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トゥドールの竜騎士団本部は、グレインディールのに比べるとずいぶん豪奢で敷地も広かった。それはやはり、騎士団長が辺境伯その人であることとも関係しているのだろう。
それに、軍が解体されて各領の騎士団も中央の王国騎士団の支部として再編される中、彼らだけは戦争当時の規模のまま残ったのだという。また竜騎士団は特例として、王国騎士団からも独立した組織として認められていた。
それはやはりこの地が今も帝国領に対する最前線であることに加え、彼らが竜と契約した者たちであるからであろう。竜との契約は戦争と関係のない話だ。元来敵であった竜から人類を守るためにも、契約は継続しなければならない。それゆえ、このトゥドール竜騎士団には特例が与えられている。そもそもが只人の集まりである王国騎士団が従わせられるものでもないのだ。
そしてその竜騎士団の長を代々務めてきたのが、トゥドール辺境伯家だった。ただ彼らに限ってはその身分などあまり大きな意味を持たない。強大な力を持つ竜の眷属たちを王国に繋ぎとめておくため、便宜上爵位を与えているにすぎないのだ。先代辺境伯に王族を娶らせたのもそう。あの手この手で懐柔策を巡らせ、どうにか今日まで彼らと敵対せずにきたというわけだ。
つまりトゥドールは厳密には王国の身内とは呼べない、潜在的な敵とさえ言ってもいい相手だった。だからわたしが公爵家の人間だからといって、礼をもって遇されるとは限らない。貴族の序列など彼らには関係ないのだから。確かに戦争のときの個人的な友誼はあるだろうが、わたしがトゥドールの敵だと見なされれば命を奪うことも厭わないだろう。
そんな相手の本拠地、まさに虎口に足を踏み入れようとしていても、恐れは不思議と沸いてこなかった。むしろ高揚している。トゥドール竜騎士団の捜査部門とはどのようなものなのか。竜の死という稀な事件に、いったいどのように対処するのか。お手並み拝見というわけだ。
「本当にこのまま行かれるのですか、お嬢さま?」
頓首の敷地に入ったところで、マリーがまた訊いてきた。彼女はまだ、わたしをここに呼びつけた竜騎士団の態度が気に入らないらしい。
「だからと言って、逃げ隠れする必要もないでしょう。やましいことは何もないのだから、堂々としていればいいのよ」
「それはそうですが……」
そう言ってみても、マリーはまだ不満げだった。その隣に並ぶアンジュのほうは、同感とばかりに頷いてくれる。
「やはりいらっしゃいましたか、雛菊の君」
聞き覚えのある声がして、あたりを見回した。すると、屯所の中から背の高い人影が現れるのが目に入った。ピンと伸びた姿勢に黒壇の杖。整えられた銀髪。わたしたちの階下に宿泊しているドラクーリエ伯爵だった。傍らにはやはり、従者のユゼフを控えさせている。
「ご機嫌よろしくて、ヨハンさま。おふたりもこちらに?」
「ええ、まあ。昨夜のことを聞きたいとのことでしてね。我々からも、竜騎士団の皆さまに伝えたいことがありましたので」
そうは言いつつ、彼らもまた容疑をかけられていたのは間違いないだろう。今は軋轢なく共に王国で暮らしているとはいえ、トゥドールの民からしたら彼らヴァンパイアも得体の知れない存在に違いない。竜の死という異常な事件が起こったのなら、まず疑われてしまうのも仕方なかった。
ただこのようにわたしやこの人を手当たり次第に取り調べしようとするのも、トゥドール騎士団がまだ何の手がかりも得ていないということを意味していた。とにかく今は、何でもいいからとっかかりが欲しいのだろう。
「お身体のほうはもうよろしいのですか?」
「おかげさまで。見舞いのお花、ありがとうございます」
「何、お目汚しででなければ結構」
わたしは伯爵に歩み寄り、声を落として尋ねた。
「それで、どのようなご様子でしたか?」
「やはり混乱しているようですな。竜が任務遂行中に墜ちるなど、トゥドールでは前代未聞のことでしょうから。何しろ先の戦争でも、墜とされた竜など一頭としていなかったと聞きます」
伯爵も、わたしに合わせて低い声で応じてきた。しかしそれでも、よく通り耳に心地よい声だった。
「では、やはり厳しく詰め寄られましたか?」
「いえ、さほどでは。まあ向こうも今日のところは様子見といったところなのでしょうな」
「そうですか。それは安心しました」
そう答えて、伯爵の背後にそびえる建物を見上げた。さすがに竜騎士団の本部だけあって堅牢で、ちょっとした城と言ってもいい構えである。いざ捕らえられでもしたら、抜け出すのは骨だろう。
