32話 目を背けちゃいけない
あくびが出そうになる。そんな絶妙なタイミングでラズが突入してきやがった。
最悪なパターンだし。さてどうやって誤魔化すべきやら。
「ランキス、アリスは此処か」
「リリファに先行して探させてるよ。俺は此処でずっと見張ってたんだ。おいおい恐い顔すんなって、入れ違いになったら面倒だろ」
そういや蟲のストックが足りないと焦ってたな。
まあそこは語らなくてもいいか。要らん発言をしてラズの機嫌を損ねたくないし。
てか決してサボってた訳じゃないぞ。眠いのを我慢して、あくびを噛み殺して、必死に起きてたんだから。
「あの奴隷が大事なんだったら、次から紐にでも繋いどけ」
「アリスを紐にっ、鎖に繋がれたアリスっ」
……クソ迷惑なんだよ、あの奴隷。バラして毒蟲の苗床にしてやろうか。
そんな風に挑発しようかなと思ってたけど。ラズが惚けて興奮してるの見てたら心底どうでもよくなった。
初めて出会ったときからずっと、感情のないゴーレムみたいな野郎だと思ってたんだか。今のこいつはどうだ?
キツい傭兵仕事にも弱音1つ溢さずに、ラズは黙々と働いてきた。
無欲なコイツがここまで執着するとはな。あの奴隷には、それだけ思い入れがあるんだろう。
リリファも珍しく気に入ってるようだし。あの奴隷はきっと、美貌以上の魅力を持ってるんだろうな。
待ってるから全力で捜してこい。なんて声を掛ける間もなくラズは、靴が血塗れ蟲の体液塗れになるのも構わず、死体を踏み抜き走っていく。
狂ってるなあ。まあ他人のことは言えないけどよ。
ラズを傭兵の道に引きずり込んだのは俺の責任だ。
記憶喪失で身寄りのない、右も左も解らない、だが身体能力が異常に優れているラズがどうしても欲しかった。
他に選択肢は無いかのように言いくるめて、半ば騙すように俺の手伝いをさせた。
ラズを利用してこなかったら、俺はいまだ底辺のまま、燻った日々を過ごしていたことだろう。あるいはその辺に転がってる死体達の仲間入りだったかもしれない。
ラズは被害者だ。ラズが踏み抜いていった死体の群れを成したのは、他ならぬ俺なのだから。
傭兵家業を続けるうちに血塗れはいつの間にか、俺達にとって慣れた光景になってしまった。
いずれあの奴隷にとっても、血塗れが日常になるのだろう。
それまではリリファと仲睦まじく過ごしてもらいたいな、そうすりゃ寝坊で怒られずに済むかもしれんし。
ラズ、お前と組めたのは、俺にとって最高の幸運だ。お前が敵じゃなくて本当に良かった。
これからもよろしくな。最高にトチ狂った都合のいい俺の相棒よ。
***
自分の命は自分で護らないといけないのに。
ずっと勘違いしたままだった。お兄様がいないと私は死んでたのに、ちっとも自覚がないまま。お兄様とまた出会えたそこで思考が麻痺してた。
この世界は日本と違う。
この世界に確かな物なんか1つもない。
信じた物、大切な物ずっと大事に持っておきたい物。それらは簡単に失ってしまう。
ここは日本じゃない。奴隷商人、傭兵が平然と街中を闊歩する世界だ。
私が日本にいた頃に社会からドロップアウトさせられたように。
いやそれ以上、匙加減でたった1つの命さえ呆気なく奪われる、この地獄のような厳しい世界でお兄様は生きてきた。
なんてことない、私が甘かったんだ。
力もない常識もない何も知らない私は、お兄様は必死に生き抜いてきた努力を否定する発言をしてしまったんだ。
身体に引っ張られて思考まで幼くなっていたのだろうか。
イヤ違うな、変わって無いのは私の方。
