ⅩⅡ.小旅行
ぼくたちは二人ずつ、対座のシートに座っていた。
電車は定刻に動き出す。なんだかウキウキしてきた。ぼくの隣りにはデブトン。向かいにはヨシオとマスケー。
「マスケー」じゃかえって呼びづらいから、本当の名前「ケイイチ」…略して「ケーイチ」にしておこう。
剣道部の仲間でクラス・メイト。「生徒会副会長」なのだけど、会長のヨシオ以上にイカレた奴。なんか「ズチャラ」って感じ。「ズチャラ」って何だ?…と訊かれても困るけど、なんか言葉にすると「ズチャラ」って感じなのだ。学生ズボンのスソを、ズルズル引きずって歩くからかもしれないし…突然、落花生形の顔の表情を、ダラッと崩すからかもしれない。とにかくぼくに言わせれば、「ズチャラ」なのだ。
ケーイチとは、小学校の時も同級生。低学年の頃は、大人しくて・目立たなくて、でも賢そうな子供で…実際、頭も良かった。
『どうして、こんなになっちゃったの?』
頭の良い奴って、やっぱりどこかのネジがはずれているのだ、きっと。
まあ新メンバーの紹介は、これくらいにして…今日は、ちょっとした小旅行。ぼくたちは、パンツと歯ブラシを持って、電車に乗り込んだ。
中学生だけで泊まりがけの旅行なんて、フツーの親は許してくれないだろうけど…今回は、ちゃんとした「身元引受人」がいるからだいじょうぶ。親の許しも、もらえたのだ。
ぼくたちは「日光線」に乗って、「日光」の手前、「今市市」に向かっていた。
「日光」は、将軍「徳川家康」公ゆかりの、かの有名な「東照宮」のある所だから、説明の必要はないと思う。
「今市」は、その手前。日光への宿場町として栄えた街だ。
数十分の電車の旅の後、「今市駅」に到着。夕方近い時間。夏の陽射しは、まだ高かったけど、高度も少し上がるので、ぼくたちの街よりは涼しい気がする。
「オッス!」
駅前には、ぼくらのクラス・メイト、「スケン」が待っている。
「スケベのケンイチ」がつまって「スケン」になったのだが、「マスケー」こと「ケイイチ」同様、「ケンイチ」と書く事にする。
(「ケーイチ」と「ケンイチ」。似ているので、御注意のほどを)。
ニキビ面で、黒縁眼鏡・使用。「ボッチャン刈り」が、そのまま伸びたような髪型をしている。デブトンと同じ柔道部員だけど、プロレス大好き。そこそこデカくて力はあったが、なんか動きが硬い。
(しかし、ぼくはこの旅で、彼の最大の弱点を知る事になる)。
おまけに、なかなかに頭が良くて、ぼくたちが「イヤラシ~」なんて話題でも、彼に言わせれば「医学的」なんだそうだ。
(事実、その後、県内一の県立高校に入り、隣県の国立大学の医学部に行ったそうだから、きっとお医者さんになったのだろう。本人は・そんな事、ひと言も言わなかったけど…案外この頃から、医学部を目指していたのかもしれない。それにしても、ぼくの友達には頭のイイ奴が多くって…デブトンと、ぼくくらいだよ、平均点は)。
もともとの生まれは、ここ今市。両親も妹も、こっちに住んでいるのだが、おばあちゃんの家に住み…
(ぼくたちの街の、メイン・ストリート沿い。文房具の卸業を営んでいる、K子の家の近くだ。ちなみに、前出のT子さんの家は、この一本・北の通りで、やはり何かの卸業を経営しているみたいだから、きっと・そこの社長さんの娘なのだろう)。
Y北中学に通っている。
(後に医学部に行くほどのヤツだから、教育面など何か理由があって、そうしていたのだろう)。
でも、夏休みの期間のほとんどは、こちらの実家で過ごしているようだ。それで・きっと、「クラスメイト・シック」になったのだ。「遊びに来ない?」と誘いがかかる。
それで、今夏・最後の大イベントとなったわけだ。
駅から歩くこと十分前後。「日光街道」に面した繁華街の一等地。その一角に「角○商店」はあった。
彼の実家は酒屋さん。間口はそれほど広くないけど、どんどん奥に続いてる。
(旧い街の繁華街には、こういった「土地割り」が多いけど…それは・たぶん、通りに面した部分の広さにより課税された、江戸か・その頃の税制度の名残りのせいだろう。だから・とある地域では…あえて軒並み、店舗が道に対して斜めに建てられている場所がある)。
婿養子の彼のお父さんは、なかなかのモーター・フリークらしい。
「ワーゲン」のワン・ボックス車で仕事をしたり、当時のトップ・レーサー「津々見友彦」選手のメカも務めた人に、クルマをイジッてもらっているそうだ。
なんでも高校生の頃は、下駄で「ハーレー・デイビッスン」に跨り、学校に通ったという豪傑らしい。
(見た目は、息子とは正反対。細くて小柄なのだけど…)。
