戦え、アイリ先生!
「まあ、初日だから大目に見ますけど、次からは気を付けてくださいね。我が家の教育方針を尊重してほしいわ」
「そうだ。初めてで緊張して失敗するのは仕方のない事で、よくある事なんだ。緊張して上手くできないこともある。それが初めてというものだ。僕も最初はそうだった」
「ありがとうございます!!⠀これから気を付けます……!」
⠀家庭教師を追放……もとい、クビにならないと知り涙ながらに感謝と反省の意を示すアイリ。
⠀オリビアとて、友人の紹介で来た家庭教師を、ただの一度の失態でクビにするつもりなんて無い。
⠀紹介してくれた友人との、今後の交友関係にも関わる事だ。
⠀それはそれとして、自分達が『許してあげる立場』であるという態度は崩さない。
⠀必然的に『許される立場』は弱い立場となる。
⠀これが大人の話し合いというものだ。
「アイリ先生。今後も家庭教師としてロックスのことをお願いしたいのですけど、教育方針についてお話してもいいかしら?」
「はっ、はい!」
「ロックスは将来学者さんになるんだから、二度と荒事の道に誘わないでね。私には学者さんになったロックスが稼いだお金で資産運用する将来設計があるんだから」
「そうだ。ロックスは学者さんになるから騎士にも冒険者にもならないぞ。僕は学者さんになったロックスに養ってもらう将来設計があるんだ」
「は……い、異議を申し立てます!!」
⠀オリビアとローガンの言葉に、弱い立場のなされるがまま、頷きかけて異議を唱えるアイリ。
⠀明らかにおかしい言葉が聞こえた。
「何よ。やるっての?」
「おかしいでしょうが!⠀何ですかロックスくんのお金で資産運用とか養ってもらうとか!⠀それが親のやる事ですか!」
「僕は子供相手でも容赦しない大人だぞ?」
⠀これほどの怒りを覚えたのはいつぶりだろうか。
⠀半年前、彼女の所属していたAランクパーティー【光来する奇跡】の仲間と共に、強大なる魔人に相対した時に匹敵する怒り。
⠀強大なる魔人を打ち倒した功績を以て、彼女達のパーティーはSランクに到達した。
「自分達の都合で子供の将来を食い潰すような事をするのは間違ってます!⠀ロックスくんの幸せをちゃんと考えてあげてください!⠀自分で稼いだお金くらい自分で持たせてあげてください!」
彼女こそ、世界有数のSランク保持者、アイリ。
⠀冠する異名は【黒魔女】
⠀史上五人目となる【魔女】の二つ名を持つ女の子──!
「でも貴女、ロックスを自分の都合で騎士だか冒険者だかにしようとしてたじゃない」
「うぐっ!」
「そうだ。君は自分勝手な暴走でロックスの意見も聞かず、王都に連れて行こうとした女の子だ」
「はぐぅ!」
「ロックスが冒険者になったとして万が一の時に誰が責任取るの?⠀貴女?⠀どうやって?⠀その保証は誰がするの?」
⠀アイリ、撃沈!
⠀これが大人というものだ。
⠀齢15の小娘相手に、口論で負ける道理無し。
「いいアイリ先生?⠀田舎の子供が学者さんになるのは凄いことなのよ。きっと村に銅像とか建てられるわ。お金持ちにもなる。ちょっとくらい仕送りを期待するのは悪いこと?」
「そうだアイリ先生。村に息子の銅像が建てられるのは、自分の銅像が建つのと同じくらい嬉しいことなんだ。仕送りでちょっとくらい贅沢する嬉しさも、許されるべきなんじゃあないかな?」
「た、たしかに……そうなのかも……?」
「そうなのよ」
「そうなんだ」
「……失礼な事を言ってすみませんでした……私の勘違いです……」
⠀話を聞いてみればアイリの早とちりだったかもしれない。
⠀我が子の稼ぎを食い潰すクズと思って反論したが、聞いてみれば仕送りに期待する程度の話。
⠀家庭教師初日で御家族に随分な迷惑をかけてしまったと、アイリは反省した。
(……あれ?⠀でも仕送りを期待する程度の話を「稼いだお金で資産運用」なんて言い回しは普通しないような……)
「お話終わったのだ?」
「あっ、ロックスくん」
⠀大人の話し合いがあるからと、自室で待っているよう言われたロックスが部屋から出てきた。
「何のお話してたのだ?」
「アイリ先生にこれからよろしくってお話をしてたのよ。ロックスの学者さんになるって夢も応援してくれると言っていたわ」
「えっ?」
「ね?」
「あっはい。もう騎士とか冒険者に誘いません。学者さん目指して頑張ろうね」
「はいなのだ!」
⠀応援するなんて一言も言ってないが、今更反対する気もない。
⠀思いもよらないスキルに熱くなって、強引に誘おうとしてしまったが、本来アイリは好んで一般人を戦場に連れて行く人間でも無いのだ。
(本人も学者さんになりたいって言ってるし……あれこれ口出しするのはよくないかも。もう私からは誘いません )
(でももし、ロックスくんが自分から冒険者になりたいって言う時が来たなら……)
⠀そういえば、と。大事なことを聞いていなかったのを思い出すアイリ。
⠀これは確認する必要がある。
⠀家庭教師としての内容にも影響するかもしれない大事なことを聞きそびれていた。
「ロックスくんは学者さんになりたいんだよね?⠀何の学者さんになりたいのかな?」
「何の学者さん?」
「ほら、植物の学者さんとか、海の学者さんとかあるでしょ?⠀どの学者さんになりたいのかな?」
「へぇー?⠀学者さんにも色々あるのだ。知らなかったのだ!」
⠀冒険者になって戦う学者さんになろうと言えば着いてくる気がした。




