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76話 神にすがるのすら億劫になる程に

 紫の大森林。ミステクタ辺境の、数十の猫型獣人がひっそり暮らすこの静かな森に先程からやたら自信満々な笑い声が響いていた。


「シバ様と戦おうなんざ百年早いんだよバーカ!」


 突如、襲撃してきたヒト族の兵士。といっても予め連絡を聞いていたので対策は万全であったが。


 紅鬼族を始めとした戦闘が得意な種族の連合が迎え撃ったのだが、何故かシバもしっかり混じっており、しかもやたらアピールが鬱陶しい。面倒なのでナルシュは無視していたのだが。


「なにサボってんだよ。あと忘れてんじゃねーぞ、片付いたらリベンジマッチだかんな」

「わーったって(何食ったらこんなテンション高くなるんだよ)」


 地面に組み伏せた兵士の武器を奪い無力化しつつナルシュは周囲の警戒する。取り合えず危険は去ったよう、住人の被害もゼロなようだ。


 それにしても今までずっと全敗だったのに何故シバはここまでポジティブに振る舞えるのか。


『おふざけはその程度にしなさいよ』

「んだよリリファ」


 声はすれどリリファの姿はここにない、彼女とは派遣した蟲を介して喋っているからだ。


 人間らによる奇襲作戦をいち早く亜人らに伝達して、そのあとも聖堂教会に向かったランキスに代わり陣頭指揮を取ったのも彼女だ。リリファがいてくれたから被害を最小限に抑えられたと言い切っても過言ではない。


『アスタロト兵の他に聖堂教会の騎士も相当数混じっているようね。先程100人と伝えたけど訂正するわ。正確には137人よ』

「サンキュー皇女サマ」

『うっさいわね蹴飛ばすわよ』

「なんかアイツ俺にだけやたらキビしくね」

『私は暑苦しいのは嫌いなの』


 うんうんと首を縦に振ってはげしく同意するナルシュに噛みつくシバ。彼らの側に一匹の赤蜻蛉が寄ってくる。


『そのトンボに敵戦力と、あと敵陣の大まかな情報を纏めた紙を持たせてるから、あとはそっちで対処しなさい』

「ってもう帰るのかよ」

『私はシバと違って忙しいのよ』


 蜻蛉から受け取った地図を確認する。どこが大まかなのか尋ねたくなる程に、極めて詳細な内容が描かれている。


「サンキュー可愛い娘ちゃん」

『グレイシャー、やりなさい』


 それが蜻蛉の名前なのか。命令されたグレイシャーがシバの鳩尾に突撃していった。


 掌サイズの何処にでもいるトンボの体当たりだが、リリファの鍛えた蟲が外見相応な訳がなく。案の定喰らったシバは大きく仰け反りうずくまった。


 そして用事が済んだと言わんばかりに蜻蛉は大空へと飛び立ち、シバを確認すらせず次の戦場へと向かっていく。


 恐らくは獣人連合の元へだろう。易々と国境を越えて活動する姿に、改めてリリファの能力がいかに規格外なのかをナルシュは理解した。


「痛ってー、くそリリファの奴本気でやりやがって」


 シバはよろよろと腹を抑えながら立ち上がる。結構痛かったようだ。


「俺は集落に残るけどシバはどうすんだ」

「次の戦場に向かうに決まってんだろ、まだ戦い足りねえ」


 血気盛んな族長の息子を無視しつつナルシュは地図を読み込んでいった。特にミステクタ中央へと。


「気になるのはアリスとラズウェルさんか。首都に一番戦力集中させてるようだし」


 投入されているのはアスタルト兵1000人と聖堂騎士2600人、最大規模だ。いくら事前に情報を貰っているとはいえ無傷では済むまい。


「心配いらねーだろ、あのロリコン野郎超強いし」

「シバお前なぁ、本人いないからって悪口言いたい放題する癖は治せよ、ったく」


 ラズウェルの実力を知るナルシュも、2人の安否は気にしていない。


 気にしていない。万に一つも負けることなどあろうものか。


 なのにどうしてか胸騒ぎが収まらない。捕食者に狙われてるような焦燥を感じずにはいられなかった。










「被害状況は」

「は?」


 こいつ阿呆なのかしら?


