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雑種と未来人の現代ダンジョン  作者: たろっぺ
第四章 新たなる力
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第八十四話 虎児ではなく虎なり

第八十四話 虎児ではなく虎なり




 店内の雰囲気が、一変した。


 空調の利いた空間だというのに、背中に流れる冷や汗が止まらない。


 肌を刺す様な殺意も敵意もなく、ただそこにいるだけで圧倒される。純粋な実力差ではない。


 潜ってきた修羅場の質でも数でもなく、『種類』が違う。本能が、それを理解した。


 声を出す事もできない自分を眺めていた虎毬さんが、ごく自然な様子で口を開く。


「質問の様でいて、ほとんど確信を抱いた声と目だったわね。そこのマスターも、知っていた顔だった。違う?」


 一瞬だけ、虎毬さんの瞳がマスターの方を向く。


 それに対し、彼女は穏やかな表情を崩していない。静かに微笑むマスターに、虎毬さんは小さく鼻を鳴らした。


 彼女らのやり取りの間に、どうにか精神を落ち着けようとする。大丈夫だ。この場で敵対する理由はない。


 やるべき事は明白。虎毬さんが『善人』か否かの確認。そして、『協力』ないし『一時的な同盟関係』を築く。


 自分にそれができるか分からないが、やるしかない。


 虎毬さんの視線が、マスターからこちらへ戻ってくる。


「あらやだ。『生き残り』って雰囲気。マジで格好良い大人じゃない。それで?どこで私が公安だって知ったのかしら?海外の工作員でも接触してきた?」


「……いいえ。いや、工作員では、ありませんが……」


「煮え切らないわねー、まったく。どうせアレでしょ?小鳥遊美由でしょ?」


「……それは、なぜ?」


「両親はおらず書類上の保護者は海外を転々としていて、地方とは言え豪邸に高校生の女の子が1人暮らし。まずこれで疑わないって方が、変でしょ。マジで何者よ、あの子。なーんか、軍事訓練まで受けているっぽいし。でも、正規兵とも言い難いのよねー」


 もう、そこまで調べがついているのか。


 あるいは、まだ手札を明かしていないだけで、他の情報も持っているのかもしれない。


 いつの間にか、こちらが質問される側になっている。かと言って、ここから上手く切り返せるとは思えない。


 異能者としての才能にはある程度自信があるが、それ以外は平凡だと自覚している。マスターも、流石に公安のエージェント相手にやり合えるほどではないだろう。


 だから。


「はい。美由さんから、貴女が公安である可能性が高いと聞きました」


「ハッキリ言うじゃない。てっきり、もっと誤魔化すと思ったけど。それとも、相談の内容っていうのが」


「ですが、外国の工作員ではありません。軍人さんです」


「……ふーん。随分と若く見えるのに、マジで軍人とはね。まあ私が言えた事じゃ」


()()()()()()軍人さんです」


「……は?」


 こちらの言葉に、虎毬さんが一瞬だけ固まる。


 自分がやるのは、その隙をついて何かの言質を取るのではなく。



「100年後の未来から来た、軍人さんです。このままでは数年以内に日本は滅びます」


 情報の洪水で、ぶん殴る事であった。



 駆け引きなんてできない。であれば、こちらの言葉をまず聞いてもらう。その上で、虎毬さんのリアクションをマスターと一緒に見る。それだけだ。


 宇宙を見た猫みたいな顔をしている虎毬さんに、追加の情報をぶつける。


「政府の中に魔物側の存在がいます。それが、人間なのか魔物なのかは分かりません」


「っ……いや、ちょっと待って」


「待ちません」


「なんでぇ!?」


「国自体が強力な霊地と言える日本が陥落した事で、魔物達は人類に大攻勢を始めるそうです。それにより、100年後にはアメリカの一部とイギリスしか人類の生存圏は残っていません」


「待って待って。一旦、一旦ストップ!情報を整理させなさい!」


「待ちません」


「だからなんでぇえ!?」


 だって動揺させたいし。そうじゃないとこの人の内心とか、さっぱり読み取れる気がしないし。


『しょうがないですよねー』とマスターと視線を向ければ、彼女も『ねー』と表情で返してくれた。


「僕達はそれを回避したいと思っていますが、何のコネもありません。政界についてテレビやネット以上の情報を持っていないのです」


「わ、分かったわ。言いたい事は何となく分かった。つまり私に未来の情報を活かして」


「色々と、僕らの方でもやってはいるんです」


「だーかーらー止ーまーれー!」


 机をバンバンと両手で叩いて吠える虎毬さんに、言葉を続ける。


 どうでも良いが、この人素の口調はだいぶ砕けた感じだな。


「取りあえず力をつけるしかない。そう思って行動はしていますが、これまで明確に変えられた歴史は1つだけ。石山岩子さんこと自称魔界貴族の20代女性独身中二病で魂の名前がロッソ・ヴェンデッタさんの闇堕ちを回避したぐらいです」


