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ブルージュと名乗った小太りの騎士は、わたしの話を聞いてもどこか半信半疑なようで、腕を組んで小さく唸っただけだった。やはり魔術を目で見ることができない人に、そのことを伝えるのは難しい。
「つまり昨夜の事故は、何者かが魔術で引き起こしたと。お嬢さまはそうおっしゃるのですね」
「はい。そう考えて間違いない、とわたしは確信しています」
「ふむ……」
彼はまた、思案するように黙り込んだ。わたしの言うことをどこまで信じたものか、まだ決めかねているのだろう。
竜騎士団による事情聴取、おそらくは実質的には取り調べ、は予想していたよりもずっと穏やかにはじまっていた。騎士たちのわたしへの振る舞いも礼を失したものではなく、あくまでも公爵という格上の貴族の家の者として扱われている。ただしマリーやアンジュは席を外すよう要請され、別室で同じように聴取を受けているようだった。
「その魔術というものですが、あなたは本当に使えるというのですか?」
「わたしの魔術なんて、まだほんのささやかなものですが。もしかして、ご覧になったことがないと」
そう尋ねると、ブルージュは無言で肯定した。どうやらここトゥドールには、魔術師は少ないどころかほとんどいないようだ。
「でも、魔術のことを見聞きしたことくらいはおありでしょう?」
「そては確かに。かつての戦争では、我が竜騎士団とともにグレインディールの魔術師たちがともに戦ったということも。しかしそれも昔のことですし、正直なところただのおとぎ話のようなものではと疑ってもいます」
おとぎ話、ね。彼らにとっては、わたしたちなどそんな存在というわけか。しかし考えてみれば、実際に目にしたことがないのならそれが当然の反応かもしれない。わたし自身、この世界に来て初めて魔術を使ったときも何が起きたのかわからなかった。
「なので、もしよろしければ……ここで見せていただけませんか。魔術を」
「はい?」
「ですから、魔術を見せていただけますか。私たちはまだ、それがどういうものなのかも理解できていないのです」
なるほど、そりゃあそう来るだろう。確かに一度見せて、魔術の存在を納得させてからのほうが話も早そうだった。ただそれを納得させてしまうことが、果たしてわたしの得になるのか。
少なくとも目の前の騎士は魔術に対して半信半疑の分、わたしに対して紳士的だ。思い込みでわたしを犯人と疑っている様子はない。けれどその彼に納得させてしまうことで、結果としてわたしへの疑いを抱かせてしまうことになりはしないか。
と、そんなことを考えてすぐに止めた。後ろ暗いことなど何もない。さっきそう啖呵を切ったばかりではないか。ならば堂々としていればいい。
「そうですね……では何か」
わたしは部屋の中を見回した。わたしが見せられる魔術は顕現魔術だけだが、ありきたりなものを顕現させても手品としか思われないだろう。かと言って、巨大な鉄球をこの部屋に出現させるわけにもいかない。
そうして、部屋の隅で記録を書き留めている若い書記官の手元に目が止まる。
「とても綺麗なペンですね。ご自分のものですか?」
「はっ、えっと……」
急に声をかけて驚かせてしまったか、若い書記官は慌てたように口ごもる。
「はいっ……こっ、これは、竜騎士団入りが決まったとき、母が祝いにくれたもので……」
「そうですか。素敵なお母さまですね。少し、見せていただいても?」
彼は一瞬怪訝そうな顔をしたものの、すぐに立ち上がってこちらに歩み寄ってきた。そうして手にしていたペンをこちらに差し出す。
「大丈夫、すぐにお返ししますから。ただ少し見せていただきたかっただけで」
「は、はあ……」
そうして手渡されたペンを観察する。青と緑の染料を溶け込ませてグラデーション状にしたガラスペンで、握りの部分には滑り止めに精巧な切子細工が施されている。ペン尻にこの国の文字で刻み込まれているのは彼の名前だろう。なるほど、同じものは二つとない一点物だ。これなら同じものを顕現させても、手品とは思われまい。
「ありがとう。お母さまを大事にね」
そう言ってペンを書記官に返すと、目を閉じてその造作を脳裏に思い描く。刻まれた文字の癖やわずかな傷まで正確に。そして小声で詠唱をはじめる。
「灰は灰に。塵は塵に。そも容とは万物仮初めの姿に過ぎず……」
掌に熱が集まってくる。魔力が凝縮してきている証だった。はじめてのこの土地でも、問題なく魔術が使えることはすでに確かめてある。
「ならば在らざるもの、在りうべからざるものにも容を与え給え。仮初めの容を与え給え。顕現魔術:ガラスペン!」
小さなものなので、魔力の消費も少なく済んだ。それでも一瞬、弾けるように閃光がきらめく。けれどこの光も、魔術を行使できない人には見えないのだろう。だから目の前の騎士たちには、ただわたしの掌の中に突然ペンが現れたようにしか見えなかったに違いない。
「は……えっ?」
「どうぞ。手にとってお確かめください」
最初に騎士が、それから書記官が手に取り、自分のペンとしげしげと見比べる。
「これは……確かに同じものです。ですが……」
まだ何かの手品だとでも思われているだろうか。なのでペンがブルージュの手に戻ったところで、わざと大げさに芝居がかった仕草で指を鳴らして、魔術を解除する。彼の手の中のペンは、すぐに黒い霧となって形を失った。
「あっ……」
「いかがでしょう、これが魔術です。わたしはまだ未熟者なのでこの程度のことしかできませんが、グレインディール中興の祖と言われる城塞公はこの魔術で高い城壁を築き、敵を退けたといわれています」
