42話 ああ、そろそろ出発する雰囲気かな
アルカイト王国204年 春暦22日。
『今日はお兄様の依頼に同行する。
役立てるよう、足を引っ張らないように努力しないと』
ふう。たった数行だけでも緊張しちゃう。
お兄様が買ってくれたこの日記帳、日本だと文房具屋で簡単に手に入るけど。
この異世界ではとても貴重な白くて清潔な紙を、100ページくらい惜しげもなく使用している。
豪華な表紙とカバーを、そっと傷付かないよう宝箱に仕舞う。
ちょっと前にお兄様がプレゼントしてくれたから、毎朝、短いながらも日記を書くように習慣づけている。
字がグニャグニャで読みにくいのが難点かな、なにせ手が獣になっちゃったから。元から字は綺麗な方じゃなかったけど。
今日の内容はまたここに戻ってくる決意というか。でもちゃんと覚悟できてるのか自分でもあやふやだ。
というのも朝一番でまた、人並み以下のミスをしでかしてしまったから。
夜明けからしばらくしたくらいの時刻に、ランキスさんの屋敷前にて準備してたら蝶々に蜜やりをしてたリリファさんが居て。
まだパジャマ姿で随分とのんびりしてるなあって感想が浮かんだ。
つまり出発時刻をおもいっきり勘違いしてしまっていたんだけど。
リリファさんに昼食後の流れを説明してもらって、平静を装いつつも内心は汗だくだった。
なんでもない風に誤魔化して屋敷に戻って、それが今なんだけど。
昼出発だってランキスさんもお兄様も言ってたのに、私の脳内でどうしてか誤って完結してしまってた。
日本にいた頃、人間だった頃からあんまり要領の悪かったって自覚はしてたけど。この部分だけでも改善していけたらなあ。
「アリス、着心地はどうだい? 苦しかったらそう言ってくれ」
私の装備をお兄様が調整してくれてる。軽鎧は貴重な素材をふんだんに使用した、軽くて丈夫なモノ。帽子は獣耳まで護られる形状の特注品を用意してくれた。
どっちもすごく値段が張るらしい。これ一式で家が一件建つとか。お兄様が買い与えてくれるモノってどうして指数が家なんだろう。
ナルシュ君の洋服屋さんの、強面店主さんの御贔屓で製作してくれたらしいんだけど。
宝石のような守護石なんかもちりばめられてて、見た目にもすっごく豪華で。
こんな貴族令嬢っぽい格好してていいのかって逆に心配になってくる。当然だけどもちろん性能は最高クラス
一方のリリファさんは、なんでだろう地味な革鎧を着てる。
……私のと交換したほうがいいんじゃなかろうか?
そよ風に金髪ロングをなびかせて、物憂げな雰囲気で遠くを見つめてるリリファさんの姿は、美しくて凛々しくて、まるで王子様ってかんじ。
体型がスレンダーなのと、格好と整った顔立ちが重なって、なんだろ凄い美少女でイケメンで、えーと。
うーんと、まあ。それは置いといて。
あの、ちょっといいですか。
1日や2日ほどて戻ってくる予定と言ってたけど。
こないだの傭兵崩れみたいなのの恨みを買ってる可能性だって否定できない。
泥棒とか心配だ。虫に留守番をさせるってリリファさんが言ってたけど。
「成程。つまりアリスは抑止力が必要だと考えてるのね」
リリファさんは簡潔に纏めるのがとても上手だなあ。
「それならば心配ないわ。ねぇサブリーダー」
サブリーダー? ランキスさんの隣に白髪混じりの初老の男性が座っている。あれいつの間に?
幾つかな、立ち振舞いとか若々しい雰囲気だ。鑑定すれば年齢とか分かるんだっけ。でもマナー違反だよね。
「チームランキスの副団長を任されているウェルザーと申します。今後も宜しくお願いしますね、お嬢さん」
「ウェルザー様、オランタ姐さんは一緒ではないのですか」
「オランタなら街に到着するなり、私好みのイケメン第1号大発見と叫んでそれきりですよ。多分まあ夕方頃には帰ってくるのではないでしょうか」
もう一人いるんだ。多分だけど中々に強烈な性格してそうな女性なんだろう。
「ウェルザー様とオランタ姐さんが留守番をしてくれるなら安心ね」
おそらくウェルザーさんも、オランタさんという女性も、お兄様やランキスさんに負けず劣らずの実力者なのだろう。あのリリファさんが全幅の信頼を寄せてるみたいだし。
「よーし全員集合したな。悪いなウェルザー、急がせちまって」
「団長の願いなら何処へでも馳せ参じます。それにミステクタでやるべきことは済ませましたから」
「ありがとよ」
ああ、そろそろ出発する雰囲気かな。準備は昨日の晩に済ませてるから大丈夫だけど、でもちょっと懸念材料もちらほら。
だって夕方迄にはドラゴンの根城近くにて待機って言ってたけど。
其処はずっと離れた所にある山脈を抜けた、そのまた先にある大森林の奥地らしい。地図ちゃんと確認してて良かった。
どうやって夕方に辿り着くつもりなんだろう。
「掴まってな奴隷」
えっ。
ランキスさんに脇下から腕を回されて、ギュッと密着して。お兄様とリリファさんも肩に掴まって。
どうするんだろうって逡巡してたら、ランキスさんは左手を勢いよく伸ばして。
って、
ええええええええ!!!!!




