44話 魂を賭けて争うのも悪くない
はー緊張しちゃった! まさかのイノシシって。
やっぱり剣と魔法の異世界なんだな。あんなゴツい陸上動物なんて初めてだ、いやインドゾウの大きさってどれくらいだっけ? もっと生物図鑑とかに興味を持ってればよかったな。
「あー眠たいってか、ひとっ風呂浴びてぇ」
くわーっと大きな欠伸。肝が座ってる、というよりランキスさん程のステータスなら脅威ですらなかったんだろう。
でもなんだか見張りを強化するらしい。ランキスさんとお兄様が交互に外で眠るのだと。
寝てちゃ見張りの意味ないよねって心配してたけど、どのみちメイン見張りはリリファの虫だし大丈夫だよって、昆虫万能説が止まらない。
うーん、もうなんだか頭が回転しない。
だってもうベッドに潜り込んで、お兄様に抱かれてウトウトしてる時間帯だし。こんな夜更かしって日本ぶりだなー時計ないから正確な時刻は不明だけど。
そういえばお兄様と離れて眠るなんて久しぶり。
たった2m先にいるだけ、布一枚を隔てただけで不安になっちゃう。依存症だな私も。
「さあ寝ましょうアリス」
リリファさんは肌触りの良さそうな高級っぽい毛布の端を摘まんで、おいでおいでと手招きしてる。
リリファさんと同じテントで、二人っきりで一夜を過ごすの?
なんだか性的な意味でとっても不安なんだけど、私もいっそ外で寝ようかな……。
「外は冷えるわ。アリス、貴女が風邪を引かせる訳にはいかない。それに貴女のお兄様を差し置いて、貴女に性的悪戯を仕掛けたりなんかしないわ。だから一緒の毛布で寝ましょう、是非そうするべきだわ」
私の逃げ道を塞いで、テント入口のファスナーを封印しつつ、すごく早口でまくし立ててる。うーん、そこまで言うのなら……?
「一切の性的悪戯はしないから安心して眠ってね」
こんなにも信用ならない発言って、そうそうないなぁ。
とか訝しんでる合間にリリファさんはスゥって小さな呼吸。
美人だなー黙ってたら。線の細い儚げな美少女、白くて綺麗な肌で、輝く綺麗でサラサラな金髪と、閉じた瞼の向こうの碧眼と。
黙ってたら、本当に美少女なんだけどなー。
【感覚スキルがLVUPしました!】
目が醒めちゃった。枕が違ってもスヤスヤ眠れちゃうものなのか。ついでに通知があっても睡眠は妨害されないと。新たなる発見。
日が昇る直前くらいの澄んだ空気を肺一杯に吸い込んで、放出っと。うん悪くない。日本にいた頃は、こんなに清々しい朝の光を浴びてこなかったなぁ。
それからリリファさんだけれども。私とは反対方向に枕を置いていたようだ。虫使いの元締めまで熟睡してちゃダメなんじゃなかろうか。宣言通りセクハラはされなかったみたい。よかったよかった。
さて、と。いるね。
多分お兄様とランキスさんが相対してる。
朝食してる場合なんかじゃなさそうだ。
感覚スキルが働くまでもなくシルエットまで把握できる。テントのぶ厚い布一枚の向こうに、佇んでる。
あの子だ。奴隷商にいた仔竜、いやあれは。
体長とか筋肉量なんかはイノシシが優ってたけど。
凝縮具合というか迫力というか風格というか、そういう諸々なんかは比べ物にならない程の強烈さだ。
仔竜なんかじゃない、生態系の頂点に君臨する最強生物。まさしくドラゴン。
『小さき生命ども。……フン、違うのも雑ざっておるか』
威圧するような低音が周囲に響く。小鳥たちが慌てて逃げていった。
なんか聴覚を通してじゃなく、念波で話し掛けられてるような不思議な感覚。
「ングス」
それがドラゴンの名前だろうか、反応もないし微動だにしない。
アスタルト国王からの依頼、それはドラゴンの討伐だ。正確には首を刈ってこいだけども、意味合いとしては同じだろう。
死傷者は累計で20人近くまで伸びててレストランは全壊し、殺られっぱなしじゃムカつくし、遺族が納得しないし国民からも不満噴出してしまう。
最早メンツを潰された云々では収まらなくて。
かのエンシェントドラゴンを処罰しないと暴動が起きるかもしれなくて、つまりはアスタルトの国家存亡の危機を握ってるのだドラゴンは。いやングスって名前だっけ。
ングスはしばしの沈黙の後に、しばし体躯を弛緩させた。
『儂を刈りたいなら、刈ってみせろ』
と思いきや全身を震わせた。咆哮。魔力を帯びて、それがオーラみたいに揺れている。
これは、ヤバい。私は動けなかった。この異世界でこの瞬間、もっともファンタジーを垣間見ている。
戦いが始まる。お兄様達とエンシェントドラゴンとの死闘が。
『短くない生を謳歌した。ここらで魂を賭けて争うのも悪くない』
「ヤだよ面倒くさい」
何言ってんのランキスさん?




