57話 不意に視界が金色に
ランプの油を継ぎ足す。欠伸が漏れた、太陽は沈みすっかり夜。あー眠い眠い。
今日は昼寝が全然捗らなかった。街道の凹凸が酷すぎたし、食事休憩以外はずっと走ってたからな。ちったあ馬を休ませてやれっての。
人でもモノでも家畜でも、酷使で潰して新しいのと交換。そーゆー愚かな主人には絶対なりたくないもんだ。
破れた幌の隙間から外を眺める。荒れた草原、割れたまま放置状態の石畳。
戦争の爪痕ってのは何度見ても慣れない。俺達がもっと早く介入していたら、犠牲はもっと少なかったかもしれない。
考えても無駄だろうか。なにせ知名度が、俺達チームランキスの実力に追い付いてきたのはごく最近なのだから。
この周辺には小規模の村が幾つかあったと聞いた。
人々の暮らしの集合体が村や街であり、村街が幾つも支え合って、国家を成しているもんだと俺は思う。
なあアスタルト、人も村も畑も失って、そんな勝利になんの価値があるんだ?
金稼ぎのために結構な人数を殺めてきた俺が申しても空虚なだけだろうか。
数字のプラスマイナスという冷たい視点でしか量れない概念もあるのだろう。
あーくそ滅入ってきた。なんか別なコト考えよう。
……にしてもボロっちい馬車だな。天井の隅っこには払った蜘蛛の巣の残骸。
曲がりなりにも俺達は国賓待遇の筈なんだがなぁ。
まるで処刑場に送られる罪人にでもなった気分だ。こんなのがあと何週間も続くのだから堪ったモンじゃない。
俺の『宙渡りの手』を連打したほうが断然早く到着するっての。たまには鈍行旅も悪くない、そう思わないとやってられねえな。
「ランキス様、ただいま戻りました」
日課の稽古を済ませたリリファが幌布を潜って入ってきた。
「? 私の顔に何か付いてますか」
「いや、なんでも」
相変わらずリリファは無表情で、額に浮かんだ数滴の汗をタオルで拭った。
パッと見は儚げな美少女。華奢で肌の白い、深窓の令嬢という表現がよく似合う。
だが外見とは裏腹に、そこいらの傭兵数人が束になっても軽く叩き伏せるほどの腕っ節を持っている。
最近はアリスとナルシュも鍛えられ、白兵戦で同格に戦える相手を純粋に楽しむ節もあった。
ぶっちゃけ大概ぶっとんでんだよなーコイツ。
エルフは精霊に愛された種族で、マナ保有量は人間の数倍以上と言われている。
そんな中でも原初の血を継ぐエンシェントエルフの魔力は抜きん出ていて、更にリリファは先祖返りらしく一族の誰よりも魔法の才能に恵まれて。
だってのに、やたら近接格闘をしたがるのは何故なのか。
全ての魔道書を読破した私はあらゆる魔法を扱えます、って豪語してるのに拳握って突っ込んでくんだよなあ。
うーん俺の影響もあるんだろうけど、まあリリファの里の環境は特殊だったらしいからな。
「リリファ、祭りは楽しかったか?」
そんなリリファは向かいの席で静かにコーヒーを飲んでいる。
あんな不味い液体をよく表情一つ変えずに口にできるな。
あの使用人ゼッテー素人だろ。いつも屋敷でリリファが淹れてくれるのと同じ飲み物とは到底思えん。
「ええ最高でした。アリスの可愛いドレスを目に焼き付けられて最高の気分です」
「そりゃ良かった」
「あわよくばアリスと性的交渉したいと企んでいましたが叶わなかったのが唯一の心残りですね」
いや全然良くねえよ。息をするように危険な発言するなっての。
振り子時計を見やる。ガタガタ道のせいで精度は落ちているだろうが、21時近くなのは確かだろう。
もう寝るか。干しといた布団が日光を吸収してて、今日は気持ちよく寝れそうだ。
ああそうだ。
「ドレス、似合ってたぜ」
「……?」
営業がてらに騎士団長やら貴族様やら商人ギルドやらの詰処を軽く廻ったあと、何故か大樹の天辺にいたから顔出ししたんだが。
そんときのリリファはお世辞抜きにマジで可愛かった。いつも男みたいな格好ばかりだから尚更だ。
「ありがとう、ございます」
あぁ? 妙にしおらしい態度してやがる。丁度いいや、からかってやろう。
「お前も年頃なんだし、可愛いドレスとか買ってこいよ。金なら渡してるだろ」
「ドレスなんて私には過ぎた代物です」
「んなことない絶対似合う。可愛く産んでくれた両親に感謝して」
エルフの耳が僅かに揺れた。
「悪い、忘れろ」
「はい」
ちぃと喋りすぎたかな。
「もう夜も更けてきたし、明日に備えてリリファも休め」
不意に視界が金色に染まった。
リリファが離れていく感触を覚えるのに数秒を要した。
唖然とする俺に対してリリファは。
「なんとなくランキス様の唇を奪いたい気分だったので。夜遅くに失礼しました、ではまた明日」
最後の一口を飲み干すと、しれっとした表情で女子の寝台馬車の方へと向かっていった。
ったく、寝れねぇじゃねーか。
とか考えてたら忘れ物でもしたのかすぐまた戻ってきた。
「そうそうランキス様、私は先日ついに、アリスの唇を吸うことに成功したんです。長年の夢を成就できて私は本当に幸せです」
忘れ物じゃねーのかよ。つか何ほざいてんだ。
「アリスと間接キス。ん、ということは私がアリスとキスしまくった暁には、ランキス様は間接的にアリスとキス、ぐえ痛い」
俺は無言で拳骨を振り下ろした。




