第八十三話 虎穴に入らずんば
第八十三話 虎穴に入らずんば
「……んで、ソレどうすんの」
生まれたての小鹿となっている、元鹿の使い魔を顎で示す璃子先輩に、ロッソさんが視線を逸らす。
「まあ……大雑把な命令は聞くから。申し訳ないが、しばらくたつみんの車庫に置いてもらえると助かる……」
『がおー。近所の人が見たらパニックになりそうだから、隠しておくがおー。……いや、本当にどうしよう……』
「す、すまん。本当にダメそうなら、魔力を抜くか頭を破壊すれば形を保てずゲル状の肉塊になるから……」
『それはそれで困るがお……!?これ、腐ったりするがお?』
「いや。たぶん半年は大丈夫……な、はず」
『じゃあ、とりあえず隠しておくがおー。絶対に他の人には見せられないがおー』
「はたから見たら、どう見てもやべぇ人体実験の結果にしか見えませんからね。製薬会社がやらかした系の」
使い魔に視線を向けると、その口がゆっくりと動く。
まさか、会話を……!?
『シカァ……』
「鳴くのかよ。というか鳴き声それで良いのかよ」
「魚で試した時は、『ウォ……』だったぞ」
「そこはせめて『サカナー』とかじゃないんかい……!」
どう見ても化け物な見た目でゆるキャラみたいな鳴き声は、ギャグでしかねぇのよ。
それはそうと、美由さんの目がずっとヤバい。右手がいつの間にかポケットに入っている辺り、もしかしたらリボルバー型の杖を握っている可能性がある。
「その……美由さんはやっぱり、こういのは反対?」
一応、ロッソさんと美由さんの間に立ちながら問いかける。
それに対し、彼女は首を横に振った。
「いいえ。人間を使うよりは人道的かと。ただ、この時代の動物愛護団体が目撃した場合、確実に敵対されるとは思っています」
「だよねー……」
璃子先輩が、小さく肩をすくめる。
「愛護団体関係なく、大っぴらに使えるものじゃないと思うよ。下手したらこっちが悪者にされるって、これ」
「で、あるな。まあ、案の1つと思っておいてくれ」
「はい」
璃子先輩の言う事も、正しい。これは見た目が悪すぎるし、人によっては工程を知った方が嫌悪感を抱きそうである。
……これ、人間に使った場合どうなるんだ?
並行世界で、艦隊を半壊させたというロッソさんの所業を思い出す。詳しい状況は知らないが、この力を使った可能性は高い。
対人戦でこの固有異能を使用した場合を想像して、背中を冷や汗が伝う。
未来の話を聞いていなくとも、『人間に使ったら』を想像する人はいるはずだ。そこから、ロッソさんが危険視される可能性もある。あるいは、命を狙われるほどに。
「ロッソさん。その力、本当に限られた人間の前以外では使わないでくださいね?」
「うむ。分かっているとも。貴殿らを信頼しているからこそ、だ」
彼女も自覚はあるのだろう。ハッキリと、頷いた。
その様子に、璃子先輩が目を細める。
「ねえ、ロッソん」
「どうした、璃子よ。やはり吾輩の固有異能は、受け入れられんか?」
「いや、そうじゃなくってさ……」
そこまで言った後、彼女は小さくため息を吐いた。
「ごめん。やっぱ、今は言えないや。少なくとも、大っぴらに使わないのならあーしから言う事はないよ」
「む?そう……か?」
奥歯に物が挟まった様な言い方に、ロッソさんも自分も首を傾げる。
どうにも、璃子先輩は使い魔以外にも何か思う事があるらしい。
……もしかして、未だ詳細を聞いた事がない彼女の固有異能についてだろうか。
ロッソさんと美由さん、マスターは見た事があるらしい。前者2人は霊的災害時に、マスターは『回帰の日』にうっかり発動したのを目撃したとか。
だが、全員璃子先輩から口止めされているらしく、自分は大雑把な力しか知らない。
まあ、本人が隠しているのだ。興味本位で聞き出す事でもないだろう。霊的災害時などの緊急事態では、使ってくれるらしいし。
そんな事を考えていると、璃子先輩が首を傾げる。
「時に疑問なんだけどさ、ロッソん」
「うむ?」
「その異能って、大きさとかに制限はあるの?」
「制限というか、血を与えた動物の性能や大きさにある程度は左右されるな。それこそ、前に試した鯖では使い魔になっても身長が30センチに届かず、数分で自壊してしまった」
「つまり、戦力にするのならある程度の大きさはいる、と。ねえ、たつみん」
『がお?あたいがお?』
「猟期とか、あーし詳しくないけど……たとえ素手でも、この時期って自分から山に入って狩りするのってダメじゃね?数、揃えられなくね?」
彼女の言葉に、成人組は体ごと顔を背けた。
それはもう、いっそ堂々とした様子で。
「……事故は、起きる……!森に行ったらクマさんに出会う事も……ある……!」
『あたいは悪くないがお。偶然、獣側から攻撃してきたから自衛しただけがお。正当防衛がおー。たとえそれが複数回起きたとしても、きっと村の人達が証言してくれるがおー』
「目ぇ合わせろや大人ども。コラテラル案件だとしてもせめて胸は張ってくれ、大人ども」
璃子先輩が2人の肩を掴んで振り向かせようとするが、びくともしない。魔法職と前衛職の、悲しき差……いや、わりと璃子先輩腕力あったわ。ゴリラより強い。
ぐるん、と。彼女の顔がこちらを向く。え、こっわ。
「おい誰だ今あーしの方を見て『メスゴリラ』とか思ったやつ」
「……思ってないでぇ⤴す!」
「つまり別のやましい事は思ったんだなオタク君!」
しまった、これは罠だ!