「待ちなさい。今だいぶトンチキな情報が混ざっていた気がするわ。いや、このクランが変人の巣窟なのは知っていたけども」


「っ……!」


 視界の端で、若干マスターが傷ついた顔をした。すみません。変人の巣窟なのは否定できないです。常識人が僕とマスターぐらいしかいない。


「そんなわけで」


「どういうわけで!?いや、事情は聞いたけども!消化する!時間を!よこしなさい!」


「助けてください。()()()()()


 深々と、頭を下げる。


 額を机に押し付け、10秒。ゆっくりと、顔を上げた。


 いくら彼女が公安であろうと、これだけ荒唐無稽な情報を突然一気にぶつけられれば、何らかの感情が噴出するはずだ。


 呆れ果てるか、心の病を疑うか……『魔物側』として、敵意を向けるか。


 それを、見極める。人の感情の機微に敏いわけではないが……それでも、『敵意』や『殺意』ならば、何度も鉄火場にて浴びせられてきた。


 だから、分かる。


「……まったく」


 この人がこちらに向ける視線に、負の感情がない事が。


 呆れと困惑と、ほんの少しの『納得』。それをごちゃ混ぜにした顔で、口を『へ』の字通り越して富士山みたいにしていた。


 正直、猫を被っていた時の顔より、この困惑した虎みたいな顔の方が好ましいと感じた。


 マスターの方に視線を向ければ、頷きが返ってくる。自分の何倍も人の感情に詳しい彼女が、『味方になり得る』と判断したのだ。


「……なるほど。わざと情報でぶん殴ってきたわね、あんた」


 視線を虎毬さんに戻せば、ぶすっとした顔でこちらを睨みつけていた。


「すみません。試すような真似を。しかし、こっちの事情を知ってほしかったのも事実なので」


「いいわよ。それで怒るほど小さくないわ。ガキじゃあるまいし」


 どっしりと座り直し、虎毬さんが背もたれに体重をかける。


 両手も胸の前で組み、戦闘態勢に入りづらい姿勢となった。


「ハッキリ言って、あんたの言葉は全て『妄言』に思えるわ。何よ、100年後の未来からきた兵士って。映画の見すぎでしょ。ありえねぇっつーの」


「そう思われるのも、仕方ないのですが……」


「でもねー……おかしいのは私も一緒っぽいのよ……」


 ため息をついた後、虎毬さんは天井を見上げる。


「これでも、心理学には詳しいはずなんだけどさー。あんたが嘘をついている様にも、かと言って発狂している様にも見えないのよ。あげく、『心当たり』もある」


「心当たり?」


 そのタイミングで、アイスコーヒーとチーズケーキが運ばれてくる。


 マスターに会釈し、虎毬さんへ向き直った。彼女もまた、腕組みを解いて座り直す。


「ま、ゆっくり情報交換といきましょうか。『どこまで話すか』は、お互いの裁量次第だけどねー」


「はい。よろしくお願いします」


「……その顔。まだノーガード戦法続ける気ね」


「はい。この手しか知りません」


「どうだか。あんた、メンタルは意外と普通っぽいから、余計に恐いのよねー。『普通の人』が、一番やばい爆発の仕方をすんのよ」


「恐縮です」


「褒めてねー。まあ、最初の情報共有って事でぶっちゃけるけど。私の上司、故有って今怪しいのよ。だから、この場の情報は私ともう1人。安田にしかいかないわ」


「ああ、やっぱり安田さんも公安なんですね」


「そうよー。私の後輩」


「……安田公子って名前、本人が考えたんですか?」


「そうね。私は止めたのに、あいつってば『こんな偽名を使う公安はいないって、逆に疑われませんよ』だなんて言ってさー」


 それから、互いに情報を共有していく。


 虎毬さんの上司である『佐藤さん』という人が、最近様子がおかしい事。恐らく、洗脳か、成り代わりを受けている。


 彼の持っていた大きなコネの1つは、この前焼死したアメリカの大統領秘書。だが、その死にも不審な点が多い。


 泉原臨時総理は、本気で地方から自衛隊や警察の異能者を引き抜き、関東圏の防衛にあてるつもりでいる。与野党から反対の声が上がっているが、どうにも反対派の動きが鈍いらしい。


