家庭教師がやって来る
「おかえりロックス。家庭教師の先生が来るから準備なさい」
村にあるたった一つの学校から帰宅したロックスに、母オリビアは言い放つ。
「かてーきょーし?かてえきよしってなんなのだ?」
「家庭教師は家に来て勉強を教えてくれる教師のことよ」
「そうだ。家庭教師は家庭で勉強を教えてくれる先生であり、家庭で勉強を教えてくれるのが家庭教師という職業なんだ」
平日だけど仕事を休んだローガンは、妻の言葉に寄り添いながら息子に家庭教師の意味を説明する。
「突然言われても困るのだ。うちに先生が来るなんて聞いてないのだ」
「そりゃあ今言ったからね」
「そうだ。ママは家庭教師が来ることを、今初めて話したんだ。だからお前が知らなかったのは当たり前のことで、ママは何も悪くないんだ。僕も初耳だけどね」
「なら良かったのだ」
何が良かったのか、ロックスは納得した。
次いでローガンは妻に問いかける。
「しかし家庭教師の先生とはどんな人なのかな?家庭教師と言えど見ず知らずの人に大事な息子の教育を任せるからには、父親として厳しく精査しなければならない。家庭教師と言えど舐めた態度を取られては出るとこに出るぞ?」
「私のツテよ。学生時代の友人が王都の冒険者ギルドで働いててね。良さげな人がいたら紹介してもらえるように頼んでおいたの」
「そうだ。ママの学生時代の友人で王都の冒険者ギルドで働く人の紹介なら一定の信頼と信用がある。きっと手土産に王都のお菓子を持ってくれるに違いない。信頼と信用はこのように成り立つものなんだよロックス」
「分かったのだパパ!それで、そのお菓子を持って来てくれる家庭教師の先生ってどんな人なの?」
話の内容から、王都の人の紹介でお菓子を持って来てくれるという事しか分からなかったロックスは、話を戻すように問いかける。
「そんなの会ってみないと分からないわ」
「そうだぞロックス。会った事ない人がどんな人かなんて、会ってみないと分からないんだ。会った事のない人に信用なんてあったもんじゃない!知らない人がお菓子を持って来てくれるなどと図々しい事を考えるんじゃない!」
「分かったのだ!会ったこともない家庭教師の先生がお菓子を持って来てくれるなんて期待しないのだ!」
理不尽に怒られた気もするが、いつもの事だと気にする様子もない。
素直で能天気なロックスは、こうして大人の理不尽を学んで行くのだ。
「どんな先生なんだろうなぁ。ママ、家庭教師の先生は何時に来るのだ?」
「そうだな。家庭教師の先生が何時に来るのか確認するのは大切だ。第一印象はとても大切なんだ。ましてや初日の家庭教師ならば一分でも遅れる事は許されない。初日から遅刻する舐めた態度を取られた暁には、パパは一家の大黒柱として威厳を以て接する覚悟だぞ」
息子と夫の目線に、オリビアは時計を一瞥し平然と告げる。
ちなみに時計は商人との三時間の値引き合戦の末に、格安で買い取った新品だ。
「明後日のお昼よ」
「明後日だと!?明後日のお昼という事は、二日後のお昼という事じゃないか。今日来るんじゃ無かったのか!?」
「あら、今日来るだなんて私は一言も言ってないでしょ?」
「そうだ。ママは家庭教師の先生が今日来るなんて一言も言ってないんだ。つまりロックス、お前が早とちりしただけなんだ」
「なぁんだ。それなら急ぐことないのだ」
自分も勘違いしていたのを、息子一人の失態に仕立て上げる父親だった。
「家庭教師が来ないならリースちゃんをデートに誘ってくるのだ。行ってきますなのだー!」
ロックスは玄関を出て、幼なじみの女の子の家に向かって行ったのだった。
息子に次いで、ローガンも仕事用の鞄を手に取る。
「さて、僕も仕事に行くとしようか」
「あら、今日はお休みじゃ無かったの?」
「僕は今日が休日なんて一言も言ってないさ」
家庭教師が来るまで、後二日。