「ところでぇ!そろそろ吾輩達は帰らないといけないと思うのだがぁ!」
『そうがおねぇ!泊まっていってもらっても良いがおが、皆にも予定があるがおねぇ!』
「そうですねぇ!僕も明日大事な予定があるんでぇ!」
「てめぇら3人揃ってどこ見てんじゃい!」
いやぁ、天井の鉄骨を見ているだけっす先輩。別に無理矢理話を逸らそうってわけじゃないんすよ先輩。
信じて!
すると、盛大なため息が聞こえてくる。
「はあああ……まあ、オタク君が明日に備えなきゃなのは事実か」
「そうですね。早く帰還して、準備をするべきかと。何を話すかの確認もしなくては」
『がお?何かあるがおか?』
たつみんさんが、体ごと首を傾げる。
それに、小さく頷いて答えた。脳裏に、昨夜『彼女』としたメールのやり取りを思い浮かべながら。
「はい、実は」
言葉をそこで区切り、深呼吸を挟む。
明日の事を考えると、胸の奥が重くなる。だが、やらねばならない事だ。
「虎毬さんに……公安からもしれない人に、力を貸してくれないか尋ねるつもりです」
より良い未来の為に。
* * *
翌日。シャッターが目立つ商店街の近くにある、喫茶店。『アルフ』。
穏やかな陽気の中、店内には自分とマスターのみ。マスターのご厚意により、本日は貸し切りとなっている。
窓際の席で待っていると、ドアに取り付けられたベルの音が聞こえてきた。
「すみませーん。ここに……あ、耕太君」
「虎毬さん」
椅子から立ち上がり、入っていた人物に頭を下げる。
彼女は笑顔で小さく手を振った後、マスターの方を見た。それに対し、マスターは穏やかな笑みと共に一礼する。
「いらっしゃいませ。どうぞこちらの席に」
「ありがとうございまーす!それと、今更ながらこの前の合同依頼ありがとうございました!耕太君を貸して頂いたおかげで、無事に片付きました!」
「いえ。冒険者は助け合いですから」
マスターに促され、虎毬さんが自分の対面の席へと座る。
それを見てから、こちらも椅子に座り直した。
「すみません、耕太君。お待たせしちゃいましたか?」
「いえ、自分も今来た所ですから」
「あはー!何か今のやり取り、デートの待ち合わせっぽいですね!じゃあ、その流れで……私の今日の格好は、どうでしょう!」
満面の笑みを浮かべた虎毬さんが、両手を広げる。
彼女の今日の装いは、水色のワンピースだった。細い肩紐なのもあって、華奢な肩や白い鎖骨が露出している。
二の腕や胸元を覆うフリルが、良いアクセントになっていた。足元も白いヒール付きの靴で、腰の所がキュッと絞られているもあり元々長い足が更に長く見える。
「えっと、似合っているかと」
「ありがとうございます!でも、女の子が服装を聞いた時は、もう二言三言足すべきですよ?セクシーだー、とか。大人ぽーい、とか」
「は、はあ。気を付けます」
「それを踏まえたうえで、どうぞ!」
ばっ、と。右手を突き出して言葉を促してくる虎毬さん。
それに困惑しながらも、どうにか頭と口を動かす。
「えーっと……よく似合っていますし、爽やか、ですね?あと、大人びた印象を受けます」
「ふむふむ。及第点をあげましょう!合格です!」
『よくできましたー』と言いながら、彼女が机に身を乗り出してこちらの頭を撫でてくる。
何というか、大人びたとは言ったものの、とてもそう見えない。
頭に伝わる小さな掌の感触に頬を引きつらせながら、どうにか笑みを維持した。
「さて……マスターさーん!注文良いですかー?」
「はーい」
椅子に座り直した虎毬さんの声に、マスターがこちらへやってくる。
こちらの会話がひと段落するのを待っていてくれたのか、手には水の入ったコップが載ったお盆があり、脇にはメニューが挟んである。
氷がぶつかる音を微かにさせて、コースターと一緒に置かれるコップを横目に、虎毬さんへ向き直った。
「あの、今日は、僕が出しますので」
「えー?悪いですよ、そんなの。今の時代は、男女でお茶をしても割り勘が普通なのです!」
