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71話 貴重なモノを私にくれた

 物心ついた頃から私は、檻の中で教育を受けていた。


 実の両親の名前も顔も知らぬまま、精霊国の皇女として相応しい振舞いや知識を教わっていた。

 エンシェントエルフは非常に珍しい存在であり、精霊国内で数年に1人しか誕生しない。

 

 幸か不幸かその1人として出生した私は、同じくエンシェントエルフである赤ん坊と、世話係の男と女その他数名だけで幼少期を過ごした。

 それ以外のエルフとは一切交流がなかった。私は皇女であること以外を求められなかったから。

 

 グリンラードの象徴として隷属する生涯になんの疑問も持たなかったし、当時はそれ以外の将来など知ろうとも思わなかった。


 転機が訪れたのは9歳の誕生日を控えたとある深夜。エルフの森が人族らによる襲撃を受けた。

 長期間の戦争により、ミステクタに肩入れしていたグリンラードの国力も低下こともあったのだろう。付近の住人もろとも抵抗する間もなく捕縛されてしまった。

 

 みな奴隷身分に堕とされた。そして、エルフは人間基準で見るととても美しいらしく、また肉体は素材としても優秀なのらしい。

 老いたエルフは切り刻まれた。私を含めた若者は性のはけ口になるため奴隷商に売り飛ばされた。


 そして、私は。

 ランキス様に出会って。

 私は外の世界を知って。

 私はその日からずっと、ずっと慕い続けて。そして、






「オランタ姐さん」

「女の別れに涙はいらないのよ。 ……元気でね」


 彼女には感謝している。

 出会ったときからランキス様に抱いていた、名も知らぬ感情を恋だと教えてくれた。

 オランタ姐さんはランキス様の奴隷になってから、いや生まれて初めて親友と呼べる人だ。


「ウェルザー様」

「貴女と知り合えてとても見識が広がりました。これからも無病息災で過ごして下さいね」


 優しい老紳士、いや見た目より若い彼は。印象こそ薄いもののランキス様を陰で支えてきた。

 幅広い知識と人脈。そして交渉能力の高さ。彼がいなければチームランキスは此程の躍進はなかっただろう。


「またなアリス」

「私達さよならじゃないもん。絶対に、会いに来るから!」

「ああそうだな。これからも俺達は一生、友達だぜ」


 アリスってば相変わらず罪作りな娘だこと。まあ2人の表情を見る限り、心のモヤモヤは解決したようね。

 とか眺めてたらナルシュは思い出したかのように私にも


「リリファもさ、最初は変な奴だなって最初思ったんだけど、話してみると実際その通りだったな」


 は?

 ナルシュ随分と生意気な口をきくのね。最後に締めとこうかしら。


「怒んなよ。それ以上に良い奴だって知れたんだ。お前と友達になれて幸せだと思ってるぜ」


 ふーん。まあ許してあげる。私がグリンラードの皇女と知ってからも態度を改めなかった肝の1人だし。


「それからランキスさんとラズウェルさんもお元気で!」

「せっかく鍛えてやったんだ。訓練欠かすなよ」


 ……もうナルシュと会う機会も無いでしょう。ランキス様お手製の武器を抱える彼をふと眺める。

 半年程の短い付き合いだったけど、彼とも善い関係を築けていたかしら。

 

 別れの挨拶を終え、私達は精霊国に向けて出立する。紫の大森林の更に奥へ、ランキス様がかざす掌をじっと眺める。

 闇属性の精霊が動植物や昆虫などにも影響していて、見渡す限りどこも鮮やかな紫色を成している。


 けれども距離を稼ぐにつれ薄くなっていき、若々しくて瑞々しい綺麗な緑色へと変貌していく。グラデーションの変化。

 私のもっと辛い別れの瞬間が刻一刻と迫っていることを暗示してるかのように。


 もうすぐグリンラード公国の領内に入るって直前。休憩にしよう、そうランキス様は提案して下さった。

 ランキス様のスタミナはほぼ無限大、私に対する配慮だろうか?


「ねえアリス」


 グリンラードに入国しちゃうと、もう皆と触れ合うことは無い。だからちゃんと伝えるべきだろう。


「貴女と友達になれて本当に幸せだったわ。……あとその、色々とセクハラしちゃって御免なさい」


 照れ隠しとはいえ相当にキツい性的悪戯を繰り返してたのだけど、彼女はいつもあっさり許してしまう。どんな精神構造しているのかしら。

 同年代の女子事情は知らないけど、案外にあの程度のスキンシップは普遍的なのだろうか。


 そして数時間ほど宙渡りを繰り返していくと、先程とは真逆に、光の精霊があちこちで飛び跳ね遊んでいる。

 精霊国と呼ばれるゆえんだ。マナが満ちているこの国にはエルフなど魔法に長けた種族が多く住んでおり、大陸で最も魔道研究が盛んな地域だ。逆に魔の素養がない者は息苦しさを覚えるでしょうね。


「リリファ・グリンフレイル様」


 待ち構えていた壮年のエルフ男が私に向かって喋り掛けてきた。自身のフルネームを聞くなんて何年ぶりかしら。


「ランキス殿。リリファ・グリンフレイル様を今まで保護していただき感謝します」


 保護、ね。モノは言いようだわ。

 出迎えは総勢20人。皇女の身分を改めて認識させられる。


「宿をご用意しました。皆様どうか一晩ゆっくりお休みして旅の疲れを癒やして下さい」


 つまり明日はとっとと出て行けと。まあエルフがヒト種族に向ける態度なんてこんなものでしょう。

 エルフ男は笑顔で、とても事務的に事を済ませていく。

 速やかに私を、王家の紋章が刺繍された馬車へと連行していく。彼らは私に幾重もローブを着せた。私ってそんなに神聖なのね。


「(……グリンフレイル)」


 やけに広い馬車の、やけに豪華な座席に案内されて私は、噛み締める。

 王家に連なる者だけに与えられる名前。それが私に課せられた身分。

 私はグリンフレイルになった。精霊国の象徴。外の世界に私はもういない。


 あとそれから、傍らにランキス様がいなくって。

 覚悟はしていた。でも喪失が津波のように押し寄せる。


 胸が苦しい。呼吸が痛い。

 4年半、今までずっと傍に居たランキス様を、肌で感じられないのがこんなにも寂しいだなんて。


 動き出し、王都に向かう馬車。4年半ずっと過ごしたランキス様の思い出を置き去りにするように。

 ……そんな訳あってたまるか。

 

 ランキス様が私に消えない刺青を刻んでくれた。

 カラダを捧げるよりも貴重なモノを私にくれた。

 

 ランキス様の声、姿、温もり、匂い。

 忘れない。ずっと永遠に。

 ランキス様の記憶が、これから先の私を支えてくれる。ずっと、ずっと?


 ……あれ、ランキス様?

 なんで緊急招集命令出してるの?

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