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25話 不細工女を妻に迎えようなどと

「ウニの子供ってどんな姿してるんだろ」


 父さんの書斎にこっそり忍び込んで本を読んでる、私の隣に座ってるお兄様はふと呟いた。

 

「だってウニはトゲが生えてるでしょ。お母さんのお腹から出る時痛そうじゃん」


 確かにそうだなとか、考える間もなく私とお兄様は近所の子供図書館へ出掛けた。

 思い立ったらすぐ行動、それがお兄様の特徴だ。

 

 もうすぐ晩御飯なのにいいのかな。まあ付き合っちゃう私もお兄様大好きすぎるんだろな。

 2階の大人向け学術コーナーへと向かって、本棚の高い段にある海洋図鑑をよじ登って取り出した。

 

 ネットがあれば1発で解かるけど、8歳の子供だった当時はそんな発想無かった。

 ウニは子供の頃には実はトゲが無くって、そもそもウニは哺乳類と違って卵生なので関係無いそう。

 

 卵から生まれた時はミジンコみたいで成長と共にトゲが生えてくるらしい。

 他にも色々図鑑に書いてあったけどあまり覚えてない。私はお兄様と一緒にいられるだけで満足だった。

 

「へーこうなってんだ。また賢くなった!」


 私を膝に乗せて喜んでいるお兄様は、気になったコトは何でもすぐ調べないと気が済まない。

 知り得た知識をお兄様は自慢げに話す、それを隣で聞くのが至上の幸せだ。

 

 だって大好きな兄様を独占できるのだから

 でも日が暮れそう。早く帰らないとママが怒る。お兄様は許すけど私は晩御飯抜きにさせられるかも。

 

 まあしょうがない、だってお兄様は私と違って優秀だったから。

 学力優秀で、スポーツ万能背も高くて、スタイル抜群で、顔だって凄くイケメンで。

 

 少女マンガから飛び出してきたような最高に理想の男性。それがお兄様なのだから。

 もしかしたら中学には既にお似合いの彼女がいたのかも。

 

 でもこうやって一緒にいるときは独占できる。彼女がいたとしても私が知らなければいないのと同じだから。

 そうか、私にとっては自慢のお兄様というより私だけのお兄様だったんだな。

 

 見せびらかしたら欲しがる誰かに取られてしまう。ならば自分だけの世界に閉じこもってしまおう。

 そんな風に依存していたのかもしれない。お兄様が失踪する1週間前の、些細な日常の1コマだった。

 

 警戒しつつ私は、昔のことをなんとなく思い出した。

 ウニについて調べてるお兄様は、とっても目が輝いてた。

 

 子供って無邪気なんだよね。今思えばウニごときで図書館に走るなど、成長したお兄様ならそんなことはしないだろうな。

 頭が良くてテストはいつも百点満点。そんなお兄様が私はずっと大好きだった。

 

 懐かしくて温かな気持ちになれるこの感情を、日本にいた頃は久しく忘れてた。

 再会したお兄様は、雰囲気がなんか昔と変わっていた。

 

 この世界で苦労したんだろう。私には想像すら出来ない。

 きっと大人になるってそういうこと。あまり深く考えてもしょうがない。

 

 大体それ言い出したら獣人に転生した私はどうなのって議論になるし。

 そういう瑣末なコトは終わってから考えよう。今は目前の事態に集中しないと!

 

 向こうの通路から誰かが走ってくる。服装からしておそらく私を誘拐してきた一味に違いない。人相も悪いし。

 右往左往してて、かなり焦ってる雰囲気だ。ちっとも私に気付いてない。

 

 そういえば牢屋の見張りはいなかった。

 とてもずさんな警備体制だなあ。人手が足りてないのだろうか。

 

 他に仕事があって皆出払ってるとか? もしくは酒盛りしてるとか?