 彼女の所属しているクラン『アイギス』は、やはりメンバー全員公安の職員さんの様だ。だが、明確に味方と言えるのは安田さんのみ。それ以外は、敵か味方か不明。


 話している内に、こちらもかなりのペースで口が動いていた。いつの間にか、少し距離を取って聞いていたはずのマスターまで席に座って虎毬さんの話を聞いている。


 恐らく、彼女の優れた話術によるものなのだろう。普段なら、違和感すら覚える事ができない。


 それにこの場で気づけたのは。


「あ、この前からスクロールを量産する為に、魔力が籠められた紙を工場で作り始めました」


「なんて?」


 偶に、虎毬さんが宇宙猫になるからだろう。


 本気でフリーズしては叫び声をあげ、頭を抱え、遠い目をし、アイスコーヒーと一緒に現実を飲み込む公安のエージェント。


 そうして何回か虎毬さんが壊れる事で、こちらも完全に飲み込まれずに済んだ。


 情報交換を始めて、約1時間後。


「ぜー……ぜー……さ、叫びすぎて喉が……!」


「あの、貸し切りとは言えあまり店内で叫ぶのは、どうかと……」


「誰のせいだと思ってんのよ!誰の!いや、その顔自覚あるわね!?大人をいっちょまえにからかうんじゃないわよ、ガキンちょ!」


 フシャー、と威嚇する虎毬さんから、そっと目を逸らす。


 だって、この人相手に情報でフリーズさせられる機会なんてそうそうないだろうし。今ぐらいはリアクションを見ておこうかと。


「っとによー。近頃の若いもんはよー。マスター、おたくわけぇのにどういう教育してんですか、もー!」


「矢川君は、とっても良い子ですよ?」


「くっそ。まだ生意気なガキの範囲だから、奇人変人博物館の館長には可愛い子扱いか……!」


「う、うちのクランはそんなんじゃあり……ありま、せん……!」


 マスター。口ごもってしまったのが全てだと思います。


「はー……疲れた。もう、今日はこの辺で帰るわ。マスター、お勘定」


 ひょい、と。伝票を手に虎毬さんが立ち上がる。


「あ、いえ。だから、今日の支払いは僕が」


「うるせぇガキが。もう高校生のふりしなくって良いのなら、あんたに奢られるとかプライドが許さねぇっての。これでも大人なのよ」


 伝票を持った手で、虎毬さんが人差し指をこちらに向ける。


「子供は子供らしくしろ、なんて言わないわ。あんたとお友達の力、頼らせてもらうわよ。その上で、私は私ができる事をする」


 そう告げて、彼女はない胸を張った。


「取りあえず、大人をやれる所では大人をやらせてもらうわ。あんたが頼った『お巡りさん』は、そういう女よ。文句ある?」


「……いえ」


 立ち上がり、軽く頭を下げる。


「ごちそうさまです、虎毬さん」


「よろしい。年上を敬いなさい、耕太」


 ニッ、と。犬歯を見せて笑う彼女に、こちらも小さく笑う。


 だが、すぐに虎毬さんの顔から笑みが消えた。


「それと。2つ言うべき事があるわ」


「え、はい」


「1つ目。さっきも言ったけど上司が怪しいから、私は今後もあんたの監視を続ける。その間『いつもの』口調で行動するから、動揺するんじゃないわよ」


「……はい」


「腹から声出せ、腹から」



「はいっ!」


「おし。こっちだって仕事なんだから、腹筋に力入れて耐えなさい。笑ったら斬るわ」


「斬る!?」


「安心なさい。即死はさせないから」


「即死以外なら良いと言うものではありませんが!?」


「そうね。だから、耐えなさい。命令」


 ニッコリと笑う虎毬さんだが、今度は明確に『殺意』が籠められている。


 これは……学校で爆笑した瞬間、どこかしらを斬られる……!


