63話 さー。バカだからじゃね?
「シバ様を倒そうなんて100年早いんだよバーカ!」
声高らかに笑い己の勝利を誇示するシバ。鬼族などの、武力行為を生業とする種族などによくみられる特徴だ。
興奮するシバを尻目にナルシュは冷静に周囲を警戒する。ホテルの廊下に転がる、艶消しの軽装備を纏った3人。
捕縛され転がされ、周囲には折れたナイフや短弓が散乱していた。どれも先端部には麻痺毒が塗られているようだ。
彼らはアスタルトの特殊部隊。少年ら二人が、ランキスとラズウェルが離れたタイミングを見計らって襲撃を仕掛けた。
ナルシュはともかくシバは鬼族。年端もいかない少女らよりも警戒するのは必然だろう。普通ならば。
貴族らに下心があったのは否めないが、リリファの経歴を把握していればこのような愚かな判断はしなかっただろう。
「てかナルシュ邪魔すんなよ。俺一人でも全員潰せたってのに」
「シバ苦戦してたじゃねーか」
「喧嘩は後にしろ」
「ランキスさん、とラズウェルさん」
チームリーダー達の姿を確認してようやくナルシュは一息ついた。ランキスは周囲を確認して。
「店長来なくて正解だったな」
そう呟いた。ナルシュの主人である洋服屋店長のグリッドは、仕事の都合がつかず土壇場でキャンセルしたのだが。それが不幸中の幸いだったかどうかはナルシュに判別つかなかった。
「既にリリファの蟲が残党全員を把握済みだ。問題ない」
「じゃあ安心、ですかね」
彼女が護るのならまず万全だろう。ランキスとラズウェルはアリスの元へ向かう。見送って、ひとまず二人は部屋に戻ることにした。
周囲に気配がないのを確認する。ようやく一息。貴族から煙たがられている自覚はあったものの、ここまであからさまに仕掛けてくるのは想像の範囲外だった。
「あいつら大丈夫か? 女2人だろ」
「リリファがいるなら余程のことがない限り安全だろ。しっかしどういう状況だ?」
訝かしむナルシュ。だが一応ある程度は察しがついていた。アスタルトは現在とても不利に追いやられている。
治安や食糧の問題がいよいよ無視できなくなってきたのに加えて、人々の不満がいよいよ限界に達しようとしているのだ。
エンシェントドラゴン降臨や定義祭などによって多少は沈静化したもののそれも限定的な効果でしかない。
つい先日タラスにて発生した暴動によって西部の一部地域は無政府状態と化している。
これは直に鎮圧されるだろうが、火種はアスタルト全体に広がっている。現在アスタルトの治安はぎりぎりで保たれていて、僅かな切っ掛けで崩壊しかねなかった。
一方のミステクタは数多くの支援国家に恵まれ、豊富な食糧に財源に人手に軍備にと、むしろ敗戦した現状のほうが強化されている。
とかくアスタルトは交渉材料に乏しい。ランキス傭兵団を支配下に置きさえすればミステクタも譲歩せざるを得なくなる。
そのような算段なのだろうとナルシュは推測した。同時にどう考えても馬鹿の発想だとも呆れる。
特殊部隊は事前に準備させていたようだが、こんな杜撰な計画を立案したのは一体どんな馬鹿なのか。
「さー。バカだからじゃね? ……じゃ済まされない話か」
シバはベッドに寝転がりながら、人間至上主義をより尖鋭化させていくアスタルトの将来を占う。
かねてより価値観を共にする聖堂教会の権威は今も健在、だがそれにしたって会談を台無しにしてもいい理由には全くならない。少なくともシバが国王ならそんな判断は決してしない。
「シバ」
「んだよ」
ぶっきらぼうに返事する。ナルシュは妙に真剣な表情で語りだした。
「世の中には救いようのない馬鹿ってのがいる。悲しいことにアスタルトは貴族の大半がそんな連中なんだよ」
「まるで見てきたような口振り」
「見てきたからな」
忌まわしい過去を回想し、それを振り払うようにナルシュはソファに背を預けた。
軋みが全くない。何故なら一切体重を掛けていないからだ。
普段の日常でも気軽に行えるトレーニングとして普段から挙措を気にかけるようリリファに教わっていた。
彼女は更に常時魔力を帯びてほぼ完全にコントロールしきっているのだから尋常ではない。魔力に恵まれたエンシェントエルフだからこそ可能な所業だ。
ナルシュも挙措くらいは真似しようとしている。だがまだまだ鍛え足りない。僅かな衣擦れまでは誤魔化せていないからだ。
「ナルシュ喧嘩しようぜ」
突然シバは立ち上がりパンチの素振りを繰り返す。
「お前なあ、ここホテルの客室だぞ。やるなら迷惑を掛けないとこでやろーぜ」
「んな女々しいこといってんじゃねーよ」
シバも挙措をコントロールする訓練方法を教わっていた。なのだが里にいた頃から荒々しい性格だったせいか上達が遅い。
まあ豪快な戦いを是とする鬼族が苦手なのは必然なのだが、歳も近い同性のナルシュに劣るのは種族差を考慮しても我慢ならないのだろう。
「喧嘩は止めろと言ったろう」
「ランキスさん。アリスとリリファさんは、問題なかったですよね?」
「平気だったよ。それよかシバ、今日はホテルに泊まれ。馬車に戻るのは危険だ。戦闘部隊があと800人控えてる」
「は、800!? 多すぎませんか」
思わずナルシュは驚いた。隠密部隊にしてはあまりに不自然だったからだ。
「最終手段としてホテルか街そのものを占拠しちまう算段だったのかもな。にしても800か、マジで気が触れたのかアスタルト……」
「流石にこの人数じゃリリファの蟲だけじゃ追い付かないんでな。ウェルザー、オランタ!」
ランキスは壁に向かって叫ぶ。ちなみに壁の向こうは物置である。
「どしたんすかランキスさ、うわっ」
ランキスが突き出した掌から数センチ先の空間が、まるでガラスを叩き割ったように粉々に砕けた。
「これどんな原理なんだ、マジですげーなあひゃ!?」
シバは裏側を覗き込む。半透明の不思議な断面からニュッと伸びてきた腕が、さわさわとシバの頬を撫でた。
「いーわー、アタシの好みのタイプ。あと5年早く生まれてきてたら彼氏にしてあげてたわよ」
割れた空間から背の高い優男と偉丈夫な老紳士が現れる。優男はシバに近付きながら。
「貴方は幾つかしら」
「じ、14です」
パニック状態のシバは正常な思考ができずに受け答えしてしまう。ナルシュは隣で同情した。オランタに関しては慣れるしかない。
「若いわねえ、貴方の筋肉。ちゃんと鍛えて柔らかさと頑強さ。やっぱり襲っちゃう! ねーえ、アタシと一夜を共にしない」
「冗談は程々にしてオランタ、状況を説明してくれ」
「やーねぇ想像通りでしょ」
楚々とした動きでソファに腰掛ける。ずざざざと後退するシバにはさっぱり興味を無くしたようだ。
ランキス達がミステクタへと向かった一週間後、アスタルトの兵隊が屋敷に詰めかけた。ウェルザーとオランタ、それからグリッドに逮捕状が出たからだ。
「やっぱり店長も」
ナルシュは顔をしかめた。身内も当然狙われるだろうとは予測していた。
もっとも事前に把握していたので、3人とも屋敷の家財やら何やら全部回収して国外逃亡済みだったが。ソレを伝えると。
「ありがとうございます」
「やーねぇ、仲間なんだから遠慮は無しよナルシュちゃん」