「数時間前グリンラード領内に人間の兵隊が侵略してきたでしょう」

「ああ、そのことですか」


 召使いの若い男はにっこりと微笑んだ。エルフの中では至って平凡な顔立ちだが、ヒト基準で見ればかなりの美貌の持ち主なんでしょうね。


「皇女様が気に病むことではありません。グリンラードの魔道兵団がすぐに鎮圧します」

「もう既に4人が捕虜になったようだけど救出できるのかしら。多方面から襲撃されてて手一杯のようだけど?」


 閉口してるわね。私がここまで把握してるのにびっくりしたのかしら? まあここで彼を詰問しても無意味だし放っておきましょう。


「御免なさいね。私はずっと情報収集を担当していたから。でもいいのかしら、このまま後手の対応ばかりで。被害は大きくなるばかりよ」

「皇女様が気に病むことはありません。それから過去はお忘れ下さい。今の貴女はグリンラードで最も尊き御方なのですよ」


 最も尊き、か。


「ずっと私は、ランキス様と肩を並べて仕事していたわ」

「お言葉ですか皇女様、平民のヒトを様付けするのは」

「彼は決して私を特別扱いしようとしなかったわ。グリンラードに戻って改めて実感したけど、私にお飾りの皇女は性に合わないみたいね」

「……皇女様、言葉を選んで下さい。貴女は」


 チッ。


「!?」


 思わず舌打ちしてしまった。ああ駄目だ感情が溢れてくる。


「お、皇女様。如何なさいましたか」


 皇女皇女うっせーな、気持ち抑えられねえんだよ黙ってろ!






 エルフは性別問わず美しいことから、色欲に溢れた貴族から求められ続けてきた。また魔力を含んだ髪の毛や爪や皮膚は亜人の中でも特にカネになる。


 彼らは6人目の逃げ遅れたエルフを捕縛していたけど。空から飛来する蟲の大群を見つけたよう。雲行きの変化に気付いたのはアスタルト兵士の一人。彼の決断は早かった


「まずい。全軍撤退しましょう!」

「何を世迷い事をぬかす。怖じ気づいたか」


 アスタルト兵はみんな撤退ムード、だけど聖堂騎士はそれを許さない。


「あんたらは蟲姫リリファの恐怖を知らないんだ」

「虫ケラなんぞ毒薬の煙で燻してやれば問題なかろう。邪魔立てするなら貴様が斬られたいか」

「止めろ、下手に刺激しちゃあ被害がもっと酷くなるんです。お願いです、今すぐ全軍撤退を決断して下さい騎士様」


 アスタルト兵士と聖堂騎士では後者のほうが圧倒的に地位も権限も上。ゆえに懇願くらいしかやれることがないのでしょうね。


「賢明な判断ね。今なら半殺し程度で済ましてあげてもいいわよ」

「……リリファ君」


 私の姿を確認したアスタルト兵士達は、恐怖というより諦めの色が見せていた。


 逆に色めきだったのが聖堂騎士達。彼らは可能ならばグリンラード皇女を生け捕りにしろと命じられているのかもしれない。


 じりじりと間合いを詰めてくる騎士、……くっそ鬱陶しい! 私は無防備な顔面を蹴り飛ばした。


「クソッタレの大馬鹿野郎どもが。次にぶちのめされたいのは何処のどいつだ」


 ああしまった荒々しい口調を止められない。脳味噌ヒートアップさせちまったまんまだもの。これがムカつくから普段は感情を抑えてるんだけど、ああムカつく殴りてえ!


「降参するよ。リリファ君、きみとは戦いたくない。……祖国を裏切ってでも」

「貴様、反逆する気か」

「反逆者扱いするなら構わない。私は死を嘆いてくれる家族を先の大戦で失った、さあ斬り捨ててくれ」


 アスタルト兵の多くがこの言葉に同調してるわ。

 ……思い出したわ。先の大戦で、ランキス様と共に行動してたヒトだわ。世間って狭いのね。


「なっ、貴様ら!」

「聖堂教会の騎士様、聞いて下さい。度重なる戦いで皆もう疲れきってるんだ。神にすがるのすら億劫になる程に」


 心当たりがあるのか騎士達は閉口する。

 ついにアスタルト兵達は武器を納め、誰の指示でもなく撤収してしまう。聖堂騎士が制しても止めようとせず、やむなく彼らは斬り捨てられた。


「さっさとエルフを解放なさい」

「人非ずの分際で……!」


 紫の森にはナルシュがいるし。他の地域も、まあシバが無駄に張り切ってるし大丈夫でしょう。


 問題なのはミステクタ首都ね。アリスとラズウェル様が滞在しているけれども。


 ラズウェル様は性質上きっと、聖堂教会とまともに対峙することは出来ないでしょう。


 頼んだわよアリス。斬られたアスタルト兵を治療しながら、私は遠くへ思いを馳せた。

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