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それぞれに聴取に応じていたマリーとアンジュに合流すると、ルイの先導で医療棟へと向かった。見舞いの花はすでにマリーが用意してくれていた。彼女だけ早く解放されていたので、どうせこのあと負傷者の見舞いに行くことになるだろうと先んじていてくれたらしい。
病室に入ると、がらんとした室内にベッドだけがずらりと並んでいた。これはグレインディール騎士団のそれと同じだった。ここもおそらく戦争の頃に造られてそのままなのだろう。それでもここは最前線。ことによっては、このベッドがいっぱいになるようなことが今もあるのだろうか。
「こ……これは、ヴァイオレットお嬢さま。それに閣下!」
慌てた声がして目を向けると、奥の方のベッドに横たわっていた男性が体を起こそうとしているのが見えた。しかし包帯とギブスだらけの身体ではそれもうまくできないようだ。
「いいのよ、騎士ローエ。そのまま寝ていてください」
「しかし、お嬢さまがわざわざ……いらっしゃってくださったのに」
「だから無理しないで。こちらこそあなたにはお世話になってるのに、すぐにお見舞いに来られなくてごめんなさいね」
ベッドに横たわっていたのは知らぬ男性ではなかった。竜騎士団副長補佐のフィリップ・ローエだ。昨夜の事件で件の竜に騎乗していたのが彼であることは、ここに来るまでの間に聞かされていた。つまり死んだのは、あの日わたしが触れたブガッティという竜というわけだ。
なるほど、わたしが疑われるわけだ。あのとき好奇心に負けて、迂闊なことをした自分を呪うしかない。ただそれについても、わたしはローエの証言に救われたようだった。ブガッティは人の悪意に敏感で、あのときわたしが何かよからぬことを考えていたなら必ず気付いたはずだと。そしてそれ以降もブガッティに変わった様子はなかったとも。
「ともあれ、あなたが生きていて本当に良かったわ。ブガッティのことは何と言ったらいいかわからないけど」
「あいつが……竜が、最後に守ってくれたんですよ。翼を広げて、落下速度を少しでも軽減しようとしてくれた」
それは竜が自分の身を守るために本能的にしたことかもしれないが、彼がそう思うならそういうことにしたほうがいいのだろう。龍と人のつながりについては、わたしもよくはわかっていないのだから。
「そうね……それで、怪我の方はどうなの。命に別条はないということは聞いているけれど」
「肩の骨と……あと肋骨が何本かいってるみたいです。後遺症は残らずに済みそうですが、退院まではしばらくかかると」
まあそれだけの怪我なら少なくともひと月、あるいはふた月はかかるだろう。グレインディールから治癒術師を呼び寄せればもっと早く治るのかもしれないが、今の状況ではそれも難しい。口封じのためによからぬことを考えていると思われても面倒だ。
「それで申し訳ないのだけど、昨夜のことをわたしにも聞かせて欲しいの。構わないかしら」
ローエは「はい」と小さく頷いた。「とはいえ騎士団のみなにも言いましたが、話せることはあまりないんです。私自身、あのとき何が起こったのかまったくわからないので……」
「ブガッティに異変が起こるまで、何か変わったところはなかった?」
「はい。おかしなことなど何も。いつも通り夜のパトロールに出かけて、あの瞬間まで変わらず飛んでいました」
「それで、そのパトロール中に何か見なかった?」
ドラクーリエ伯は、竜が墜ちるその直前に大勢の『同胞』の気配を察知したと言っていた。彼らが街中で何かをしていたなら、上空からそれが見えたかもしれない。
「そうですね……特には。いつもと変わらない、静かな夜でした」
「そう……街中に、いつもより人の姿が多かったとかは?」
「いえ、その……城壁の中については、あまり注意を払ってなかったと言いますか。私たちの役目は城壁沿いを飛んで、高い場所から周辺を哨戒することですから」
なるほど、それもそうだろう。ここは最前線の町だ。戦争が終わってずいぶん経つとはいえ、それでも外からの攻撃を警戒しなければならないのは変わらない。
「城壁の中は衛兵たちが巡回している」
それまで黙ってわたしたちを伺っていたルイが仏頂面のまま口を開いた。
「その者たちの報告でも、特に異変はなかったと聞いている」
「そうですか……ありがとうございます」
とはいえ、その衛兵たちも魔力を感知できない者たちだろう。術者たちにうまく立ち回られたら、街中から魔術を放たれたとしても異変と察することもできなかったはずだ。