「それで、どうなのでしょうか。昨夜のあれは、やはりヴァイオレットさまのしわざなのですか?」
「違うと答えたら、信じてくださいますか?」
「それはもちろん。いかに振られた腹いせとはいえ、このようなことをなさる女性とは思えませんので。やるならもっと派手に、辺境伯邸に隕石でも降らせていたでしょう。そのほうがよほどお似合いだ」
この人はわたしをどんな女だと思っているのか。あるいは先日のグレインディールでの一件が、何かおかしな尾ひれがついて広まっているのかも。
「理由は不本意ですが、信じていただけて嬉しいです。それで、伯爵はそのことを彼らに伝えに来てくださったのですか?」
「いえ、それはどうぞご自分で。私は昨夜見たものを伝えに来ただけですよ」
「見たもの……閣下は昨夜、何かを目撃されたと?」
伯爵は小さく頷いた。「事件と関係のあることかはわかりませんがね」
「それはわたしもお聞きしてよいことでしょうか?」
「構いませんよ。むしろそれをお伝えしたくてここでお待ちしていた次第でして」
それでもあまり大っぴらにはしたくないことなのだろう。伯爵は「失礼」とひと言断ると、わたしに一歩歩み寄って身をかがめた。そして囁くほどの声で続ける。
「今このトゥドール城壁内に、十を超える同胞たちがまだ潜んでおります」
同胞、というのは彼と同じヴァンパイアのことだろう。
「それは、先日捕らえられた者たちの他に?」
「はい。それもことが起こる直前まで身を潜めていて、あのとき突然に現れました」
「そういったことが、伯爵にはお分かりになるのですか?」
「ええ。お恥ずかしながらこれでも、真祖の血を継ぐ吸血王の一族なもので。同胞の気配はある程度は血でわかるのですよ」
なるほど、それも王の力のひとつというわけか。それなら信用してもよさそうだ。
「そのことを竜騎士団にも?」
「包み隠さずに。信用していただけたかはわかりませんがね」
「よろしかったのですか。そのお話からすると、今回の事件にはご同胞が関わっている可能性がかなり高くなりますよ。ことによっては、閣下ご自身が疑われることも」
「構いませんよ。私自身に後ろ暗いことは何もありません。ただ同胞が関わっているのであれば、できるだけ早く道を正してやらなければ」
その声音には確かに、ヴァンパイアの王としての責任がこもっていた。彼は本気で、自分に反して袂を分かった者たちのことさえ同胞と思っているのだろう。そして罪があるなら償わせ、道を正すことで彼らを守ろうとしている。
「それでは、わたしも隠していることはできませんね」
「では、お嬢さまも何か耳寄りなお話が?」
「はい。昨晩竜が墜ちる直前、空に巨大な方陣が現れ、ほんの一瞬ですが何か大きな魔術が発動しました。それは間違いありません」
伯爵が驚きに目を見開くのがわかった。おそらく彼にもそれは感じ取れなかったのだろう。魔力の流れや術の発動は、魔術に覚醒した者でなければ感知することができない。先の事件のときも、オハラやウォレンたちはわたしたちが説明するまで何が起きているか理解しなかった。
「それは……どのような魔術でしたか?」
「わかりません。ただ方陣の一部を描きとめてありますので、このトゥドールに魔検士がいれば判明するかと」
伯爵はわたしの言葉に、しばし思案するように黙り込んだ。そして十分な間をおいて、ようやく口を開く。
「お嬢さまはそれを、竜騎士団にもお伝えするおつもりで?」
「迷いましたが、そのつもりです。今、そう決めました」
「少し様子を見たほうが良いとは考えませんでしたか。今の話からすると、昨夜の事件に魔術が使われたことはまず間違いありません。となるとお嬢さまのお立場も、難しいものになりかねない」
トゥドールに魔術を使える者がどれだけいるのかはわからない。仮にいたとしても、どこまでの使い手か。となるとやはり、魔導の大家と言われるグレインディール公爵家の一員であるわたしにまず疑いの目が向けられるのは避けられまい。その中でわたしは最近魔術に覚醒したばかりで大したことはできないと言ってみても、すぐには信じてもらえないだろう。
「けれど閣下も包み隠さずに伝えたのでしょう。後ろ暗いことがないのはわたしも同じです」
伯爵はあからさまに呆れたという顔をして、整えられていたロマンスグレーの髪を掻いた。
「私などと張り合うことでもありませんよ」
「いいえ、張り合いたいんです。後ろ暗いところがないことにかけては、わたしは誰にも負けませんから」
彼はまるで助けを求めるかのように、わたしの背後に控えたマリーとアンジュに目を向ける。けれど彼女たちも、諦めたように首を振るだけだった。




