24話 依存していては駄目
早く起きないとって、頭の中で早鐘が鳴ってる。
そうだ私は誘拐されたんだった。
ここは、牢獄かな。
目を開けると狭い空間と鉄格子があった。ついでに荒縄で縛られてた。
ナルシュ君は大丈夫だろうか。
もっと抵抗できたし逃げられたはず。後悔ばかりが降り注いでくる。
昼間の買い物のとき、私達に絡んできた人達になんとなく似ていた感じがする。
仕返しなのかな。でもどうして私に矛先を向けたのだろう、なんて理由は解かりきっているけど。
それにしても寒いし、暗いし、狭い。そんな空間に慣れてる自分が居る。ああそうか。
最初にこの異世界に来たときの、奴隷商を彷彿とさせる空間だからだ。きっとボロボロ獣人の私にはお似合いなんだろうな。
本来のあるべき場所に戻って来た。イヤだな、そんな表現。
帰ろう。ううん私は帰りたい。あの頃と違って対処の仕方はちょっと知ってる。
『マジカルエンチャント・ファイア!』
魔力を付与する、普通は武器とか防具なんかに掛ける魔法らしいんだけど。
自身に掛けることで魔法防御そのものを上昇させられる。リリファさんに教えてもらってて良かった。
これで準備は完了だ。
『ファイア!』
これは自分に向けて。身体ごと縛っている縄を焼いてしまうのだ。
少し熱かったけど魔力付与と炎熱耐性のおかげで、軽く毛先が焦げる程度で済んだ。
【炎熱魔法スキルがLVUPしました!】
【炎熱耐性スキルがLVUPしました!】
【HP自動回復スキルを習得しました!】
なんかスキルが色々と成長したよう。
これを繰り返せば、私も強くなれるのかな。
それよりも。ステータスの確認は後回しにして、今はとにかく脱出するのを最優先で考えないと。
自分の力で脱出しないと。お兄様をアテにしてはいけない。
お兄様は強いんだと思う。傭兵として街1番の評価があるみたいだし。
でも駄目。だって有名だからこそ嫉妬を買いやすいから。
お兄様は強いから、うかつには反撃できない。だったら怒りの矛先を何処に向ければいい。
そんなの誰でも思いつく。お兄様の傍にくっついている、ひ弱な私がいるじゃないか。
依存していては駄目だ。
お兄様が居なければ何も出来ない。迷惑を掛けるだけの存在になんか成りたくない。
辺りを確かめる。見張りとかはいないようだ。
耳を澄ます。近くに人はいない。どうやら誘拐犯は、私を警戒していないよう。まあ獣人とはいえ、見た目は小さな子供で強そうには見えないし。
こんな所々錆びてる鉄格子に閉じ込めたくらいじゃ脱出しちゃうもんね。
『ファイア!』
『アイス!』
術式を展開。5回繰り返しただけで簡単に劣化し、鉄格子はボロボロに崩れる。
【炎熱魔法スキルがLVUPしました!】
【冷水魔法スキルがLVUPしました!】
【MP消費減少スキルを習得しました!】
成長期なのかな。まだ初歩的な魔法しか使えないとはいえ、やれることが増えるのはありがたい。
脱出するのにどれだけ掛かるか解からないから、消費MPが減るのはありがたいかも。
説明欄には0.01%の消費節約ってあるけどMP10000がMP9999になってもなあ。現時点じゃ役に立たないだろう。
MPは半分近くにまで減少している。あまり無駄遣いは出来なさそうだ。ここからは最小限に抑えて脱出しないと。
……私なんかに出来るのかな? いや出来る出来ないじゃない、やらないと。
早く脱出するんだ。お兄様も心配しているだろう。
***
ムライトは幼い頃から面倒臭がりな男であった。
苦労から目を背け、いかに楽して過ごせるか。そればかりの幼少期であった。
成人後、騎士団に所属したのもコネとある程度の実力があれば、頑張らなくても入れるからという理由からだった。
貴族のノブレスオブリージュからもある程度逃れられるのも魅力に感じた。
ムライトにとっては幸運にも、騎士団にとって不幸なことなのだが。彼はいかにも誠実そうな外見をしていた。
そこそこの実力とそこそこの家柄とそこそこの外見、それら全てをムライトは不可なく備えていた。
国家のシンボルである鷲の紋章が描かれたブレストアーマーは多くの市民の憧れで尊敬の対象であった。
危険な仕事ゆえ競争率が低い。憧れは抱くが実際に自分がやるとなると想像しただけで胆が冷える、そんな常に人手不足で悩まされている職場だ。
