43話 食いモン探してるなら余所に行きな
「皆さん無病息災で帰ってきてくださいね」
ウェルザーさんの姿がどんどん小さくなっていく。
イヤイヤそれどころじゃ、ってかうわわわわっ!
ちょっと冷静に状況を把握しよう。ティッシュの箱から摘まむように、向こうの景色を引っ張ってくる。うーん何が何やら。
殺人鬼とオニごっこやるオンラインゲームで、ああいう能力を持ってた殺人鬼がいたけど、現実にやれちゃう人いるんだなあ。まあファンタジー異世界なんだけど。
風景がのべつまくなしなんだけど高速移動ってイメージは浮かばない。空気抵抗とかちっとも感じないし。
こないだランキスさんは馬鹿力が過ぎてつい空間を歪めちまう、とかって呟いてたけど。いやもうそんな次元じゃないよね。
野原を超え、山を越え、森を越え。私が呆けている合間にささっと夜営地点に到達して、あっという間にテントを設営してしまった。
キャンプキットを組み立てて、気付いたら修学旅行みたいにコーンポタージュを飲んでいるんだけど。
えーと、私の感覚って平常だよね。ランキスさんの能力って、異世界基準でも化け物なんだよね。自問自答しても答えは無いんだけどさ。
……ってか、これって早朝に出掛けてたら日帰りだったんじゃ、うんツッコむのは止めよう。凡人の私はもっと別のこと考えよう。
……。
……はぁー。
後ろ向きに検討しちゃう癖をどうにかしたいんだけど、うーん。
だって私は全く役立ってない。ただ同行しているだけ。
私って他の誰よりも恵まれてるんだろう。今まではっきり意識しなかったけど、お兄様に拾われてなければ3日と持たずに野垂れ死んでいたことだろう。
私自身、あんまり生きていくのが苦手な人って自覚がある。
とてつもない幸運に恵まれて、私はこのコーンポタージュを飲んでいるんだ。
明日の朝は早いから、ゆっくり休んでなさいってお兄様に言われたけど。薪の残りをジャマダハルのつもりで突きの練習をやってみてる。
今の私は好意で呼吸をさせてもらってる、ただそれだけに過ぎない。
もっとお兄様達の役に立ちたい、だから素振りせずにはいられなくって。
「もう少し腰を据えて、そう」
リリファさんも途中からすかさず、アドバイスしに参じてくれて嬉しいんだけど。
「重心をもっと深く、そう身体の芯から粘液を溢れさせるようにジンワリと」
アドバイス混じりに何故か、股間のスジに沿って執拗に指を這わせてるの、ちょっと腰が砕けそうになるんだけど!
「気にする必要はないでしょう」
練習とかで色々と果てちゃって、テントに戻って座ってちょっと休憩。ついでに心情を吐露してみた。
こんな相談も何度目くらいかな。ネガティブな私の愚痴ばっかで申し訳ない。
「性的な奉仕しか、なんて悩みは気にする必要ないと思うわ。殿方を性的に癒すのはとても困難な仕事よ。アリスは素晴らしい才能を秘めているのだからもっと誇るべきだわ」
うーん、そうなのかな。イマイチ実感が湧かない。
モニョモニョした私の態度にリリファさんはハァと溜め息。
「じつはアリスに今まで黙っていたことがあるの」
黙ってたコトって?
「ああ見えてランキス様は一度も、私を手籠めにしようとしないの。アリスを立派な奴隷に仕立てようとしてる私は未だに処女なの。不思議でしょう」
……どう反応していいのやら。
「実はね。ラズウェル様は、アリスが来る以前は常にピリピリしておられたの」
あの優しいお兄様が意外、じゃないんだろうな。こないだの誘拐事件の時だって、私を害する人に対しては冷酷に対処していたから。
「必要最低限の会話すら出来なくて、私にとって苦手な人だったわ、それがとても表情豊かになられて。アリスがラズウェル様を救ったといっても過言ではないのよ」
だから夜のベッドの上の訓練もしっかりと。なんてリリファさんは一言を挟んでたら。
【感覚スキルがLVUPしました!】
通知が来る前に気付けた。感覚スキルはまだまだ頭打ちの兆しが見えてこない。
そんなことよりテントの向こうになにか危険な獣が迫っているイメージ。
リリファさんと一緒に、布一枚の向こうに意識を巡らせる。
巨大なイノシシ。
えっ待って。もう一回集中。
体長10mくらいありそうな巨大イノシシがテントを破壊せんと息巻いてる。
乾いた笑いを浮かべたくなる、そんな悪夢みたいな光景。
「おい」
あっランキスさんの声。ちょっと眠たげな様子、だってもう日は沈んでるし。
「食いモン探してるなら余所に行きな」
いや言葉は通用しないでしょ、でもちょっと反応した。
テントから顔をこっそり覗かせる。いやダメだ完全に捕食対象にしてるし。
するとランキスさん、おもむろに左手をイノシシの心臓辺りに翳して。
「余所に行きな」
ランキスさんの左手は途中から欠けてて、その先にはイノシシの心臓、だから攻撃手段はある程度の予想は出来る。
どうやら解決したよう。巨大イノシシは 身体を180度回転させようも焦ってしまい、全速力を出そうにも腰が抜けて、前足を必死にバタつかせて、這う這うの体で逃げていった。