「それでも……休日に呼び出したわけですし。それぐらいは」
「うーん……では、お言葉に甘えて。マスターさん。アイスコーヒーと、チーズケーキのセットをお願いできますか?」
「僕も、同じ物を」
「かしこまりました。少々お待ちください」
優雅な一礼と共に、マスターがカウンターの向こうへ歩いていく。
それを見送った虎毬さんが、口元の片側を手で隠しながら小声で話しかけてきた。
「何だか、凄く綺麗で格好良いマスターさんですね……!とっても大人っぽいです……!」
「そう、ですね。僕もそう思います」
「ですよね、ですよね!これは良いお店を知れました……!通ってみようかなー……!」
目をキラキラさせていた虎毬さんが、ハッとした顔で姿勢を正す。
「っと、そうでした。今日は耕太君が、私に大事なお話をする為に集まったんですもんね」
「はい。すみません、お忙しい中」
「いえいえ!私と君の仲ですからね!どどーんと!相談してください!へいカモン!」
むん、と胸を張る虎毬さん。やはりその様子は、成人女性にも、ましてや公安の刑事さんにも思えない。
それでも、尋ねよう。そうしなければ始まらない。
大きく息を吸って、吐いた。ダンジョンに入る時と同じ様に、神経を研ぎ澄ます。
「虎毬さん」
「はい!……な、何だか緊張しますね。もの凄く真剣な眼差しです……!」
「貴女に、お聞きしたい事があります。唐突過ぎて、驚かれるかもしれませんし、見当違いの質問かもしれません。先に謝らせて頂きます。すみません」
「は、はい?え、本当にどういう話ですか……?」
困惑する虎毬さんの目をしっかりと見ながら、告げた。
「貴女は───公安の、遠海虎毬さんですか?」
その言葉に、彼女はキョトンとした顔をした。
もしかしたら、自分達の予想はただの勘違いだったのではないか。そう思わせるほどに、自然な表情。
だが、彼女の瞳がマスターの方にほんの一瞬だけ向いた直後。
「───へぇ」
子猫の様な雰囲気をばら撒いていた少女が、獰猛な笑みを浮かべた。
気配が一変する。机に頬杖をつき、背を丸める虎毬さん。彼女の耳はピンと立ち、ピクピクと動く。
その動作が、狩りを行う寸前の猛獣に思えてならない。テレビ越しに見た事がある光景と、不思議なほど一致する。
人とは少し違う瞳孔が、真っ直ぐにこちらを射抜いていた。
角が疼く。本能が警鐘を鳴らすのを、理性で強引にねじ伏せた。彼女に敵意があるのなら、既に行動を起こしているはず。
ただ、『本気の関心』を引いただけ。それだけで、まるで腹を減らした大型の肉食獣を前にした様な感覚が、全身を包み込む。
気づけば、硬い唾を飲み込んでいた。店内に、自分の喉の音がやけに響く。
間違いない。彼女は、遠海虎毬は。
公安の、エージェントだ。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.鹿は『シカー』、魚は『ウオー』。じゃあ人間を使い魔にしたら、『ヒトー』なの?
A.いいえ。死ぬ直前の感情が影響して、『たすけて……』とか『死にたくない……!』とかですね!
やったね並行世界の耕太君!SAN値が削れるよ!
Q.生前の記憶とか技能って、どれぐらい残るの?
A.1日の間だけですが、パイロットだった使い魔は飛行機を飛ばせたり、船乗りだった使い魔は船を動かせたりします。でも、細かい操縦はできません。離陸とかはできても、着陸とかは無理ですね。
あと、短いパスワードぐらいなら答えられます。
Q.ロッソさん、工場の人達に経歴詐称と偽名で契約を……!?
A.
ロッソさん
「いや、吾輩はただの仲介人だから、契約したのは若き鬼……は、未成年なので、そのご両親だな。あと吾輩が魔界貴族なのは本当だし……!」
璃子先輩
「ロッソんは罪を増やしてなんかいない!まだ未成年に淫行(吸血)しただけだ!」
ロッソさん
「待って????」