 必死に頭を上下に動かす自分に、彼女は満足した様子で頷いた。


「よろしい。で、2つ目。私は、未来ではボンキュッボンのセクシーダイナマイト美女として語られているのね?」


「は、はい」


「よろしい。大変よろしい。未来への希望が湧いたわ」


 ……別に、後世に間違ったイメージが残っても現実の姿に影響はないと思うが。


 そう考えた瞬間、虎毬さんの目が細くなる。慌てて、背筋をピンと伸ばした。


「ひゃ、100年後の虎毬さんの画像は、大変美しかったです……!」


「今は?」


「今もお美しいです!」


「おう。今後もその気持ちを大切にしなさい」


「はい!」


「声がでかい!」


「すみません!」


 理不尽!?


「じゃ、今度こそさらばよ。また学校で会いましょう」


「は、はい。今日はありがとうございました」


 こちらの言葉に振り返らずひらひらと手を振った後、虎毬さんは会計を済ませて店を出て行った。


 それを見送り、盛大なため息と共に椅子へ座る。


「はああああああ……」


「お疲れ様、矢川君」


「はい……マスターも、ありがとうございました……」


 疲れた。そして緊張した。


 途中から、虎毬さんのおかげでかなり話しやすかったのだが、それでも疲労感が凄い。


 ……冷静に考えると、僕って凄い事しちゃったよ。公安の人と、協力関係結べちゃったんだから。


 まるで、アニメのキャラクターになったみたいである。ダンジョンや異能とは別の非日常感に、腰が抜けてしまいそうだ。


 ぐったりと椅子に体重を預けていると、目の前にバニラアイスがのったグラスが置かれた。


「あちらのお客様からです……なんてね」


 パチンと、マスターがいたずらっ子の様にウインクしてくる。


「虎毬さんが、会計の時にコッソリ注文していったんだ。お金はもう貰っているから、食べていってね」


「……いただきます」


「うん。召し上がれ」


 ノロノロとスプーンを持ち、一口食べる。


 疲弊した脳に、甘さと冷たさが沁み込んでいくようだった。それを見こして、あの人は注文していってくれたのだろう。


 何というか……マジで『大人』だったんだなー……。


 ちょっとだけ、『あしらわれた』という悔しさを抱きながらも。頼れる大人が増えた喜びを噛み締めながら。


 ここは素直に甘えて、バニラアイスに舌鼓を打つ事にした。




読んで頂きありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


Q.対公安との交渉なわりに、アッサリしていない?

A.虎毬さん某コズミックホラーなTRPGで言うと技能値が『目星・説得・言いくるめ・心理学』が全部『75以上』なので。異能以外普通な一般人がまともな交渉でやり合えるわけねぇのです。

 結果、彼女側が『あ、これマジだわ』っと察してくれる話し合いになりました。


Q.随分簡単に虎毬さん動揺したな。

A.「政府の中に魔物側の存在がいます」がクリティカルしたので……。


Q.そう言えば、美由さんロッソさんの固有異能をやけに警戒していたけど、知っていたの?

A.主な原因はタイムスリップ前の光景による、トラウマですね。具体的に言うと『第一章のエピローグ下』の戦い。それにより、彼女は本人でも抑えられず杖に手が伸びていました。

 ロッソさんの固有異能を知っていたかどうかについては、『大雑把に』ですね。能力の詳細は知らないでしょうが、死体を操るとかは知っていたと思います。悪い意味で有名なので。


Q,エピローグで美由さんが戦っていたやつと、ロッソさんの使い魔見た目だいぶ違くない?

A.あのダンピール、というかほとんどのダンピールはこの固有異能の劣化版みたいな異能を持っていて、それを使っています。また、それでいて固有異能を持っていない事が多いですね。

 ダンピールは長命ですが子供ができづらいのもあって、100年間ロッソさん以上のダンピールは生まれませんでした。


 

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― 新着の感想 ―
全部ぶっちゃけたのね・・・ケニングの事とかも。 相手の心理的な壁を追加情報でぶち壊していくスタイル、いいですねぇ。 >私は、未来ではボンキュッボンのセクシーダイナマイト美女として語られているのね? …
>情報の洪水で、ぶん殴る事であった。 格上相手だし初手で最強の技(てふだ)をぶつけるのは理に適ってるよね。 ましてや想像の斜め上からの打ち込みだ。躱せまいて。 >「だーかーらー止ーまーれー!」 \ま…
合法口リの本格登場に紳士が大量発生してますなwww ワタクシも仲間に加えてくだされ。
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