帯
その女性を見て、僕は娘か妹なのかどちらなのだろうと考えた。どう挨拶したものかわからず、「初めまして、お邪魔しております」と頭を下げた。
「妻です」
先生がそう言った時、その女性は膝をついて、私と先生が向き合って座ったソファーの間にあるコーヒーテーブルに麦茶を置いているところだった。
先生の紹介に、その女性は名前を名乗ったようだったが、僕は聞いていなかった。僕に向かって挨拶をした顔に釘付けになってしまったのだ。
まず、年齢が若すぎた。先生はどう見ても三十歳台後半に見えた。もしかしたら四十歳に届いていたかもしれない。しかし「妻」と呼ばれた女性は僕とそれほど変わらない年齢に見えた。
そして、その女性は美しかった。もちろん、美しいというのは主観的なものだから、正直に言えば僕の好みの美しさだった、ということになるだろう。
しかし、それまで僕には自分好みの女性像というものがなかった。中学生の時、高校生の時、それぞれに付き合ったことはあったが、それは学校で知り合い、会話を重ねるうちに徐々に親密度を増していったものであって、目の前に恋愛の対象としての美しさを提示されたと感じたことはなかった。そして、この先生の奥様との出会いが、そのような美の提示を受けた初めての経験だった。
僕は、心拍数が上がり額に汗がにじむのを感じた。口を開いてもうまく言葉が出てきそうになかった。なんとか平静を保ちながら首から上だけで会釈し、震える手で麦茶のグラスを持ち上げた。
「お前も飲むかい」と先生が洋酒のボトルを持ち上げた。
「いえ、私はこちらで」
先生の奥様は、自分用に麦茶を用意していた。
挨拶に杯を合わせると、奥様は「用意があるので」と言って部屋を出て行った。僕には着物の知識がなかったが、薄いクリーム色の所々に刷毛で掃いたように掠れた色が入った生地と、海と波を思わせるような色の帯との組み合わせが美しかった。奥様が動くたびに帯の上の波が揺れ、その波間で何かが煌めいた。
「君は」
先生が話し始めた。奥様の後ろ姿を目で追っていた僕は、弾かれがように先生に顔を向けた。
先生は、相変わらずリラックスした様子で軽い笑みを浮かべていた。
「君は、何でもそう杓子定規に考えずに、もっと『あそび』を持っていいのですよ。人間は感情の生き物なのですから」
工学部の先生らしいと言えばらしい言い方だったが、先生の言葉の意図は、この時もよくわからなかった。




