出会い
僕は不満そうな表情をしていたのだろう。
先生は、しばらく私の表情を眺めていたが、やがて意を決めたように目を閉じて、開くと言葉を継いだ。
「君は、自宅から通っているのですか」
先生の質問の意図はわかりにくかった。いいえ一人暮らしです、と答えると、「どこですか」とさらに聞いてきた。小田急線のとある駅の名前を挙げると、「ちょうどいい、二つ先の駅で降りると私の家があります。今度食事にいらっしゃい」と言った。
数日後に、僕は渡された住所のメモを頼りに先生の家を訪ねた。駅を降りて北に向かい小さな商店が並ぶ繁華街を抜けて大きな道路をまたぐと急に静かな住宅街となった。先生の家はその一角にあった。それはとても大きな家で、大学の講師というのはこんなに稼げるものなのかと、僕は驚いた。バイト先近くの和菓子屋で買っておいた手土産の紙袋を見て、気後れがした。
「やあ、よく来てくれました」
私がインターホンを鳴らすと、先生が玄関のドアを開けて迎えてくれた。
先生は、スーツを脱いで襟なしのシャツに着替えていて、リラックスした様子だった。
口調は同じだが、大学の講義の時のような無機質な硬さが影を潜めて、友人を迎えるような暖かさを感じた。しかし、リラックスしているためか、髪の毛に混じり始めた白髪が余計に目立って見えた。
先生は「まあ、お上がりなさい」と言って応接間に僕を迎え入れると、「君はたしなむ方ですか」と聞いた。
「たしなむとは?」
「お酒です」
驚いた。「いえ、僕はまだ未成年ですから」
「家でも飲んでなかったのですか」
「はい、父がそういうところは厳格なので、一滴も飲んだことがありません」
先生は、残念といった様子で頷きながらも納得したようだった。
「それでは、私だけ食前に少し頂きましょうか」
ぜひどうぞ、ご遠慮なくと僕は答えた。
「あなたは麦茶でもいいですか」
僕が頷くと、先生は応接間のドアを開けて外に顔を出し、「麦茶をもらえるかな」と呼びかけた。
しばらくしてドアが開き、「いらっしゃいませ」と言いながら女性が入ってきた。




