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31話 化物め

 なにやってんだ私のバカ。

 

 穴の底で地団駄踏んでても解決しない。

 ぶつけた個所がちっちゃな痣になってた。痛みはないけど一応回復魔法を使う。使ってから後悔した、消耗を減らさないといけないのに。

 

 つい数分前のこと。誘拐犯が3人と出くわしたとき、私は警戒してなかった。

 さっきまで不意討ちとはいえ連続で撃破してきた。それが慢心に繋がった。

 

 なまじ相手のパラメータが見えてるせいで、この3人も大したことない連中だと思い込んでしまってた。

 ちようど丁字に別れた通路で、どっちに曲がろうか考えてたら不意に地面が消えた。

 

 踏みようとした左足が宙を泳ぐ。深さ2メートル程の落とし穴と気付いた瞬間には、もう穴底へと転がり落ちてしまってた。

 連中の本拠地だというのに油断してた。

 

 こんなトラップに引っ掛かるなんて10秒前の自分に警告してやりたい。

 どうしよう。2メートルほどの狭い空間しかなくて身動き取れない。

 

 こんな状況で岩でも投げ落とされたら致命傷だし、そうでなくても網縄を投げ込まれたら避けようがない。

 浮かぶ最悪のイメージを、切り抜ける方法が思い浮かばない。なんとかしなきゃ、って焦るばかりで身体は思考停止してしまう。

 

 無精髭の男が覗いてる。さっきまではザコ敵くらいのイメージしかなかったのに、今じゃとても恐ろしい存在にしか見えない。

 遠くから足音が聞こえる。4,5人ほど集まっているだろう。これではますます抜け出すこともままならない。

 

 一か八か、穴の側壁を蹴った。

 三角跳びの要領で抜け出せるかなと咄嗟にやってみた。できるかどうか不安だったけど思いの外スムーズにいけた。しかも意表を突けたみたいで誘拐犯達は硬直してる。

 

【跳躍スキルを修得しました!】

【逃走スキルを修得しました!】

【体幹スキルを修得しました!】


 インフォを聞き流しながら、なるべく誰もいなさそうな通路に逃げる。

 幸いにも無傷ですり抜けられた。だけどこれからどうする?

 

 このまま進んで良いものか逡巡する。

 いや悩んでどうする。私には経験が足りないのに、たった今それを痛感したばかりじゃないか。

 

 酸欠で苦しい。もうスタミナ切れかな。

 ここで立ち止まったら絶対に助からない。

 

 調子にのるなんて私はバカだ。

 しっかりしろ私。私は弱いんだ。

 どんどん成長してるってことは、つまりまだまだ未熟者だってことなんだから。

 

 

 

 ***




「どうするの?」


 アリスの相談に乗っていたときと全く同じトーンで、リリファは呟く。

 

「全部ばらすのダルいし、とりあえず内蔵だけ抜き取っとけ」


 コクリと頷いた少女は、数秒前に死体と化した男に向け躊躇なく手をかざす。鎧がみるみる溶けていった。皮膚が溶け、内側が露出していく。


「俺はどうなっても構わない。なあランキス俺とお前の仲だろう? せめてコイツラだけは生かしてやってくれ!」

「その気概、嫌いじゃないけど全員死ね」


 ランキスは槍を振る。死体男の首を刎ねたと同時にムライトの部下達が絶叫する。

 そんな中ムライトは生き残る方法を必死で考えていた。

 

 ランキスの異常な強さは昔から知っていた。

 何せムライトはこの街にしばらく彼が滞在すると知って、わざわざ情報屋を雇いあらゆる手を駆使し、ランキスを部下に引き入れようとしているのだから。

 だがこの威圧感はなんだ。鑑定石が無くてもわかる、4年前とはまるで別人だ。

 

 それでも逃げるくらいなら絶対不可能ではないと考えた。ムライトは懐から小さな瓶をとり飲み干す。

 それはいざというときのために用意しておいた強力な解毒剤だ。副作用で強烈な吐き気を催したが、なんとか飲み込み立ち上がる。

 仲間を救おうという意志はない。油断を誘う。部下全員を犠牲にしてでも、なんとかして自分だけは生き延びよう。

 

「(俺は生き延びるんだ)」


 ひたすら楽して金と名誉を手に入れる。俺の考えに協賛する奴はこいつら以外にも沢山いる。

 狙うのはエルフの少女だ。インパクトこそ絶大だったが、よく考えりゃ毒さえ無ければ只の小娘でしかないだろうと彼は踏んだ。

 

 幅広のロングソードを鞘から抜いた。ミステクタ奴隷を売りまくって得た金で購入した業物だ。

 痛い出費だったが早速役に立ってくれた。己の先を見通す才能に酔いそうになりながらムライトはロングソードを横薙ぎする。

 

 直後、剣が砕けた。

 エルフの少女の、肘から先を斬り落とすつもりだった。

 

 だが華奢なエルフの肌には傷1つない。訳が解らないままムライトはバランスを崩し倒れた。

 立ち上がろうとしたが身体が動かない。さらに強力な猛毒が彼の全身を蝕んでいた。

 

 既に彼の体内で孵化したミミズが這いずり回っていた。骨を咀嚼され噛み砕かれ、指先から食い破って露出してくる。

 

「そこそこ知恵が回ると聞いてたけど、格上狩りを知らないんじゃ知れてるな」


 致命的なミスを犯していたことにムライトは今更気付いた。

 本能に従うべきだった。毒云々以前にそもそも次元が違うのだから。

 決して敵に回してはいけない最凶最悪の傭兵集団、開けてはならないパンドラボックス。

 

「化物め」

「その言葉、ここ数年で聞き飽きたよ」


 だろうな。

 エルフ少女の貫き手が身体に吸い込まれていくのを眺めながら、ムライトは心の中で呟いた。

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