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鎌倉にて  作者: ゆくえ知らず


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10/12

告白

 僕は、先生の質問の意味がまた、わからなかった。考えていると先生がグラスを揺らし、氷が琥珀の海で音を立てた。

その音に急かされたように、僕は答えた。

「どうって、きれいな方だと思います」

そして「それに、優しいです」と付け加えた。

 先生は、僕の言葉をかみ締めるように僕を長いこと見つめていた。先生の目の周りは少し赤くなっていた。そして何かにとりつかれたような強い光を放つ目で、僕を見つめた。

先生が口を開いた。

「もらってくれませんか」

 そう聞こえた。

 僕は、先生の顔をまじまじと見た。

「先生、今日は酔っていますね」

 僕は、先生の意図をはかりかねていた。言葉通りだとしたら、それはあまりにも突拍子もないし、現実味もなかった。

「お付き合いしている人がいるのですか」

 先生が継いだ言葉を聞いて、ようやく先ほどの言葉の意味を理解した。

「いません、いませんが」

「ならいいじゃありませんか」と先生は言った。

「言いわけがありません」

「そうでしょうか」

 先生は奥様を愛してはいないのですか、と僕は尋ねた。

先生は、しばらく黙っていた。

 やがて顔を上げると、真剣な表情で語り出した。

「私は、身勝手な人間です。しかしそれでもあれの幸せを考えています。そしてその幸せは私と一緒にいては成立しないのです」

「しかし奥様は、先生の奥様です。お二人は夫婦です、先生がそうおっしゃったではありませんか。夫婦として幸せを考えればいいではありませんか」

 先生の目の周りは相変わらず赤かった。僕の方はすっかり混乱していた。僕はその時、席を立って出ていくべきだったのだろう。しかしそうはできなかった。いつもとは違う先生の言動が、僕の心を掴んで離さなかった。

「私たちを一対の夫婦としてみてもらっては困ります」

「困るも何も、実際そうではないですか」

「夫婦というのは形式上のつながりです。それに過ぎません」 

 それは外形的にはそうかもしれませんが、何もくじ引きで夫婦になるわけではないのですから、形式下には感情の働きがあるでしょう、と僕は反論した。

「ありません」と先生は言った。口調がいつもの先生に戻りつつあった。


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