ぼくたちはまず、夕食の準備をしているケンイチのお母さんに挨拶。
(ケンイチの、中一の妹も手伝っていたのだけど…)。
ケンイチのお母さんは、上品で・優しそうで…。でも、ぼくたちの話題は…
「似てる!」
台所を出た所で、デブトンがそう言う。
ぼくたちは、両側を隣家にはさまれた、チョット薄暗い敷地の、さらに奥に向かっていた。
「おれもそう思う」
ぼくにも異論はなかった。
「そうそう」
全員で、あいづちを打つ。
「何が何に似ているのか」なんて、説明の必要はなかった。キョトンとしているのは、ケンイチだけだ。
たしかに、ケンイチのお母さんと妹は、ソックリだった。そして…
「Nに似てるよ」
みんなの意見は一致した。
「N」とは、前々からケンイチが想いをよせている同級の子だ。けっこう積極的に、チャージをかけているようなのだが…毎回、跳ね返されているみたいだ。でも、これで…
「どうしてケンイチが、Nの事を好きなのか?」
「踏まれても・蹴られても、ケナゲにNを、一途に求め続けるのか?」
一同・納得。
『本能的に求めてるんじゃ、仕方ないよ』
当人は意識してないけど…ハタから見てると…そういう事は、けっこうある。
(ぼくのずっと年上の従姉妹の結婚相手は、自分の弟…つまり、当然こちらもぼくの従兄弟なのだが…に、ソックリだった。当の本人に、そんな自覚は・まったく無いみたいだが…その結婚相手が一度、まだ祖父母と同居していたぼくの家に、遊びに来た事があった。遠くに見ている間、ぼくはその人の事を、すっかり従兄弟だと思っていた経験がある)。
「そうかな~」
納得がいかないのは、ケンイチ本人だけだったけど…ぼくたちは、敷地のずっと奥。コンクリート製・二階建ての建屋の、二階に案内される。
(下は、倉庫か何かになっているようだ)。
ドン詰まりには、こちらでは・ごく普通に見かける「大谷石」でできた蔵もある。
(ぼくたちの街の西部。「大谷」地区で産する石だ。軽くて・表面がもろいので、加工が簡単。かつては、この石を使った石塀や蔵は、こちらでは・あたり前の光景。今では地下採石場跡が有名だが…今でも時たま、陥没騒ぎがある…絶壁になった「露天掘り」跡もある)。
そこに、こちらでのケンイチの部屋がある。普段は使っていない部屋もあり、五人でもじゅうぶんな広さだが…ケンイチは・また、ぼくたちの中では一番の「音楽通」だった。
(もっとも今回のメンバーの中で、音楽に強い関心があるのは、ケンイチとぼくだけ)。
レコードのコレクションも、多数あった。
「ふう〜ん…」
最近ハマッているのは、「キング・クリムゾン」と「10cc」。
(ぼくには、初めて聴く…「聞く」?…名前。どんなジャンルなのかも、皆目「?」)。
ドラム・セットが欲しいらしいのだが…今のところスティックだけを買って、タタミをたたきまくってる。
ぼくに「バンドやろう!」なんて言うのだが、あのタタミをたたく「スティックさばき」を見ていると、どうもリズム感がイマイチ…ここは今市…って感じだ。
(パワーは、あるんだけどね)。
かく言うぼくだって、小学校・以来の遊び仲間「アキオ」から、昨年、大きめのウェスターン・タイプのアコースティック・ギターを買ったけど…
「A」「B」「C」「D」「E」「F」「G」
基本コードは、おぼえたけれど…そっから先に進まない。指先は…はっきり言って、器用とは言いがたい。
(それに、ギターの練習を始めると、自分の奏でるメロディーに酔いしれる…わけでもないのに、すぐ眠たくなる)。
ピアノの練習を放棄した時にわかってた。ぼくに、演奏家の才能はないみたいだけど…
「さて!」
ケンイチの、素敵なお母さんと・可愛い妹チャンが作ってくれた夕食を堪能すれば…
「そして、いよいよ…」
夜は、みんなで「ザコ寝」。
こんな時、この年頃の男の子が複数・集まれば…始まるのは、女の子の話。
(「お前は誰なんだよ」って感じかな)。
ちゃんと「お付き合い」してる奴は一人もいないので、近況報告は無し。
ケンイチの「N」は、周知の事実。
ケーイチの、三年女子バスケ部員の「N」さんも、みんなの知るところ。
(イニシャルで書くと、同じ「N」だが、別姓・別名の別人だ)。
何か新しい展開がなかったか、残りの全員で問い質す。
ヨシオは…いつもの調子でのらり・くらりと、はっきりしない。でも最近、ぼくたちのクラスの「S」さんにモーションをかけられている。
(まあ反応としては、まんざらでもなさそうだ)。
デブトンは…相変わらず、正体不明。人を好きになった事がないのか、ホモなのか?
