02.黒鉄・ガズ
あの後、汗を拭き、スーツに着替えた俺はニワさんと廊下を歩いている。ここは初めて来る道だ。
一区画ごとを無機質な自動ドアが区切っている。通る際に認証は要らない。
なぜなら、認証が必要な区画から出ているのだから。
「巨大災害、この脅威に人類が直面してからあまりに日が浅い。そう、僅か30年だ。
ワタシは財閥令嬢らしく、小中高大のエスカレーター式の女学園に入れられたばかりだったかな?」
そして、俺は生まれても居ない。両親は結婚していたのか、それすら分からない。
「そして、やっと人類が対抗出来るようになって20年。
全世界の建設重機特需に我が黒鉄重工は、大いに儲けさせてもらったよ。
恨むかい?」
「いいえ、俺には黒鉄重工に恩しかありません」
「……そう言って貰えると助かるよ」
なぜなら、俺の両親は巨大災害によって死んだ。赤ん坊の頃だ。だから、両親、と言う物を言葉以上に知らない。
赤ん坊の両親の情報も分からない程の被害を受けた地域からの生存者であった俺に、名字をくれた黒鉄重工が親だ。
そして、その黒鉄重工が経営する被災孤児院こそが我が家だ。
それでも、俺は運がいい方だ。
生きていて、赤ん坊の頃に握りしめた布にはガズ、という名前が入っていたのだから。
「就職浪人になろうとしていた俺を、雇ってもらった恩もありますし」
「むしろ我々こそ困惑したのだよ?黒鉄重工の奨学金制度で、返済不要という段階まで優秀な成績を収めた男が他の企業に取られる所だったのだからね」
痛いところを突かれた。確かに、就職してこれまでの恩を返す道もあっただろう。
「それは…」
「これ以上、迷惑は掛けられない?縁故採用は苦手かい?」
「……その考えもありました」
「寂しいことを言ってくれる。黒鉄重工創始者の言葉にはこうある。『今こそ合体の時!』と」
「意味が分かりません」
そう、この企業、ちょっとノリが独特なのだ。
黒鉄重工創始者、その名は黒鉄・ロボ、恐ろしいことに改名したらしい元は鉄蔵。
彼は、幼い頃に見たロボアニメに衝撃を受け、いつか絶対実用的操縦型ロボを作ってやる、とこの企業を作ったそうだ。
社史にもある。残すなよ。建前を立てろ建前を。
「つまり、『仲間と力を合わせ強大な敵に立ち向かえ!』転じて、人を素直に頼りなさい、という教えだ」
「……勉強になります」
拡大解釈が過ぎる。巨大ロボットか。いや、巨大ロボットの話だったな。
ちなみに、孤児院には山のようにロボットアニメの映像媒体があり、自由に視聴できる環境にあった。
俺が操縦席でテンションが上がってしまうの、絶対環境のせいだ。まぁ、見ることを選んだのは俺なのだが。
「君へ伸びる善意の手を振り払うことはしないでくれ」
「それも、創始者の言葉、でしょうか」
「今考えた、素直な言葉さ。…ただ、ワタシもロボット作品は大好きでね!もしかしたら、作中に似たようなセルフがあったかもしれないね!はーっはっはっはー!」
「…そうですね。ありがとうごさいます」
どこか芝居じみたニワさんに、かつて映像の中で見た。ヒーロー達が重なった。
幼い頃に見た鋼の英雄達は、今も俺の中に居る。
そして、折れそうになった時、声が聞こえるのだ。挫けるな、立ち上がれ、勝利はそこだ、と。
それに何度も救われた。
独り立ちに向け、バイトをしている時も。
奨学金の為、勉強に励んでいる時も。
風邪で体調を崩し、誰にも頼れない時にも。
不採用、その言葉を見た時も。
応援は聞こえていたのだ。
名字は黒鉄重工が、名は親が、そして心の芯は鋼の英雄達がくれた。
世間、境遇に恨み憎しみがないと言えばウソになる。だが、それを引きずる事無く、背負って歩けている。
英雄達よ、俺は貴方達に出会った時、俯かず胸を張れるように生きたいと思っています。
だから、まだ憧れてて居てもいいでしょうか?
答えは返って来ないだろう。だから、歩いていこう。時に立ち止まってしまうけど。
「それにしても、ニワさん。廊下、長くないですか?」
「おや、気付いたかね?
巨大生物のコア、あれは構造学のブレイクスルーになってね。
アジダハーカの各所にも応用されている」
「ええっと、廊下となんの関係が?」
「静音性、耐衝撃吸収性の応用実験の話さ。
つまり、廊下区画を三つほど組み替えながらも、歩いているものには悟らせない。
うん、ロールアウトばかりだけど、なかなかだね!この『無限廊下』は!」
「何のためにそんなことを!?」
「いやなに。実験半分、趣味半分さ。廊下での意味深会話シーン、好きだろ?」
「好きですけど…」
納得が出来るかは別問題だ。なんなんだこの時間は。そして、何なんだこの企業は!?
「では、そろそろ職場に行こう!今日は黒鉄重工先端重機開発室の主要メンバーが初めて揃う日だからね!」
なんとも生き生きとした表情にすっかり毒気は抜かれてしまった。
冒頭の話を信じるなら一回り以上年齢が違う筈だが、子供のようにはしゃぐ人だ。
「ところで、ガズくん。途中からなにやら、思い出に浸って居たようだけど、何を思いだしてたんだい?」
「………いや、何も?」




