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26話 この若造は人として壊れておる。

 ……ここは何処だ?

 

 目を開けると荒れ果てた部屋に儂はいた、いや部屋のような空間というべきか。天井も床も壁も殆ど崩れて原形をとどめていない。

 儂は夢でも見ているのか?

 

「アリスは何処だ」


 背後から男の声が聞こえた。振り向き驚愕する。

 

「貴様は」


 今日の昼過ぎに会ったばかりの、失礼な若造が仁王立ちしていた。

 なぜ若造が、まさか奴に連れて来られたのか。いや調度品の配置に見覚えがある。

 あの割れた壺は、そして破れた肖像画は。まさかここは儂の執務室なのか。嫌な予感がした。背中に汗が大量に流れていく。

 

「セラスは何処だ」


 若造は答えない、無言で見下ろしたままだ。警戒よりも苛立ちがつのる。

 儂は伯爵という仕事柄、貴族から奴隷までさまざまな人物と出会ってきた。だがこんな男は初めて見る。その瞳はさながらアンデッドやゴーレムのように無機質だ。

 

「セラスは何処だと、ゴハッ!」


 最後まで言えなかった。衝撃、若造の拳が儂の顔にめり込んだ。歯が根こそぎ砕かれ、口から大量の血が流れた。

 

「俺の質問にだけ答えろ。アリスは何処だ」


 味わったことのない地獄のような痛みを必死で我慢しつつ無言で若造を睨み。

 直後、肩を足で踏まれた。周辺の骨が砕かれていく。生まれて初めて味わう激痛に声も出ない。

 

 視界の隅には切り刻まれた肉の塊が床に転がっている。

 幾重にも連なっているそれらは、幾らか人の形を留めていた。ドレス執事服の切れ端から瞬時に理解する。

 

「き、さま、何をした」

「それは俺の台詞だ、アリスを何処へ連れ去った」


 身体が動かそうとしたら足が膝と踝を踏み抜かれた。

 

「さっさと言え」

「ぐっ、あの獣人の小娘は儂が誘拐した」

「アリスは何処にいる」

「子飼いの部下共に誘拐させた、アスタルトを愚弄した貴様に制裁するためにぃアアァァァ!!!」


 右手首を踏み潰された。顔を殴られた。腹を蹴られた。手足を切り落とされた。

 

「俺の質問にのみ答えろ、アリスは何処だ」


 拷問が始まってどれだけの時間が経っただろう。

 最早全身まともな形をしてる部位などない。所々皮膚から骨が飛び出している。

 痛みを我慢できず洗いざらい話した。何処に囚われているかなど、ムライトの名前も出してしまった。

 

「よ、傭兵ごと、きが……。 っ貴様、アア私を、敵に、回したこと、か、必ず後悔するぞ。この街で、生きていけると、考えるな。街だけではない、アスタルト全てが、お前達に牙を剥くぞ。たとえ、獣人娘を助け出そうが、関係ない、今宵が、貴様の命日だ!」

「……なら皆殺しだ」


 若造に憎悪をぶつけることしか出来ない。

 憎悪は届かなかった。若造は遠くを見ながら静かに言い放った。

 

「アリスに害なす者など要らない。そんな世界総て滅んでしまえばいい」

「……貴様、正気か」

「俺はアリスの為だけに存在している」


 恐ろしい男だ。

 狂っておる。思い返せば初対面のときから危うい部分を感じていた。この若造は人として壊れておる。

 

 愚王など可愛いものだ。壊れた願望と、そしてそれを成し遂げる力を持つこの若造は獣人娘のためならアスタルト、ミステクタなどの括りも関係なく、世界をなんの躊躇いなく破壊し尽くすのだろう。

 決して開けてはならない禁断の箱。

 

 もっと恐れるべきだった。なぜ儂は若造を従えられると考えてしまったのだろう。神話の怪物に遭遇したかのような到底受け止められない絶望がいた。

 危機的な状況を救おうと、アスタルトの為を思っての行動だったのだが、そのせいでアスタルトが明日にも滅亡しかねない。

 

「もう用はない。死ね」


 剣を振りかぶる。儂の首を切り落とすのだろう。

 痛みから解放されることよりも儂が死んでからのアスタルトがどうなるかが心配で仕方がない。

 

「(何もかも失った。儂にはもう生きる理由はない。生きることすら許されない罪を犯した)」


 若造に斬り裂かれながら、せめて儂を殺すことで少しでも若造の怒りが和らいでくれればと願った。

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