、これ」
「画期的としか言えないわね。今すぐ導入したいぐらいだわ」
両者の評価は、正反対であった。
絹江さんが、少し驚いた顔で虎毬さんを見る。
「マジで?お巡りさん的には、そこまでの物なのか?」
「ったりまえよ。私はメンタル強い方だからこの程度で済んでいるけど、うちの後輩なら目ん玉飛び出るぐらい驚いた後、このメス顔を保護という名の監禁をするわね。そりゃあもう、驚き過ぎてしょんべんちびるに違いないわ」
「誰がメス顔か」
あとたぶん後輩って安田さんの事だろうけど、凄い言いようである。
でも、監禁の可能性は……まあ、有り得るか。わりと凄い事している自覚はあるし。僕1人の成果ではないけど。
「そんだけ魔物の対応に人類は四苦八苦しているし、対策手段に飢えているのよ。国は。異能者だけじゃ、対応しきれない」
「ほーん……で、凄い事なのは分かったが……あん?」
絹江さんが首を傾げ、もう一度タブレットの画面を凝視する。
「……これは、コボルトか?」
「はい。分かるんですか?」
「シルエットと動きでな。確かに、こういう感じだった」
「流石です。だからこそ、貴女にお頼みしたい事がありまして」
「……これだな?」
そう言って、絹江さんが足元のリュックからスケッチブックを取り出す。
以前見せてもらった、魔物の絵が描かれていた物だ。
「読めたぞ。お前ら、この影じゃぁ見づらいから、AIか何かでアタシの絵を重ねる気だな?」
「正解。やっぱ、絹っちって絵の事になると途端にIQ上がるよね」
「それ以外に興味ねぇからな」
キッパリと断言した後、彼女は。
「ほい」
璃子先輩に、スケッチブックを差し出した。
「……良いの?」
「当然タダじゃぁねぇ。だが、試供品って事でコボルトの絵だけ使ってみて良いぜ」
「おけ丸。ちょっと待ってねーっと」
璃子先輩がスマホのカメラでコボルトのページを撮影し、タブレットに送る。
すると。
「おー……」
ただぼんやりと映っていた影が、ハッキリとコボルトの姿で表示された。
動きを解析し、アニメの設定画ばりに多方向から描かれた魔物の絵をAIが重ねる……らしいが。ここまで見やすくなるとは。
画面の中で、コボルトが警戒した様子で槍を構えている。そして口を大きく開けて吠えた後、こちらへ向かってきた。
そして、別の影……恐らく自分とすれ違った後、首を地面に落として消滅した。
ダンジョン内での一部始終が、完璧に映し出されている。リアルタイムでこれが画面に表示されるのならば、あるいは……。
「…………」
自分の考えを確かめる為、虎毬さんを見る。
彼女はこの前と同じく、宇宙猫状態で画面を見ながら固まっていた。
「……やっべぇ。驚き過ぎて口半開きになっていたわ」
頭を数度振って思考を回復させた虎毬さんが、絹江さんの方を見る。
「あんた、他の魔物の絵も描いているの?」
「アタシが行っても大丈夫な所のはな。他のクランメンバーに守ってもらえない様な所の魔物は、描いた事がない」
「……公務員にならない?裏で絶対に合格できる様にしてあげるわよ」
「いやだね。アタシは絵『だけ』で生きていきたいんだ。公務員になったら、何やかんや言って、別の仕事もさせられるだろ」
「否定しないわ」
小さく肩をすくめる虎毬さんを見ながら、絹江さんがニヤリと笑った。
そして、こちらに視線を向けてくる。
「どうやら、アタシの絵を買いたくてしょうがないみたいだな。お前ら」
その瞳は、野心を隠そうともしないギラギラとした輝きを放っていた。
「はい。現状、僕らが作った紙と魔道具だと、魔物の影しか映らないので」
「そこで、絹っちの出番ってわけよ。もっときちんとシステム組めば、リアタイで画像を補正できる。そうすりゃぁ、魔物なんて恐るるに足らずってね!」
パチンと、璃子先輩が指を鳴らしながら笑う。
それに対し、絹江さんが何度も頷いた。
「なるほどなるほど……。まずは感謝するぜ。アタシの『夢』に近づく、手段になってくれた事をな」
「こちらこそ、貴女のおかげで『より良い未来』に近づけるかもしれませんから」
「良いねぇ、『より良い未来』。良い響きだ。それで、スーパーコップさん」
絹江さんが、虎毬さんの方に顔を向ける。
「アタシの絵に幾ら出す?生前のゴッホよりは、間違いなく高くつくぜ?」
「……万年予算不足のお巡りさんに、金額交渉とかしないでほしいわねー」
げんなりとした様子で、虎毬さんがため息をつく。
「その魔道具込みで、喉から手が出るぐらい欲しいから、交渉に応じないわけにもいかないってのが、本当にもう……。まーじで全員誘拐してやろうかしら」
「へっ!やれるもんならやってみな!アタシらにはマスターがいるぜ!」
「え、私?」
「あるいは、叩けば埃が出るだろうから適当な罪でしょっぴくか」
「マスター。アタシ達を見捨てないでくれ」
「だ、大丈夫……だよ?」