「では、本当に前触れもなく異変が起きたということね」
「はい……まったく突然でした。いきなりブガッティが浮力を失ったかのように落下しはじめ、そのまま民家の屋根に突っ込んだんです」
「その落下中、ブガッティの様子はどうだった。苦しがったりしてなかったかしら……いえ、それ以前に彼はそのときまだ生きていたのかしら?」
はたして竜が死んだのはいつなのか。空中で突然絶命したのか、あるいは墜落の衝撃で死んだのか。それ次第で推測される死因はまるで違うものになる。
「正直、あのときは私も必死だったので……たださっきも言ったように、あいつも翼を広げて少しでも落下速度を落とそうとしていたのはわかりました。だから少なくとも、落下中はまだあいつは生きていたと思います」
その動作が彼の言う通りのものなのか、あるいは死後の反応のようなものなのか、今の段階ではまだ判断できなかった。でももっとも竜と近かったローエの感覚は、十分参考にしてもいいと思える。
「あなたがそう言うなら、きっとそうなのでしょうね。ブガッティとは、もう長い付き合いだったのでしょう?」
「そうですね……気が付けば、もう八年になります。最初にあいつが私を選んだのは、十六のときでした。それ以来ずっと、一緒に飛んできましたから」
「そう……そんなに」
そう答えながら「ん?」と思った。十六歳から八年というと、今の彼は二十四か五ということになる。騎士団の役付きで貫禄も落ち着きもあるので、勝手にもっと年嵩だと思っていた。若くてもせいぜい、この世界に来る前のわたしと同じくらいかと。
「その……竜に選ばれるってのはどんな感じなの。何か条件とかあったりする?」
そう尋ねてからすぐに後悔した。大切な竜を失ったばかりの彼に訊くことではなかったかと。しかし彼は一瞬口をつぐんで思案したものの、特に気にする様子もなく答えた。
「うん……ちょっとわかりませんね。もしかしたら、何か選ばれた理由もあったのかもしれません。でも私としてはいきなり竜から選ばれて、わけがわからないまま騎士団入りすることになったというか、そんな感じでした」
そんな形で始まった竜との関係もそのまま八年も続き、若くして竜騎士団の副長にまで登りつめたのだ。きっと相性も良かったのだろう。ということは本人にはわからなくても、彼も何かしら竜に選ばれる条件を備えていたのか。
そんな竜を……生涯の相棒となるはずだった存在を、彼は失ったのだ。その喪失感たるやどれほどのものか。たぶん、今のわたしと比べても。
わたしはまだ、失った警察官としての人生を取り戻すことができるかもしれない。いや、必ずできると信じている。でも彼はもう、かつての自分を取り戻すことはできない。
「あなたもまだ辛いでしょうに、話してくれてありがとう。まずはゆっくり身体を治してくださいね」
「いえ。こちらこそ、なんのお力にもなれなくで申し訳ありません」
「そんなこと……わたしも、まだしばらくはトゥドールに滞在するつもりだから、またお見舞いにきます」
おそらくわたしへの疑いが晴れるまでは、この地を離れることは許されないだろう。なら、また彼に話を聞く機会は作れる。今は気付かなくても、あとになって思い出すこともあるかもしれない。
「では、どうぞお大事に」
そう言ってベッドから離れて辞去しようとしたとき、ローエが再び口を開いた。
「お待ちください、お嬢さま。それに閣下。あいつは……ブガッティは、今どこにいますか?」
わたしは同じようにこの場を離れようとしていたルイと目を合わせた。そうして、その返答は彼に任せることにする。
「亡骸は大聖堂に安置している。今、死因を調査中だ」
「死因……そうですか。ところで閣下、あいつは本当に死んだのですか?」
ローエのその言葉に、ルイは戸惑ったように言葉を詰まらせた。長くともにいた竜の死を受け入れられない彼の気持ちはわかる。だからこそ、どう言葉を返せばいいのか迷うのだろう。
そんなこちら側の雰囲気を読み取ったのか、若き騎士団副長は小さく首を振って目をそらした。
「変なことを言っているのは承知しています。でも、感じるんですよ。これは竜に選ばれた人間にしかわからないことでしょう。団長……閣下ならわかってくださるかもしれませんが」
「どういうことだ?」
「竜と繋がっている感覚、っていうんですかね。そういうの、あるじゃないですか……だからわかるんです。私とブガッティは、まだ繋がりは切れてない。そう感じられるんです」