(ホモなんて発想、この頃は・まだ、ぜんぜん浮かばなかった。あの頃は・ただ、純粋にキャッキャとやっていたものだ)。
そして「ぼく」は、と言えば…
「好きとかっていうわけじゃないんだけどさ…I・Y子とか…いいんじゃないかと…」
I・Y子とは、入院のくだりでチョット触れた子だけど…みんな意外だったようだ。I・Y子の名前が出るなんて…。
実際ぼくも、どうしてI・Y子の名前なんて出したのか…M・KさんやK子じゃなくて…?
最初みんなに、K子の事で質問攻めにあったので、あえて・そんな答えをしたのかもしれない。
(K子とぼくが怪しいという噂は、とっくの昔に広まっていた。M・Kさんの耳に入っていないか…心配だ)。
K子もイヤじゃないけど…M・Kさんの事もあるし…。ぼくの心は揺れていた。小さなハートが、張り裂けそうだ。
(あの頃は、ほんとに「小さなハート」してたと思う。今になって思い出すと、自分で自分がカワイくて・イジラシくて…そんな感じです)。
そんな・こんなで、夜は更けていった…。
翌日も、まずは電車に乗り…今日は「日光」に向かう。
ケンイチもいるので、総勢五名。 終着の「日光駅」からバスに乗り、「中禅寺湖」を目指す。
緑いっぱいの「いろは坂」を登り、ロープウェイ駅のある「明智平」のトンネルをくぐると、湖畔の街が見えてくる。周囲で25キロほどの、けっこう大きな湖だ。
「着いた〜!」
ここまで上がると、かなり涼しい。
ここは、ぼくの県で一番有名な観光地。外国大使館の別荘や、有名ホテルもある避暑地。湖の脇にそびえ立つ「男体山」は、県内一の高さを誇る。
(本当は、この先の県境にある「白根山」の方が高いのだが、お隣りの群馬県と山頂を分けているせいか、「県内一高い山」となると、「2484」…実際、西のはし近くにある「標高2484メートル」…「男体山」の名が挙挙がる)。
今は「休火山」の分類に入るが、大昔の噴火でできたのが「中禅寺湖」。その水があふれ出す「華厳の滝」も有名だ)。
バスを降りれば…中年のハイカー、おにいさん・おねえさんのカップル、家族連れ…けっこうな人出だ。
でも、中学生がこんな所にやって来たって、特別やる事もない。だいたい、何か目的があったわけじゃない。
「親元を離れ、自分たちだけで行動している」
それが大切だった・楽しかった。それで…
「せっかく、ここまで来たんだし…」
そこでぼくたちは、二手に分かれて「貸しボート」に乗り込んだ。
「水は苦手なんだよ」
ケンイチが渋るので、ぼくたちを残して、ほかの三人が・まず出発。
「だいじょうぶだよ」
嫌がるケンイチを、無理矢理「手漕ぎボート」に乗せて、ぼくはオールを漕ぎ出す。
『浮かんじゃえば、楽しくなるよ』
水の上に浮かんでいるのも、いいものだ。フワフワ・プカプカと、気持ちが良いと思うのだけど…
『そう言えば…』
小学生の頃…今では剣道仲間の「ナオッピ」プラス一名の三人で、近所を流れる「田川」の橋の下のよどみに、近くの魚市場から大量にいただいた発泡スチロールの魚函を持ち込んだ事があった。
(それに棒切れを刺してつないで、めいめいイカダを作って遊んだのだ)。
あの「お遊び」は大成功だった。発泡スチロールは、プカプカとよく浮いたから…でも、けっきょく最後は「落としっこ」が始まって、まだ早春だというのに、ズブ濡れで帰った。
(今では・あの橋も新しくなり、よどみがあったあたりは、遊歩道と緑地になっている。昼間はガランとした「魚市場」。よく自転車でレースをしていたけど…今では、温泉の出る「健康ランド」になっている)。
『?』