「自覚あるんだね。絹っち……。あとお祖母ちゃん。安請け合いはしないで」
「待ってください。僕にそういうのはありませんけど?」
マジで叩かれても何の埃も出ないが?他のクランメンバーと一緒にしないで頂きたい。
「あんたはほら。ハニトラに滅茶苦茶弱そうだし。やろうと思えば簡単に操れそうだから」
「心外!?」
「ごめんオタク君。それはあーしも思った」
「道理だな」
「ひでぇ!?」
いや、それは確かに、ハニトラに強い男子高校生なんていないけども。だからと言って、この扱いは流石に物申したい。
そんな自分に、虎毬さんがニヤリと笑う。
「ふん。どう粋がろうが、あんた程度アタシにかかれば2分で骨抜きよ」
「……そっすか」
「おい、何よその目は。大人なめんなよガキ」
つい、本気で哀れみの目を向けてしまう。流石に、虎毬さんはねぇわ……。
自分を篭絡したいのなら、璃子先輩やロッソさんぐらいスタイル抜群な人が来てほしい。美由さんクラスがきたら、恐らく秒で陥落する自信がある。
というか脛を蹴らないでください。地味に痛い。
「ったくよぉ。これだから最近の若いのは」
「見た目一番若いのはあんただけどな」
「黙りなさい美大落ち」
「はっ!何とでも言え。今のアタシは、世界に天才絵師として名を轟かせる絹江様だぞ?」
気が早い……!
あと、こういうと何だけど天才絵師としてというより、『異能者の絵師』として有名になりそうなのだが……たぶん冷静になったら本人も気づきそうなので、黙っておく事にした。
「話を戻しますが、僕らも虎毬さんに金額の交渉をしたいわけではありません。ただ、それができる相手を紹介してほしいのです」
「日本って国に、売り込もうってわけよ。虎っちにとっても、悪くない話っしょ?」
「誰が虎っちだ。てか敬語……まあいいわ」
虎毬さんが半目になりながら、ストローでアイスコーヒーを一口飲む。
ブラックで飲むのか……見た目小中学生だから、違和感が凄い。
「いっ!?……何で今、僕は脛を蹴られたんですか……?」
「そういう目をした」
「理不尽だ……」
憲法で頭の中で考える分には自由と定められているのに、不良警官め。
ジロリと睨まれたので、そっと目を逸らす。遠海虎毬さんは、未来で語られる通りセクシーダイナマイトな美人刑事さんです……!
「ったく……言っておくけどねー。敏腕美人刑事が現役の大臣とコネがあるってのは、映画の中だけよ。実際は、雲の上云々以前の問題だっての。関わりなんて0よ、0」
「です、か……」
公安の刑事と言っても、流石に政界へのコネはないらしい。
……いや、今『現役の』と言ったか?
「で、も」
ニヤリと、チェシャ猫の様に虎毬さんが笑う。
「あんたら、この前の話的に『現在の内閣とは距離を置いているが、未だ力を持っている政治家』の方が、都合が良いんでしょ?」
完全にこちらの内心を見透かした様子で、彼女は言葉を続けた。
「これも運命か。あるいはただの偶然か。『ある』わよ。そういう政治家とのコネ」
「本当ですか!?」
思わず立ち上がって、虎毬さんを凝視する。
背もたれとの間でしなやかな尻尾を立てた彼女が、小さくため息をついた。
「アタシでもビックリだけどねー。ただ、ちょーっと気難しいというか。気難しくなっちゃった人だけど」
「それでも、会わせてほしいんだ。いや、ほしいんです。お願いします、虎毬さん」
真剣な面持ちで、璃子先輩が告げる。
「現金な子ね。ま、子供はそれぐらいが丁度良いわ」
虎毬さんが背もたれに体を預けた後、片目を閉じて笑う。
「年の功ってやつを見せてやるわ、ガキども。楽しみにしていなさい」
そう告げた彼女の顔は、間違いなく頼れる『大人』の笑顔だった。
「……何で今の内閣と遠い位置の政治家の方が良いんだ?」
「上代ちゃん。このパフェ、奢りね」
「OK把握。アタシはこのパフェで口を閉じるぜ。面倒事より甘い物だ」
ナイスです、マスター……!
もう1人の頼れる大人に、心の中でサムズアップした。
>運命か、偶然か
デミちゃん氏
「マジでその辺にはテコ入れしていないのにww面白いよね、人界って」
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.絹江さんは虎毬さんが公安なのを知らない?
A.知らないですね。そして、本人も『面倒事は嫌だ』って感じで、詮索する気は皆無です。
Q.合法ロリへの理解が早い……!
A.作中世界、どう見ても小学生な成人女性のエルフとかもチラホラいるので……。
なんなら、20代にしか見えない60代のエルフことマスターがいるお店ですし。
安田さん
「でも先輩って、猫耳と尻尾以外は見た目元々ですよね?」
虎毬さん
「黙りなさい後輩。今私は、異能者になったせいで背が縮んだという『説』を思いついたわ」




