80話 ミステクタ首都攻防戦③
コールドショック!
さっきから鍔迫り合いが続いてる。積極的に攻めてこないのは、こっちの小技を警戒してるからだろう。
「くっ、人非ずの、分際で!」
私とラフィエルの一騎討ちは、最初の斬り結びこそ不意をついた形だったけど。今なら小手先の卑怯な手を使わなくっても、明確に私の方が優勢だ。
「悪魔の分際で、くそっ人非ずめ、さっさと滅びろ!」
力任せの振り下ろし、そんなの当たらないよ。
てかさっきから随分な物言いだけどさ。その見下してる相手に、いいようにあしらわれてる気分はどうなの?
「さっきからニャアニャアと耳障りな声で騒ぎやがって、挑発のつもりか!」
ああ獣人の言葉は通じないのか。
たぶん彼は相当に煮えくり返ってるのだろう。顔中がトマトみたいに真っ赤で青筋もピクピクしてるし。
明らかに剣筋が荒くなってる。私が訓練でこんな振り方をしてたらリリファさんに叱責されちゃうよ。
うーんただ。
これだけ優位に立ってるんだけど、向こうもやっぱベテランだから決定的な隙が産まれてくれない。
長期戦になるだろうなとか考えながら戦ってると。
パリッ
儚い何かが割れる音がした。
空間の一部にぱりぱりと白い線が這っている。これって例のアレだよねランキスさんが宙渡りでやってくる前兆のやつ。
ラフィエルは激しく動揺してるようだ。ランキスさん参戦してくれるんなら勝負あったかな。
聖堂教会の総本山に乗り込んでたけど、やるべき事を片付けたからこっちを手助けしてくれるのだろう。
うーんにょきにょきと腕が生えて光景は、まあ慣れたけど相変わらずホラー映画みたい。それからランキスさんが脇に抱えてるあの老人は確か。
「ゴッ、ゴドゥバ様! そのお姿は」
そうそうゴドゥバって名前だった。
ラフィエルは、さっきまで斬り合ってた私なんて眼中にないようだ。なにせ聖堂教会の実質トップが、胸元と首が血塗れで登場したんだしそんな反応になるよね。
そういえばカニエ爵も蘇生直後はあんな感じだったらしい。
殺した人間をむりやり蘇生させちゃうとかホントヤバい。ランキスさんの能力って、宙渡りのワープ移動も凄いけどそれと比べても、蘇生ってのは一番のぶっ壊れチート技だと思う。
「……私は、ランキス君に、負けた」
老人はぼそぼそと呟く。そこにいたのは聖堂教会の最強の騎士なんかじゃなく、ただ年相応のくたびれた老人だった。
「……ゴドゥバ、様?」
「抵抗する、力も情熱も、全て失った。私は、もう何も、できない、全て、終わらせよう」
力なく呟き終わった。もう喋ることすら辛そうだった。
ラフィエルは鈍い音をたてて膝から砕け落ちた。溢れる涙を拭うことも忘れたみたいに絶望してる。
まあ無理もないかな。尊敬する上司? みたいな人が、数日前は元気だったのに今じゃまるで死人のような姿だもの。
ランキスさん曰く、蘇生の代償として生命力の根幹ほとんどをあの世に奪われてしまうらしく、さながら去勢された馬みたいに覇気を失ってしまうのらしい。
あの老人、ングスさんを倒すくらいには人類屈指の強さだったらしいけど。今後は介護が必要って程ではないにせよ、もうかつての強さを発揮することはないだろう。
「リリファも元気そうだな」
「ランキス様も息災でなによりです」
蠅の化け物に苦戦してたリリファさんは、いつの間にやら増援の蟲をたくさん呼んでたみたいで無力化に成功してる。
「ランキス様の到着がもうほんの少し遅れてたら、今頃は奇跡の大逆転で聖堂教会の連中をばったばったと倒してしまっていたところです。本当にありがとうございました」
「お前ホント一言多いよな」
とりあえず一段落着いた。とりあえずお兄様の様子が気になる、ラフィエルとの一騎打ちに集中しなくちゃだったけど、身体は大丈夫だろうか。
もしかして聖堂騎士にやられて大怪我してるかもしれない、そう不安になって慌てて駆け寄る。
え?
予想をもっと酷く下回るものだった。怪我はなかった。いや怪我くらいならまだ全然マシだった。
お兄様は変わり果てていた。毛髪は艶のない灰色に。筋肉は見る影もなく、骨に皺まみれで血色の悪い皮膚が垂れ下がっている。落ち窪んだ瞳からは光が失われている。視力もほぼゼロになってるんだろう。
お兄様は一回り二回り、いやもっとゴドゥバの比なんかじゃないくらいに老け込んでしまっていた
リリファさん! 薬でお兄様を治療して下さい!
リリファさんはカブトムシに医療キットを携帯させてる。リリファさんの薬ならどんな病気だって治療出来る、でも。
お兄様のこれは、多分病気じゃ無くて……
「薬はラズには必要ない」
言いにくそうなリリファさんに代わってランキスさんは冷たく言い放った。
……お兄様を助けてくれないの?
「よく聞けアリス。ラズに人間の薬は効果ない」
「ラン、キス」
お兄様は嗄れた声で呟いた。
「俺から説明させてくれ。……おいで、大好きなアリス」
老人斑の浮いた枯れ枝のような手指でお兄様は抱きしめてくれた。
いつもと同じ温かさだった。
どこか今まで感じていた壁一枚が消えた気がする。偽りのないお兄様と、この世界で初めて出逢えたような、そんな気分になれた。
「俺はアリスを心から愛してるんだ」
「あやふやなままでいたかった。だけどこれが原因で、アリスと俺の心が離れていって欲しくない。それでアリスを悲しませるなんて、そんなの俺自身が許せないんだ」
ゴホゴホと咳き込みながら。喋るどころか呼吸も辛そう。
「取り敢えず部屋に運ぶぞ。いったん後にしな」
弱々しくランキスさんに背負われるお兄様からは、生肉が腐ったような不快な臭いが漂っていた。




