56話 夕焼け効果なのかな
ナルシュ君が案内してくれたのは、この広場で一番大きな樹だった。
樹齢幾らなんだろう。その辺の民家の数倍以上の高さがある。きっと街の発展以前から存在していたに違いない。
誘われるまま登った。ドレスが汚れないようナルシュ君が補助してくれて。
祭りらしからぬ、工場の作業員みたいな服装してたのは私をエスコートしてくれる為だったのかな、なんて想像が楽しい。
小鳥の巣を潰さないよう慎重に、青々と繁った葉っぱを掻き分けて、そして最後の一房をどけると。
わぁ。
「綺麗だろ。いつかアリスに見せたかったんだ」
綺麗、とっても。オレンジに染まった空。夕陽が水平線の彼方に沈んでいく。
見上げると、段々と黒の密度が濃くなって。地球のよりも様々な色や輝き方してる星々が私達を迎えた。
いや、どうなんだろ。地球にいた頃はちゃんと空を眺めていただろうか。日々を怠惰に生きていくことしかしていなかったから。
360°見渡す。あんな所に湖があるんだ、知らなかった。
ナルシュ君は凄いね、こんな絶景スポットを知ってるなんて。
「アリスの喜ぶ顔を見たかったから、頑張って探したんだぜ」
ナルシュ君はフンフンと自慢気に、でもちょっと照れ臭そうにしてた。外向的なんだね。ナルシュ君の店や公園以外では出歩かない私とは対照的だ。
地面を見下ろすと、雑踏の群れがたくさん。家路に急ぐ人々、民家の窓に明かりが点って、夜の水商売らしき艷っぽい格好の女性が路地裏へと消えていく。
見知った兵士さんが欠伸してる。強面おじさんの屋台を見つけた。火を吹く大道芸人。たくさん、十人十色のこの街の住人達。
すぐ向こうには小川と広い草原。お兄様達と住んでるこの街が、意外と小規模なことに気付く。
「俺、しんどかったり店長に叱られて落ち込んだ日は、この樹に登るんだ」
ナルシュ君?
「この夕焼け見てるとさ、自分がちっぽけな存在、どんな悩みも些末なコトに思えてくる。明日も頑張ろうって気分になれるんだ」
たしかにコレ眺めちゃうと吹っ飛ぶよね。今度私もこっそり登ろうかな。
「そしたら鉢合わせするかもしれねーぜ」
ひとしきり二人で笑う。
「俺、アリスが好きなんだ」
真顔になったナルシュ君はふと呟いた。うん、私もナルシュ君が好きだよ。
「……ありがとう」
夕焼け効果なのかな。陰影によってナルシュ君が憂いを帯びた表情みたいになってる。まるで大人になったみたいに。
……私も大人になって、そしたらお兄様は、もっと私を愛してくれるだろうか。
お互い沈黙。大樹の頂上にたった二人きり、静かな時間が流れる。
「綺麗な夕陽ね。でもアリスはもっと素敵よ」
リリファさんはいつも通り、私の股間に指とか這わせつつ口説いてて、そしてオランタさんは。
「美しいわ最高だわ、私もこんな青春時代を過ごしたかった! いいえ今からでも遅くないわ、カモンイケメン! なんならアタシから襲っちゃうわよ!?」
なんか叫んでる。2人きりかと思ってたけど、そうでもなかった。べつにこっそり抜け出してないから気付いて当然なんだけどね。
「おーいい眺め。風も気持ちいいし昼寝スポットとして最高だな」
ランキスさんまでも来るなんて。いつもなら昼寝の時間帯なのに。
こんな大樹の頂上で全員集合するなんて珍しいんじゃなかろうか。お兄様は、うんノーコメントで。
「しっかしナルシュ、お前も難儀だな。もっと楽な恋路を選べばいいのに」
楽な恋路?
「奴隷だけど俺は。でもいつか店長に認められて、自分の店舗を持てるくらい頑張って、そしてアリスに振り向いてもらえるように、俺も努力するし……」
私が振り向く?
後ろのナルシュ君の顔をじっと見る。そしたら露骨に目を反らされちゃった、うーん残念。
あのあと。
いつものように下半身を露出させて勾留されてたお兄様を回収して家路に急いだ私達。
そして翌朝、夜明け間もない頃、湖と反対方向から昇った太陽を背にしてこの街を旅立った。
目指すはミステクタ。敗戦国でナルシュ君の故郷へと馬車の群れは走り出していった。