だがムライトに国に忠誠を尽くすとか、そんな意識は全くなく。
競争率が低いから就職活動を頑張らなくても楽々入れるし、入った後のしごきは目を盗んで適当にサボっちまえ。その程度しか考えてなかった。
ムライトは狡猾であり、また他人を貶めることに抵抗が無かった。不祥事が起きてもバレないよう、こっそり後輩のせいにしてしまった。
表面上はとても真面目に振舞うので発覚することはまずない。始末の悪い男であった。
なすりつけるミスも巧妙に選び、そして決して後輩の手柄の横取りなどせず、逆に陥れるターゲットである後輩に華を持たせてやることもしばしば。
そして後輩が困ってるときは必要以上に手を貸す。自身のミスが発覚しないように、細心の注意を払って。
余計なコトに気を回しているせいか出世は遅れがちだったが、そもそも出世ではなく楽するのが目的のため問題は無かった。
普通ならばすぐに勘付かれ、周囲から反目されていただろう。だが彼の演技は迫真だったからバレなかった。
その点を考えればムライトの天職は俳優だったのかもしれない。
ともあれ部下には慕われ騎士団長からは一目置かれ、奇妙なまでに上手い具合のバランス感覚で、彼は日々をやり過ごしていた。
表面を取り繕う天性の小賢しさは、幼少期から開花していた。その時点で彼は本性をひた隠しにし、ひたすら楽な道を歩み続けた。
他人を足蹴にして何が悪い。俺が何かをすることで、あるいは何もしなかったことによってどのような惨状を生み出すのか。その惨状は果たして俺に対してどれだけの責任があるのか。
自分が間違ってない言い訳をムライトは常に考え続けていた。
騎士団に所属してから3年目。彼に転機が訪れる。騎士団長から勅令で、最前線での斬込隊長を任された、いや任されてしまった。
普通に考えれば出世の大チャンス。彼を慕う、というより彼の本性を知らない部下や同僚たちは応援しているようだが。それは、彼にとって迷惑極まりない状況だった。
なにかあったら全責任を負わされる、なすりつける相手がいないのだから。
当然ムライトは断ったがやがて騎士団での彼の評価はガタ落ちし、彼は孤立していった。
いくら真面目そうで人柄がよさそうでも、それだけでは偉くなれない。
騎士団で求められるのは、仕事に対して熱心で自分を投げうって他の犠牲を厭わない、求められるのはそんな人材だからだ。
「俺について来れば楽が出来るのに」
わざわざ苦労して成果を求める? 何故そんなに生き急ぐ? 彼は理解出来なかった。
出世コースから外れたことにより、微妙に居心地が悪くなったムライトはあっさり退職する。元からこだわりあって就いた職ではなかった。
給料はそこそこでもいいから、とにかく楽な仕事を彼は探した。
だがそうそう見つからない、あっても就けない。なぜなら貴族という身分が枷となるから。
ダルい仕事に就くのは嫌。だったら自分で作ってしまえばいい。すったもんだの末に騎士団とのコネを活かした武器の卸しを始めた。
前々から楽そうだなとムライトはその職に目を付けていた。簡単で手間要らず。それに定期収入にも困らない。
収入は減ったものの、貯蓄を切り崩すほどではなく。それに彼の趣味は昼寝や釣りなど、金を使わないものばかりだった。
二十代半ばにして隠居生活を楽しむのは彼にとって夢であった。
だが実家はそう思ってくれない。体裁が悪いと、執拗に結婚を勧めてきた。
彼の兄は王宮にて司書館の副館長を務めている。
有力貴族の長男にしてはやや分不相応な地位であった(ムライト曰く単に能力が劣っていたに過ぎないらしいが)。
あてがわれたのは行き遅れの女。性格はともかく、化粧で枯れかけの肌を隠している年増女はムライトの好みでなかった。
この道楽息子をどうにか政治利用して長男を出世させたい、そんな意思が周囲から漂っていた。それに彼も所帯を持てば、少しは責任感も芽生えるだろう。
そんな期待をよそにムライトは、無断で勝手に街を離れた。実家は大騒ぎだが、彼にとって知ったことかであった。
とは言え仕事しないと端金すら手に入らない。いくら怠けたいとはいえ、餓死は彼の本望でなかった。
そうしてたまたま選んだのがゴブリンキャップという小さな雑用集団だった。