 てことはあの誘拐犯が急いでるのは酒が無くなるからかな。

 だとしたら今がチャンスかも。

 

 丁度いい位置で背中を丸めてゼエゼエと息をしてる。かなり疲れている様子だ。

 背後にそっと忍び寄る、どうやら全く気付いてない。猫型獣人だから足音も少ないんだろう。

 

 さっき手に入れた隠密スキルは、適性があるのかすぐにLV2にあがった。

 牢屋の鍵を適当にやってたら開錠スキルが手に入ったし、どうやら私は盗賊系スキルが成長しやすいよう。

 

 この世界に来てから、魔法以外そういう系しか使ってないけど。

 まあそれはともかく。真後ろから誘拐犯の首筋に手刀を叩きこんだら、声も出さずに倒れちゃった。

 

【強襲スキルを習得しました!】

【MP自動回復スキルを習得しました!】


 気絶している。これが初勝利ってなんか呆気ないな。

 いや気を引き締めないと。油断したせいで私はこんな所に誘拐されたのだから。

 

 

 

 ***

 

 

 

「貴方、働きすぎよ」


 妻のマリスが儂を心配そうに見つめる。

 何故にこのような不細工女を妻に迎えようなどと当時は誓ったのか。

 

 昔は細くてそれなりに美しかった。しかし年齢を重ねるごとに肉が垂れ下がって、それはそれは醜悪なシロモノに成り下がってしまった。

 もっとも儂とて他人をとやかく言える体型ではなくなってしまったがの。

 

「私ももうすぐ寝る、先に寝室に行きなさい」


 豚妻を下がらせる。出ていったのを確認してから深く溜め息を吐いた。

 ミステクタの、文字通り全てを奴隷階級へと堕とす。大臣の多くは史上最大の愚策と猛反対していた、もちろん儂も反対した。だがそれは王によって強行された。

 

 施策のお陰で財政難は免れたが、そのせいでアスタルトの治安はひどく悪化した。

 首都に近いこの街でも今、ごろつきが溢れ返り強盗や強姦や殺人などの事件が多発している。そして日を追うごとに酷くなっていく。

 

 このままでは不味い何とかしないと。だが何とかするには金が必要だ。金など戦争で使いきってしまった。

 全てはあの若造のせいだ。隣にいた怠け者のリーダーはまだ許そう。だが若造のほうは絶対に許さん。

 

 だいたい王宮での立ち振る舞いはなんだ。常識というものを欠片も持ち合わせていないのか。礼儀知らずにも程があるだろう。

 御前試合では他国の重鎮も招かれていたというのに! あんな失態をしてしまっては他国からの支援も期待できまい。

 

 アスタルト全体のメンツまで潰しおって、絶対に許さん。

 しかし若造は強い。どんな手を使ったか知らんが、ミステクタを僅か3日で壊滅させてしまったのは紛れもない事実だ。

 

 くやしいが躊躇せざるを得ない。

 だが面白い情報が入った。若造が買った獣人奴隷、本来は儂が購入するはずだったがまあいい。

 

 セラスに調べさせたところ、どうやら血を分けた妹のようらしい。

 種族が違うから、おそらく腹違いなのだろうが。

 洋服屋の子供用ドレスを買い占めるなど、どうやら相当に溺愛しておるようだ。その子供を人質にしてしまえば、若造も従わざるを得ないだろう。

 

 儂は本来このような卑劣な真似などする人物ではない。良心が痛む。だがここまでさせるだけの所業をあの若造は、しでかしたのだ。

 支払った報酬は全て没収だ。

 若造が持ってよい金ではない。それらはアスタルトの復興のために使われるべき資金だ。

 

 その金でどれだけのアスタルト国民が救われるかあの若造は理解していない。

 最低でも10年はアスタルトの為に奉公させる。国家を敵に回すという行為がいかに愚かしい真似か、世間知らずの若造にしっかり叩き込んでやる。

 

 それにしても猫型獣人。あれほどの美しさ。スタイル、顔の造形、毛並みの全てが美しい。

 素晴らしい一品だ。是非とも手に入れ、儂のモノにしたい。まだまだ子供なのが残念だが、あと5年もすれば立派な女になることだろう。

 

 長い歴史を誇る、由緒正しい大貴族である儂が一目を忍んで娼館通いをしているなど、あらぬ噂を立てられかねんからな。

 奴隷商ではしゃしゃり出た若造に遅れを取ったが、もう少ししたら儂のモノになる。

 

