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72話 『(夫婦漫才はその程度にしてもらえるかの)』

「ランキス様」

「……リリファ」


 背中から変な汗流れてくる。やっべ何喋ればいいんだ。


「えーっと、リリファが抜け出してきたのってグリンラードの連中にはバレてないよな」

「私の魔力を染み込ませた液体蟻の大群に、化粧と幻影魔法と組み合わせましたが、まあ20分くらいなら誤魔化せるでしょう。ところでランキス様」


 リリファは訝しげな視線を俺に向けた。そんな目で見るんじゃねぇ。


「生涯を誓い合った伴侶との再会を喜びたいのですが、いかんせん少しばかり空白期間が短い気がするのです」

「確か5分とちょっと位か。別れてから」

「まだ一睡もしていないので枕を濡らそうにも濡らせません」

「しゃーねーだろリリファ。つか俺だって気まずいんだよ追及すんな」

「ところで緊急事態とは? もしや頭髪が痛みましたか。だからエルフ印の髪染め薬をオススメしていたのですが」

「違ぇよそんなんで呼び出すか、つか誰がハゲだ!」

『(ところでランキスよ)』


 しまった忘れてた。


『(夫婦漫才はその程度にしてもらえるかの)』

「悪い、うっかり放ったらかした」

「失礼しましたングス様」


 ぼやく亡骸に俺とリリファは謝罪した。


 にしてもングス、変わり果てた姿になっちまったものだ。

 誇り高きエンシェントドラゴンは、哀れにも野蛮な人間たちによって討伐されてしまった。


 首を刈られて、それから鱗やら骨やら肉やら血液やら、素材になるモン全部抜き取られちまったようだ。

 跡には広範囲に渡ってグズグズの欠片が転がるのみ。御丁寧にングスの巣穴まで破壊してやがる。よほど憎悪をぶつけられたのだろう。


「聖堂教会の連中か」

『(察しが良いな)』


 人族至上主義のアイツらからしたら、人よりも強く賢く長命なドラゴンなんて最も唾棄すべき存在だろう。


『(百人ほどの僧兵どもが警告抜きに襲ってきおるのでな。軽く返り討ちにしてやる算段だったのだが、どうも一人だけ尋常でなく鍛えとる男が混じっておってな、そのせいでこの様だ。ううむ参った)』


 なにせ口も声帯も失ってしまった為に思念でしか話し掛けられない程だからな。


『(ヒトとはこれ程迄に可能性に満ちておるものだ。儂を討伐できそうな輩が主以外にもいるとはな)』


 残念そうな物言いだが、妙に朗らかな思念には笑みも含まれてる。


 それもそうだろう。龍の魂は消滅することなく、マナと同化して精霊と共に世界を巡り回っていく。彼らは死に対する概念が根本的に人間とは違う。


「横から失礼しますがランキス様とて、魂を冥界から引っ張ってこれるではありませんか」

「いやアレは俺にしか出来ないし。ってかなあングス。ちぃと確認させてくれ」

『(なんだ)』

「エンシェントドラゴンを討伐しやがった馬鹿ってのは禿げてて白髪で、背の高くて紅い瞳のおっさんか」

『(フームその通りだ。特徴は当てはまる)』

「成程。そいつの名はゴドゥバだ」


 リリファの眉がぴくりと反応した。


「聖堂騎士団の元団長でしたね。第31代のラフィエル氏に禅譲して、現在は騎士団の人員管理を任されていると」

「つっても今なお騎士団での権力は、というより聖堂教会でゴドゥバに逆らえる奴はいないだろうな。ぶっちゃけ法皇より影響力あるし」


 アイツが就任してから人族至上主義がより徹底したんだっけな。


『(つまりゴドゥバとやらは儂の天敵なのだなフーム。ランキスよ、それを聞きたいが為にここまで来たのか)』

「まさか。別の用件があるさ。ングス、俺と一緒にこい」


 これが俺の本来の目的だ。その為にわざわざリリファも招集したのだから。


「聖堂教会の総本山に乗り込むに当たって、ングスの力を借りたいんだよ」

『(ほう儂の力を。だが肉体を失った儂にやれることは無いぞ)』

「肉体ならあるぜ。ングスの魂をリリファの蟲に憑依させる。リリファならそれが可能だ」

『(蟲に憑依とな)』

「リリファの蟲は超強いぜ。期待を裏切らせない。何よりングスだって、やられっぱなしは癪に障るだろ」


 クックックッ

 ングスの笑み深くなる。興に乗せるのは成功したな。


『(これ程に心踊る誘いは久し振りだ。よし乗ってやろう。して何奴に乗り移ればよいかの)』

「リリファ」

「とっておきがいますよ。龍族の魂とも相性は善いはずです」


 リリファの指先で、一匹の蝶が羽を休めていた。


「月齢蝶という酷死沙漠に生息する個体です。飼育している蟲で一番魔力に優れた個体で、隠密能力にも長けています」

『(フーム、では)』


 ングスの魂が密度を濃くしていき、月齢蝶へと向かっていく。うまい具合に憑依出来てるな。


「ところでランキス様」


 どしたリリファ、聞き返そうとしたら。


「せっかく再会できたのですから、ね」


 眼を閉じ、俺を見上げて唇を薄く開いた。無言でそっと唇を重ねる。


 リリファと当然のようにキスする仲になったんだな。少し前の俺なら想像もしなかっただろうな。


 とか考えてたんだがリリファの奴、左手を俺の股間に添えてきやがった。

 おいちょっと待てナニやってんだ。制止させようと手を伸ばすもスルリとかわされ、やわやわと感触を楽しむように弄んでる。


「これで完了です。ランキス様の股間に蟲を寄生させました」


 暴発しそうになるのを必死で我慢してたらリリファが聞き捨てならないことぬかしやがった。


 え、俺の股間に、寄生?

 ちょ、ちょっと待てリリファ。


「万一にでも浮気しようものなら内側から食い破って、凄く痛い目に逢うでしょう。心配せずとも日常に支障はありませんよ」


 いやそういう問題じゃなくてな。


「難しい要求はしていません。私だけを慕い続けてくださるだけでいいのです」

『(カッカッカッ、善い嫁を貰ったなランキスよ)!』


 笑い事じゃねーよングス。本当ウチの元奴隷ってチョー恐い。

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