彼らはまだ困惑したように目を見合わせた。それでも少なくとも、魔術というものが実際にあるということは納得してくれただろう。
「あなた方には見えなかったかもしれませんが、今ペンを顕現させたとき強い光が放たれました。そうした魔力が起こす現象は、魔術に覚醒した者にしか見ることができないといいます」
「では先ほどおっしゃった、昨夜空に現れた方陣というのも……?」
「はい。目にすることができたのは、ごくごく限られた者のみだったでしょう。ですが確かに、わたしは見ました」
それでもなお、彼らの表情は半信半疑といった様子だった。それでも、いくらかはさっきよりマシだ。
「それがいったいどういう魔術だったかは……」
「いえ、そこまでは。ただ方陣の一部は書き留めてありますので、王都にいるという魔導検査士に問い合わせれば何かわかるかもしれません。あるいはグレインディール騎士団調査隊の、ワッツ魔導検査士に」
小太りの騎士はそこで腕を組み、しばし思案するように黙り込んだ。そしてたっぷり一分ほどの沈黙のあとで、ようやく口を開く。
「このたびの事件について、一部にお嬢さまがたご一行に疑いの目を向けている向きがあることはお聞き及びでしょうか」
「はい。知っています」
「では今のようなお話をされれば、その向きからの疑いをいっそう深めてしまわないか。そうお考えにはならなかったかと」
なんかみんな同じことを言う。しかしその口ぶりからすると、この人はわたしを疑っていなかったということか。まあ魔術の存在そのものを信じていなかったのならそうなのだろう。
「それならそれで構いませんよ。それ以上に、わたしはこの事件の解決に協力したかったのです。魔力の見えないみなさまは、まだまったく手がかりもない状態ではないかと思いまして」
わたしの返事に、ブルージュはまた書記官と顔を見合わせた。それからやれやれとばかりに肩をすくめる。
「実のところ、まったくその通りで。ではお聞きしてもいいでしょうか。お嬢さまであれば、魔術で竜を殺すことができますか?」
「さて。そもそも竜はどうなったら死ぬのでしょう。わたしは竜という生き物のことを何も知らないのです」
でしょうねえ……と彼はひとり言のようにつぶやいた。
「それで、昨夜死んだ竜の死因は何だったのでしょう」
「それはまだ調査中でして。今のところは何とも申し上げられません」
「竜の亡骸は今どこに?」
「大聖堂に納められています。古い文献に、命を落とした竜はそうすると書かれていたもので」
大聖堂、と聞いて一瞬不安がよぎった。この世界の聖教会にはあまりいい印象がない。けれど彼らにとって竜とは神の使いにも似た存在なのかもしれない。
「死因の究明のためにはどのようなことを?」
「どのようなこと、と言われましても。我々には、何とも……」
「ですから検死はどのように行われているのですか。解剖はしないのですか?」
「解剖……そんな、まさか」
竜が神の使いであるならば、解剖などという畏れ多いことはできるわけがない。そういうことなのだろうか。しかし遺体をただ観察したところで、死因など突き止められるはずもない。
「そもそも竜の鱗を切り開ける刃物など、この世にありませんよ」
「そうですか……」
「はい。今は聖教会の導師たちとともに文献をあたっているとのことです。竜の死因については、そちらに任せるしかありませんな」
歯痒くはあるが、これ以上の無理押しはやめたほうがよさそうだ。この世界にはこの世界のルールがあり、わたしとてそれを乱すのは本意ではない。
しかしだからと言って、このまま彼らに任せておいたら事件の解決は難しいだろう。竜の死に魔術が関係しているなら、魔力を見ることすらできないトゥドールの民には大きなハンデがある。
「問題の竜に乗っていた騎士は、幸い存命だそうですね」
「ええ。重傷ではありますが命に別状はありません。聴取にも応じているようですが、記憶に混濁もないようです」
「では騎士団の聴取が終わったあとで構いませんので、わたしも会わせていただくことは可能ですか?」
さっきからずっと困惑気味だったブルージュの表情が、いっそう曇った。
「それは……いったいどのような意図で?」
「ただのお見舞いですよ。グレインディール公爵家の一員として、快癒を願っているとお伝えしたいだけです」
にっこりと笑ってそう言ってみても、ブルージュの顔は依然として渋いままだった。しかしその時わたしの背後で扉が開いて、誰かが部屋に入ってくるのがわかった。続いて、「いいだろう。案内して差し上げろ」と聞こえる。その張りのある声の主が誰であるかはすぐにわかった。
「はっ……!」
騎士たちは揃って立ち上がり、胸に手を当てて敬礼する。しかし声音はまだ戸惑い気味だった。
「……しかし、本当によろしいのですか。閣下は、その……」
「構わないと言っている。その代わり、私も同行する。それなら不安はなかろう?」
振り返れば、そこにはあの七光り管理官……いや、それにそっくりな新辺境伯、ルイ・トゥドールが立っていた。わたしは彼らに倣って立ち上がり、スカートを広げてカーテシーを送る。
「ご機嫌うるわしゅう、辺境伯閣下。格別のご配慮ありがとうございます」
もちろん彼がこんなことを言ったのは、わたしを監視するためだろう。それは表情を見ればわかる。おそらく騎士たちが言っていたわたしたちに疑いを抱いている「一部」とは、この辺境伯とその周辺なのだ。こうやってある程度の自由を与えて、ボロを出すのを待っているのか。
だがそんな思惑も、ここは利用させてもらおう。何しろ件の騎士は、事件当時命を落とした竜のもっとも近くにいたのだ。話を聞かないわけにはいかない。




