70話 だから、……俺の妻になって下さい
集落の端っこ。ここより少し先は急勾配になってて、木登りが苦手な人は戻るのが大変そうだ。
木々の葉っぱから零れる日差しまでもが、紫の色素を帯びていて。この異世界に転生してから、今までで一番ファンタジーを実感してるかもしれない。
「初めて俺達が出会った日のこと覚えてるか」
奴隷商の檻の中。私の中でもずっと鮮明に覚えてる。
転生初日。たしかあのときは服を一枚も着てなかったんだよね。
「いやアリスの裸は関係ないから!」
あーコホンって、ナルシュ君は咳払い。
「じきにアスタルトとの戦争がまた始まるだろう。もう会う機会ないかもしれない。だからアリス、俺の気持ちを全部話しておきたいんだ」
ナルシュ君の気持ち?
「俺、アリスが大好きなんだ」
うん、私もナルシュ君のことが好きだよ。
って返答しようとして。そこで言葉が途切れた。
「アリス、好きだ」
ナルシュ君が、そうまるでお兄様が私にするときのように抱きしめて。
「一目惚れでした」
耳元でそう呟いた。
「初めて出会ったあの日から、俺はずっと貴女のことが大好きでした。だから、……俺の妻になって下さい」
えっ
ナルシュ君が私のこと、大好き?
その意味を理解するのに2秒くらい必要だった、そして。
私は。
理解して、そして。
なんにも考えられなくて。
ナルシュ君も私を抱きしめたまま無言で。
私もどう返事して良いのかわからなくて。
たっぷり1分間くらいの沈黙を2人で味わって、そして。
「なんてな。ったく俺のキャラじゃねえよなー」
ナルシュ君はさっと離れて、茶化すように首筋をポリポリと掻いた。
「いやマジ、墓場まで持ってくつもりだったんだ俺の片思い。でも言っちまうと心が軽くなるもんだな」
……。
「俺がさ、本当に伝えたいのは別にあってさ。アリスは今後も傭兵稼業を続けていくんだろう。アリスがラズウェルさんのこと好きなの知ってるから」
……。
「だからさ、俺をフってくれよ。そしたら俺も諦められるからさ」
……ごめんなさい、ナルシュ君。
ナルシュ君と一緒にいると私は、本当に幸せになれる。
ナルシュ君は私にとって掛け替えのない親友。今までもこれからも、そうありたいと願ってるよ。
でも貴方に、それ以上の思いを抱くことは出来ない。
私が添い遂げたいのは、お兄様、だから。
「ありがとうアリス。……ああ、ったく湿っぽい空気になっちまったなー」
私はずっとナルシュ君のことを、大切な友達くらいにしか思ってなかった
そんな異性から突然の告白を受けて混乱しちゃって。
いや。
私がもっとちゃんとしてればナルシュ君を苦悩させなかった。
異世界転生した直後はとっても不安だった。
そんな中で同じ猫型獣人で、気心の知れたナルシュ君に私は甘えてた。甘えすぎてしまった。
私はナルシュ君を、甘えさせてくれる存在としか見ていなかった。
ナルシュ君を、都合の良いキャラクターとしか認識してなかった。
私はずっと自分本意にしか考えてなかった。
ナルシュ君が私を慕い続けてくれてきたのを、ずっと蔑ろにしてしまってた。
ああ。
頬を流れていく熱い液体。踏ん切りがついたつもりだったのに。
「だから泣くなっての。ああ、やっべ俺も目頭熱くなってきた」
努めて明るく振る舞ってるナルシュ君への、申し訳なさが液体になって止まらなくって。
ナルシュ君はそれを優しく拭き取ってくれた。
……うん、そうだね。
湿っぽい空気は止めよう。
「さーてと。そろそろ戻らないと。みんな待ちくたびれてるだろなー、つか10分以上過ぎてら叱られるわ」
「ナルシュ」
……お兄様だ。
迎えに来てくれたのかな?
「ラズウェル、さん。違うんです俺は、決して」
「ナルシュ」
え、なんで。お兄様、どうしてそんな視線をナルシュ君に向けるの?
違うのナルシュ君は悪くないんです。
私がナルシュ君を蔑ろに、してしまって。
「アリス、少し黙っていろ」
信じられない冷たい声色に私はビクリとしてしまった。
怒ってる、お兄様が本気で怒ってる。
まるで私を害した傭兵を睨みつけるかのように。
ち、違うんですお兄様。私はお兄様の傍にずっといます。
だから、だからナルシュ君を怒らないで下さい。
でもお兄様の怒りは収まらなくて、拳をゆっくりと振り上げて。
「其処までだラズ」
ランキスさんが、拳を振り上げたお兄様の腕を、掴んで制していた。
「遅いから心配したぜー。じゃあ行こうぜラズ」
「なあラズ。ナルシュに何しようとした」
「ランキスには関係ない」
「ま、暴力事件は未遂に終わってくれたから良いとして。話題変えるぞ」
「なんだ?」
「なあラズ。いつまで黙っておくつもりだ」
「……」
「アリスの兄貴についてだラズ。お前はいつまでアリスを騙し続けるつもりだ。それともラズ自身、真実と虚像の区別がつかなくなっちまってるのか」
「……それ以上、喋ったら殺す」
「ハッ。俺と喧嘩したいなら聖堂教会の件が済んでからにしろ」




