31.予定表には『力こぶ』のマークを書き込んで
「お待たせしましたー! エビフライハンバーグセット、ライス大盛り、タルタル多めでーす!」
店員さんの威勢のいい声とともに、鉄板の上でジューシーに音を立てるハンバーグが二つ、テーブルに並べられた。
デミグラスソースの爆ぜる香ばしい匂いと、これでもかと盛られたタルタルソースの白が、視覚と嗅覚を暴力的に刺激してくる。
しかし、ライスの皿にはマスコットのマッチョが書かれ、ライス盛られ方は、上腕二頭筋になっていた。
常連のレイさんに気にした様子はない。これがこの店のデフォルトなのだろう。
…プロテインとか入って無いよな?
「うわぁ、やっぱりここのは最高っすね!じゃ、いただきまーす!」
「うまそうですね、ハンバーグもエビフライも。…いただきます」
レイさんは嬉しそうにパチリと箸を割り、さっそくハンバーグに手を付けた。
俺もそれに続いた。肉汁が溢れるハンバーグと、サクサクのエビフライ。
重厚なデミグラスと濃厚なタルタルソースの組み合わせは、お世辞抜きで絶品だった。
そして意外な発見、ライスが二つこぶになったことで、ハンバーグ用とエビフライ用にご飯の組み合わせが変えられる。とにかく、これはご飯が進む。
「……ん?」
ふと、視線を感じて顔を上げた。
対面に座るレイさんが、箸を止めてじっとこちらを見つめている。なんだか嬉しそうな笑顔だ。
「レイさん?どうかしましたか?」
「あ、いや! なんでもないっす!ただ、ガズくん、本当に美味しそうに食べるなぁと思って」
先輩の前というのも忘れ、気付けばライスの皿を抱えている俺がいた。
……食べ方がやんちゃ過ぎただろうか?
「だって、すっごい良い笑顔っすよ。……あ、ほら、箸止まってるっす。せっかく熱々なんだから、冷めないうちにじゃんじゃん食べるっすよ!」
レイさんは慌てたように自分のエビフライを口に放り込みんだ。サクッという音と共に、レイさんの表情も解れた。
俺は、少し表情に迷う。なんだか、妙に気恥ずかしいのだ。
誤魔化すように放り込んだハンバーグからの肉汁が、口角を上げたので、きっと俺達は似たもの同士だろう。
ひとしきりお互いの胃袋に肉を収め、落ち着いたところで、俺は気になっていた本題を切り出した。
「……さっきの話なんですけど。俺、本当にジムなんて続けられるか分からなくて。まずは体験会、行ってみようか迷ってるんですよね」
すると、レイさんの目が途端にきらきらと輝き出した。アニメの布教の輝きによく似てる。
「え!本当っすか!?だったら、私がガズくんのサポートをしてあげるっす!」
「…いや、でもレイさんは経験者ですよね?
初心者の体験会にわざわざ付き合わせるのは悪いですし……」
「そんなことないっす! ……あ、いや、実は……」
レイさんは人差し指同士をつんつんと合わせながら、少し気まずそうに視線を泳がせた。
「自分、最近ちょっと仕事が忙しくてサボり気味だったんっすよね。前のジムも一ヶ月通えなかったんで辞めたんすよ。ほら、『あの子』のことで精一杯だったっていうか…」
『あの子』、それが指すのは俺達の『黒鉄重工先端重機開発室』の搭乗型変形二足歩行重機『フェリドゥン』のことだろう。
世間にその存在と、現在行われた実証実験の映像は発表されているが、開発チーム、俺達のことは特に守秘義務が強い。
先日のコンプライアンス研修後でも、再確認があった。
「……その、偉そうに講釈たれといてなんっすけど、やっぱ初めての場所って不安じゃないっすか。
一緒に行ってくれるとうれしいなー、なんて!らしくないっすけど!」
誤魔化すように笑ってるが、その発想はまさに今の俺と同じだった。
…いや、もしかしたら、それを察して、あえて言ってくれたのだろうか?
色んな意味で、嬉しいお誘いだった。
「……レイさんがそう言ってくれるなら、ぜひお願いしたいです」
「やった!じゃあ、決まりっすね!」
レイさんは弾けたような笑顔になり、素早くスマートフォンを取り出した。
画面には、先ほどチラシで見た『アイアンスポーツクラブ』の予約ページが開かれている。仕事が早い。
パソコンはやや苦手と言っていたが、『フェリドゥン』の点検作業でも使うタッチパネルの端末の扱いはお手の物だ。
「じゃ、ガズくんの来週に有給を取る日に合わせるっすよ。自分もその日にするんで。
…ええと、午後のこの時間なら、二人同時に体験会の枠が空いてるっすよ!」
「あ、じゃあ俺も今予約します。ところで、俺、有給の日って話しましたっけ?」
「え?…予定表を見たんすよ!たまたま!じゃあせーので送信するっすよ。せーの……よし、完了っす!」
画面に表示された『予約が確定しました』の文字を見て、レイさんは満足げだった。
そして、その画面と俺の画面を見て、より笑みを深めた。
「これで有給の言い訳も、美味しいご飯の言い訳もバッチリっすね!ガズくん、当日はよろしくっす!」
「はい、よろしくお願いします」
ふふ、と嬉しそうに笑うレイさんは、残っていた最後のエビフライを口に運んだ。
「あ、ちなみに、今日の摂取カロリーの計算はしない方が身のためっすよ!」
「ですよね」
俺はベルトを一段階緩めながら同意した。
ライスの皿の底では、マッチョがこちらに親指を立てていた。




