03.黒鉄重工先端重機開発室
「この廊下は普通の廊下ですよね?」
「ははは、人生で初の質問!無論普通の廊下だとも!」
本当だろうか、いや信じる他ないか。
「ところで、ガズくん。サブオペレーターについてどう思っている?」
「優秀ですね。どのサブオペレーターも操作の際の補助をしてくれて、助かってます」
「ほう、どの、ときたか。複数のパターンがあると気づいていたかな?」
「ええ、たぶん3パターン。ですよね?」
「お見事!大正解だ!」
やはりそうか。
アジダハーカのシミュレーターの担当になって半年程、サブオペレーターには計器や状況確認を行ってもらっている。だからこそ、操作に集中出来るというものだ。
サブオペレーターはいつも同じ機械的音声だが、日によって違う特徴があった。
一つは、アジダハーカ、つまり機体状態に詳しい解説を入れてくるサブオペレーター。
もう一つが、巨大災害の元になった生物に詳しい解説を入れてくるサブオペレーター。
そして最後に、今日の淡々としているが、抑える所はしっかり抑えたサブオペレーター。
ちなみに、初めてシミュレーターを起動したときも、今日のサブオペレーターだった。
「あのサブオペレーターもニワさんが、作ったんですか?」
「…確かに観測機器とモニターの連動を始めとしたOS、オペレーティングシステムの基幹を作成したのは私だが……。そうか!ガズくん、もしかして、サブオペレーターをAI、人工知能だと思っているのではないのかね?」
その質問で察した。
ニワさんの言っている通り、俺は機械的音声から勝手にAIだと思っていた。
「ということは…」
「ああ!あえて言おう。中の人など居る!
操縦中のキミと違い、マニュアルを脇に置いてのサポートだったので、どうしても似たような言い回しになっていたし、シミュレーション環境の差異を減らすため、機械音声に変換をしていたのだよ。
……おや?廊下に手を着いてどうしたんだい?廊下は正常だよ。ちなみに後、徒歩2分程度で三人のサブオペレーターの皆とご対面さ!」
やっちまった…。
一時のテンションで、素の自分が出ていた。
もしかしたら、会社の先輩方だったのかもしれない。
「ああ、ちなみに、シミュレーター内の会話は録音して保管済みで、各所で共有を……おや?床の点検かい?異常は無いよ?」
着替えたのに背中から冷や汗が出てきた。無機質な床は何も答えてくれない。
「ふむ、なんとなく今のキミの心境は察しは付くが、近年は職場でのボーダレス化が叫ばれて久しい。
言葉使いで君を責めるものは居ないと思うよ?むしろ、普段から素で居ることを推奨する。
常に自然体で居る事が、最高の効率を生むのさ。
黒鉄重工創始者の言葉にはこうある。『アーマーパージ!』と」
「ありのままで仕事仲間と向き合え、でしょうか?」
「分かって来たじゃないか!ま、上司権限で命令してもストレスになるし、あくまで推奨レベルさ。年上のお姉さんの助言と思いたまえ。
普段はキチンとした言葉使いだが、操縦席でオラつく、それもまたワタシの好みなのでね!」
こうして、助言なのか性癖開示なのか分からない道中が終わり、一枚の扉の前に来た。
その扉には表札のように『先端重機開発室 室長 黒鉄・ニワ』とある。
ただし、一枚の付箋が貼られていた『室長でなく博士、と呼ぶように』と。
「ああ、これかい?事務に連絡しても修正してくれなくてね。困ったものだ。名刺も自分で発注をかけて使っている。やれやれだ」
「…困ったでしょうね」
事務員さんが。俺が博士と呼んだのも、初対面からニワさんがそう名乗り、名刺にもそうあったからなのだが、何を信用すればいいかよく分からない。
「そこまでのこだわりがあるなら、なぜ、俺には博士と呼ぶな、と言ったのですか?」
「決まっているさ。博士と呼ばれるのは好きだ。だが、身内には親しみを持って呼ばれた方が嬉しいからね!」
「……身内、ですか」
「そうだとも!ちなみに開発室の皆も身内同然さ。なにせ、我が子に等しいアジダハーカを預ける存在だからね!」
『アーマーパージ』が過ぎないか、この人。
これで世界的企業の一部門のトップなのだがら、特異さが際立つ。
「さあ、ロッカーとシミュレータールーム、メディカルチェックの日々にさようなら。
キミの社会人生活第2幕はこれから始まる!準備はいいかい?出来て無くても、今扉は開かれる!扉の認証キーを通したからね!」
「えっ!ちょっと…!」
目の前で開く扉、急いでネクタイを締め直し、頭髪を整える。
室内の様子が分かるよりも先に、背筋を伸ばして上体を30度倒す。
「皆様初めまして!先端重機開発室所属オペレーター、黒鉄・ガズと申します!よろしくお願いいたします!」
顔を上がる。するとそこには……衝立、パーテーションとも呼ばれる目隠しがあった。
「うん、いい挨拶だ。……そして、流石のワタシも、少し申し訳ない気持ちがある。すまない」
今は人が居ない廊下だが普段は人通りもあり、外部秘資料のあるので、念のための出入り口の衝立は必須なのだとか。そう、後から聞いた。
空回りの代償は、会社の常識だった。
「…オペレーターさん、ですか?」
「え?」
澄んだ声に振り向いた。
そこには、衝立の横から顔を出した女の子がいた。
金糸のような艶やかな髪を長く伸ばした、緑色をした大きな瞳の可憐な少女。
女の子、少女、そう思ったのは彼女の服に原因がある。
紺のスカート、赤いリボンのセーラー服、一般的に女子高生の服だろう。
言うまでもなく、今日は平日。しかもここは会社の一室。違和感に脳の処理が遅れていると。
「こちらでは初めまして。私は、アスティリア・クロガネ。サブオペレーター候補生です。よろしくお願いしますね。…ええっと、なんとお呼びすればいいでしょうか?……お兄様?それとも先輩?」
またも、思考を鈍らせるようなことを言われたのだった。