沖に出るにしたがい、ケンイチの顔色が変わってくる。「気分が悪い」という事ではなさそうだ。ボートの両ヘリを、これでもかと言わんばかりに握り締めている。
『怖がってるみたいだ』
『楽しくなるだろう』なんて、ぼくの一方的な「思い込み」だったようだ。
『へへへ』
ぼくはチョットばかり、「イタズラ心」が動いた。
陸にいる時は「ブレーン・バスター」だの「ナントカ・カントカ」だの威勢がいいけど…こうなると、からきし意気地がない。
(アニメ『タイガー・マスク』は大好きだったけど、小学生の頃の話。それ以来、とんと御無沙汰のぼくは、あまりプロレス技に詳しくなかった)。
『よし!』
もう、けっこう沖に出ている。
「ホラ」
ぼくは、ボートを左右に揺さぶる。
「やめろよ~」
ケンイチは、ボートの両端をガッチリ握り締め、小声でそう言う。でもぼくは、もう一発…
「ホラ~」
大きく左右に揺さぶる。
「水は苦手なんだよ」
「怖い」とか「怒ってる」とかじゃなく、泣き声だ。
たしかに体育の水泳でも、『溺れてるんじゃないの?』なんて泳ぎ方をしていた。無我夢中で、腕をバシャバシャと振り回すだけ。本人に言わせれば「浮かないから」なんだそうだ。
でもぼくに言わせれば、「カナヅチ」というのは・だいたいが、水に顔を着ける事を怖がる人間で、できるだけ顔を水から遠ざけようと、首に力が入る。そして結局、作用・反作用の『テコの原理』で、お尻の方から沈んで行くのだ。
ケンイチの泳ぎは、この典型だった。
(自分が・そうじゃないから、わからないだけかもしれないけど…ぼくには、沈んでしまう人間が存在するなんて、信じられない)。
『こわがってるだけじゃないの?』
水泳に向いているのは、重くて手のデカイ人間。
関取の中に、相撲を始める以前、「国体にも出場した水泳選手だった人がいた」という話を、聞いた事がある。
(浮力がありすぎるのは、速く泳ぐのには不利なのだ。ナゼって、水面近くは水の抵抗が多いから…物質の粘性による「剥離」の関係だそうだ。「平泳ぎ」の『潜水泳法』が禁止されたのは、そのためだ。だからぼくは、頭を潜り込ませ、なるべく水面下に沈むようにしている)。
『このくらいに、しとこうか』
まあ、「軽い冗談」「おフザケ」程度。
「陸に上がった時の復讐が怖いし…」
「イジメ」じゃないので、そこまでにしておいた。そして…
『女の子だから、お菓子がいいかな?』
でも、次は・いつ会えるかわからない。
(湖畔の「おみやげもの屋」街。夏の観光シーズン、かなりの賑わいだ)。
『持ち金も少ないし、これでいいか』
シャレもなんにもないけれど…ぼくは、三角の紙製のペナントを取り上げる。
「う〜ん…」
『日光』なんて文字がダサイけど…まあいいか。
(言われなくても、わかってる。ぼくは昔から、プレゼントを選ぶのが苦手なのだ)。
最後にぼくは、お返しも兼ねて、K子におみやげを買った。
そして最終の・その晩は、誰かが投げた枕がキッカケだった。最初はカワイク「まくら投げ」に興じていたのだけど、やがて…
デブトンは、「アチャ〜!」という怪鳥音とともに、得意の上半身ハダカで柔道の技をしかけてくるし…
ケンイチは、プロレス技…さすがに対人間にはやらなかったけど、フトンめがけた「フライング・ボディー・アタック」。
ぼくとケイイチは、物を振り回すのが得意だったけど…
足を取られたサッカー部キャプテンのヨシオは、「翼をもがれた天使」。フトンの下敷きにされて四苦八苦。
「離れ」だったから、気がねなく、汗だくになって大騒ぎ。
こうして二日目の晩は、キャッキャと過ぎていった。そして…
翌朝。ケンイチに見送られ、ぼくたちは帰路に就く。
「夏休み」も、もうすぐ終わりだ。