 ふと鏡を覗く。性欲をたぎらせ気持ち悪く笑みを浮かべる太った老人がそこに映っていた。

 いかんいかん儂は清廉潔白な貴族なのだ。

 儂はアスタルトの為に我慢を重ねてきた。なるべく贅沢を避け、節制を心掛け、見栄だけのために不必要な高級品をエントランスに飾る、田舎領主の嘲りの視線を無視し続けた。

 

 奴らは無能なのだ、だからいつまでも田舎領主のままなのだ。

 アスタルトが今日の発展を遂げたのは、ただただアスタルトの発展と栄光を追求し、これまで国に尽くしてきた儂の尽力があったからに他ならない。

 

 儂は素晴らしいのだ。だったら性奴隷の一匹や二匹を飼ってもバチなど当たるまい。

 儂ほどの大物貴族ならば、跡継ぎ対策として本妻の他に、側女の1人や2人を囲っているのが普通だ。

 

 幸か不幸か、儂はとても子宝に恵まれた。妻との間に4人の息子と2人の娘を授かり、それぞれ立派に成長させた。

 それゆえに新たな妻を娶る機会が無かったのだが、まあいい。

 

 第2の妻が欲しいのではない。求めるのは都合のいい女だ。

 やや表現が悪いが、もし孕ませてしまっても面倒事にならぬ、ヤり棄てられる手頃な女が望ましい。

 

 都合がいいことに猫型獣人はミステクタ出身らしい。ならば多少雑に扱っても体裁は悪くならないだろう。

 面倒臭くなってしまえば、遠くへ売り払ってしまえばいい。あれだけの逸材なのだから、きっと高値が付くだろう。

 

 先程ちょうど、猫型獣人の誘拐が成功したという一報が入ってきた。

 見るからに間抜けな2匹だったが、まあ完遂してくれたのだから文句は言うまい。

 

 直接ムライトの元へ赴き、膝を交えたほうが良かったのだろうがな。

 近いうちにムライトを直接招待して、自称NO.2の無礼を謝らせるとしよう。なに次からは別のNO.2を派遣させればよいだけのことだ。

 

 これを機にムライトの奴も儂の傘下に入れてしまおうか。さぞ喜ぶだろう。儂にとっても都合が良い。奴の実家もカニエ家ほどではないが名門貴族だからな。

 将来のリーダー候補とされていたそうだが上司に嫌われ人望を失い、王国騎士団を退職させられたと聞いている。

 

 なんとも不運な話だが実力は確かなようだ。

 なにせ十人足らずのどこにでもいる物乞い集団を、わずか数年でアスタルト屈指の強豪傭兵団へと変貌させたのだから。そんな真似など儂には到底出来ん。

 一度会ったが、理知的で計算高そうな男という印象だった。奴なら間違いないだろう。

 

「旦那様」「入れ」


 執事のセラスが夜食を盆に載せていた。雇い始めてから12年経ったが、こやつには随分と世話になっている。

 執事服のとぼけた老人に見えるが彼は元騎士団所属の工作員だ。数々の裏仕事をこなしたかなりの実力持ちである。

 

 2匹では何かと不安だったので、後処理は彼の部下にやらせた。若造ごときに尻尾は掴めまい。

 獣人の捕獲に成功したときは思わず頬が緩んだ。

 

 当初は難しいと考え失敗したときの対応について検討していたが計画通りに事が進んでいる。

 今代の王は酷く愚かだ。無能なだけなら構わない。補佐役を付ければ問題無かった。

 

 不幸なことに彼は無能なのに、己を有能だと思い込んでしまっている。

 王は同盟国へ戦争を仕掛け、勝利の為にあの傭兵団を雇った。王は悪意なく、本気で国民の為を考えて行動している。恐ろしい。

 

 無能で頑固な働き者は出世してはいけない。

 ムライトがやけに熱弁していたのを思い出す。同感だが、それが国王だとどうしようもない。

 

 まあいい寝るか。欠伸をすると、どっと睡魔が押し寄せた。いつも以上に疲れていたか。まあ今日は用事が立て込んでいたからな。

 目の疲れを取るため数秒ほど目を閉じる。

 

 ……。

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