ウィスキーの味
その後数回先生のお宅にお邪魔したが、とうとう僕が先生のお宅にお邪魔する最後の日がやってきた。それは当初からそう決まっていたわけではなく、振り返ってみるとそうなっていたということなのだが、それは今から三ヶ月ほど前のことだった。
その日、先生に呼ばれてお宅にお邪魔すると先生は留守だった。
いつものように急な学会の集まりということだったので、いつものように僕は奥様と二人で食事をすることになった。
奥様は和装だった。それは、初めて僕が先生の家にお邪魔した時の着物だった。改めて見るとやはりこの組み合わせが一番似合っているように思えた。
食事が終わっても先生は帰ってこなかった。
「おかずを用意しますので、待っていてください」と奥様が言って席を立った。奥様の背中で帯が揺れ、波間に細かい光が煌めいた。
奥様がキッチンからおかずの入った容器を持ってくると、玄関でチャイムが鳴った。
珍しいことに先生が酔っていた。いつもの先生であれば、家に帰ってくるまで顔色一つ変えず、家に帰ってきて着替えると初めてリラックスするのに。
そしてさらに珍しいことに、僕をお酒のお供誘ったが、奥様には席を外させた。いつも二人一緒にお酒を飲み、そこに僕が参加する形だったのだ。
いつもと同じようだがいつもとは違っていた。
先生は、僕を応接に招き入れると、「たまには強い酒もいいでしょう」と言ってウィスキーを棚から取り出して、奥様に氷を用意させた。ウィスキーグラスをかざすと、氷の周りに琥珀色のアルコールがまとわりついてゆっくりと流れるのが見えた。口をつけると、強い燻製の香りがし、唇と舌にアルコールがしみた。僕は申し訳程度に口をつけただけだったが、先生は喉を鳴らしてウィスキーを飲んだ。
先生は、ウイスキーの香りと味の余韻に長いこと浸っていたようだった。いつもならば、すぐに何か話し始めるのだが、今日はいつまでも何も言わなかった。
僕の方にも何ら報告することもなく、アルコールで焼け付く喉を水で中和していた。
先生が、ようやく口を開いた。
「君は、うちの妻をどう思いますか」




