28.12月の恒例行事。手のひらの残感覚。
あの干潟での実証実験が終わってしばらくの時が経過し、12月になった。
あの後、営業を再開した海鮮料亭でエルさんが喉を鳴らし、ティアさんが本場のスシー、テンプーラの発音で喜んでいた。
ニワさんは料理が来るたびに、俺たちを含めた写真を熱心に撮影していた。本人曰く「これは趣味」とのこと。だが、フェリドゥンが『巨大災害』を撃破したシーンを複数アングルから記録していたのは、見事な職人技だった。
料亭の大将にも自慢げに見せていたのは、少しどうかと思ったが。
それから、整備班でもあるレイさんは、干潟に塩水を含んだ砂にどっぷりなフェリドゥンのオーバーホールを思って、少しだけ元気がなかった。
フェリドゥンの防錆、防塵加工はほぼ完璧らしいが、念のための分解洗浄とパーツチェックが予定表の中で存在感を放っていた。
皆を見ていた俺はといえば、初めて食べる種類の貝類の意外な美味しさに驚いたり、皆の労いや操作への称賛に照れたりと、料亭を堪能した。
手には機体操作の残感覚があり、ほんの少しの高揚があった。
ともかく、初の二足歩行ロボットでの『巨大災害』の討伐。
並びに、その有用性の証明に成功した我ら『黒鉄重工先端重機開発室』一同。
報告書などの作成も終わった昼下がり、一室に集合していた。
「さて、諸君!よく集まってくれた!」
室長であるニワさんの号令に、皆気を引き締める。同時に部屋の明かりが落ちる。
今日ばかりは整備の手も、各所への挨拶回り、操作シミュレーション、OSの見直しと改善活動。全て休止だ。
そう、今から始まるのは……
「では、黒鉄重工恒例、『年末忘年会シーズン前のコンプライアンス研修』を開始する!……ポッチっとな」
研修という名の動画鑑賞が始まった。開発室を立ち上げた時に用意したプロジェクターは、二度目の出番があったらしい。
そして、30分後。動画の再生は終了して、部屋も明るくなった。
「去年と内容は同じだったっすねぇ…」
「そうね。ま、この部署は特に秘密事項は多いから、念を入れてるという実績が必要なんでしょ?」
昨年にはすでに黒鉄重工に在籍していたレイさんとエルさんは慣れたものだ。
特にレイさんはうっすらと目の端に涙…あくびの後だな。整備お疲れ様です。
「ボーネンカイは『クリスマスパーティー』や『ニューイヤーズ・イブ・パーティー』のようなものでいいのですよね、ニワお姉様?」
「ふむ、そうだね。今更ながら、少し国際的な視点が足りなかったね。……意見書はワタシが出しておこう!」
ティアさんとニワさんという腹違いの国際姉妹は、この開発室にまた新しい、グローバルな風を吹き込んでいるようだった。
「では各自、アンケートに回答して終了……おや?ガズくん、顔色が悪くないかい?」
「……いえ、少しトイレに行って来ます」
「ふむ、気を付けて?…では、回答後は各自業務に戻ってくれたまえ」
俺はトイレを恥ずかしがる学生ではない。あまり褒められた事ではないが、多少の恥を掻いても1人になりたい事情があった。個室に籠り、頭を抱える俺。
「……やっちまってる…!」
極小さい声でうめく俺。
そう、先日、エルさんとの飲み会の際に、俺はエルさんの頭を撫でた。
さっきの動画の15分辺り、『親睦の席であっても、過度な身体的接触は相手の尊厳を傷つける行為である』というナレーションが脳内で再生される。
これはコンプライアンス的にセクシャルハラスメントに該当するのでは……!?
約五分の葛藤の後、意を決して、俺はデスクに戻ることにした。
ちなみに今日の予定は、エルさんとの事務作業。……たしか、職場での土下座とかもコンプライアンス違反だったよな…。
「ああ、おかえり、ガズくん」
「た、ただいま戻りました…」
開発室には、すでに2人しか残されていない。
「アンケート、デスクに置いてるから、書き終わったら私の分もまとめてニワさんのデスクにお願い、ね?」
「は、はい…」
…どうする、いきなり謝るのは正しい対応か?なぜやってしまった後の研修はないのだ…!
そんなことを思いながら、席に着く。目を落とすと、そこにあったのは、白紙のアンケートではなくて、エルさんの記入済みアンケートだった。
しかも、自由記入欄には、エルさんの注目マークの代わりの猫付箋が添付されていた。
『私は職場、及びプライベートでハラスメントは受けていません。
異性同性に関わらず、身体的接触があった場合は即座に拒否できる環境で公私ともに良好に過ごしています。
ただ、親愛の元、許可する場合も十分あり得ます』
思わず、エルさんを見た。エルさんはツンとすました顔でキーボードを叩いていた。
「エルさん、あの……」
「ああ、間違ってアンケートに付箋を付けてしまったわ。処分しておいてくれる?…内容、見えても仕方ないから」
「はい…」
「じゃ、そういうことだから」
カタカタカタ、と不自然に速いブラインドタッチの音が開発室に響く。
エルさん、耳、赤いです。