お兄様と離れ離れになって以降、私は全く成長していなかった。
ずっと迷惑を掛けてたんだ。その自覚すらないまま。
謝らなきゃいけないな、お兄様に。会いたい、会いたいお兄様
頭はお兄様のシルエットでいっぱい。幼少の記憶と混ざり合う。嫌だ、またお兄様が思い出になってしまう。そんなのはもう嫌だ。
お兄様を渇望するあまり注意散漫にまたなってた。
曲がり角に4人、気配察知スキルが働いてた。けど肝心の、頭と身体の反応が遅れた。
また私は油断しちゃってる。ナイフを鞘から取り出すのが一瞬遅れた。
誘拐犯達は私の姿を見るや否や襲い掛かって来る。統制のとれた動きじゃない、ただがむしゃらに突っ込んでくるだけ。
咄嗟にナイフを振る。1人は倒したけど残りは3人、いや増援が来た。
「牢屋に急げ! ガキを人質にすりゃ奴も大人しくなるはずだ」
私を人質に? 考える間もなく誘拐犯達は襲い掛かってきた。
誘拐犯達の足元、隙間に滑り込んで各々のアキレス腱を斬っていった。
だけど何人かは仕留め損なってしまい私に襲い掛かってくる。
一瞬、誘拐犯達が硬直。真っ二つに割れた。
噴き出す血で赤黒く染まる廊下の中心に。
あっ
血塗れのお兄様が立ってた。
お兄様。
ああお兄様。
お兄様にまた会えた。それだけで全てが真っ白になる。
お兄様は地面に倒れそうになる私を抱きしめてくれる。
お兄様の肩はすごく震えてて、目には涙も浮かんでる。私はなんて馬鹿な真似をしでかしたのたろう。
お兄様が変わっちゃったんじゃない。
ずっと暗い部屋に閉じ籠っていた私が、お兄様が消えたあの日から止まっていただけなんだ。
「さあ、帰ろうアリス」
抱っこしてくれた、お兄様の胸に収まって温かくなる。
お風呂の時に感じたドキドキじゃなくて、安心できるずっと望んでた幸せな温かさ。
ごめんなさいお兄様。もうずっと離れないよ。だって私たちは唯一無二の兄妹なのだから。
「見つかったか。良かった良かった」
出口でリリファさんとランキスさんが、足元と手元を鮮血に染めて待っててくれた。
「さっさと帰ろうぜ。血生臭いし居心地悪いし」
2人ともあくびをしながら、ランキスさんは臭いが堪らないみたいな感じに鼻を摘まんでる。
辺り一面が血まみれで、壊れた鎧とか武器とかが散乱してて、あと私を誘拐した人も含まれて、死体となって転がってる。
この光景から目を背けちゃいけない。
私を助ける為に、みんな私のために必死になってくれたのだから。もう子供みたいな我儘は封印しないといけない。
いつまでも子供のままじゃいられない。お兄様の世話になるだけじゃダメなんだ。
「あんま考えすぎるなよ」
はっと我に帰った。ランキスさんが私の頭を撫でてくれてる。
「これからは、あんま無茶すんなよ。困ったら大人に頼っていいんだぜ。子供は大人に甘える権利あるんだからな。……もう日は暮れてる。子供は家に帰って晩飯を食う時間だ。という訳でラズ、ついでに俺にも晩飯奢ってくれ」
「なぜお前の分まで用意するんだ。俺はアリスと一緒にいたいんだ」
「いいじゃねえか、俺もちょっと前まで未成年だったんだぜ」
「未成年?」
「なんでリリファまで不思議そうな顔してんだよ!」
こんな血まみれのシチュエーションなのにとっても和やかな会話してる。
3人で過ごした時間はきっととっても長いのだろう。
私もこの輪に入っていきたい。ちゃんと入る努力をしないとな。
「どしたラズの奴隷、ほら帰るぜ」
私も入っていっていいんだよね。3足す1で、4になってもいいんだよね。
握ったお兄様の皮手袋はとっても暖かかった。




