27.新世界の英雄達へ
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ちぐはぐな部屋だった。
そこには今まさに、巨大蟹を討伐した鋼の英雄が映し出されている。
「うーん。何度見てもイイね!
ちなみに、この後はみんなで泥を被りながら運搬作業をやったり、翌日はうまい海鮮に舌鼓、なんてこともあったのだが、流石に蛇足だろう?とくに、キミ達にとっては、ね?
さて、閑話休題」
無駄話はここまで、とし、その顔から笑みが消えた。
「キミ達を元の健常な身体に戻せるかもしれない、夢の特効薬。その可能性の話に戻ろうか。
残念ながらピュアセロトニンは、人工的に合成することが絶対に不可能なのさ。では、どうやって精製するか?
これにはね、『極限状態における、男女の自然な純愛』が必要不可欠でね」
くす、と自称ドクター黒鉄は喉を鳴らして笑った。
キーボードを叩き、メインモニターに二足歩行兵器『フェリドゥン』の機密仕様書を呼び出す。
そこには、開発コードの真の並びが映し出されていた。
「Fairy Declare Nuptials(妖精結婚宣言)。
これこそが、あの泥だらけの英雄が乗る機体の裏の名前。……そう、あれは巨大災害を倒すための兵器であると同時に、最高に贅沢で命がけの『お見合い会場』なのさ」
赤い眼鏡の奥で、彼女の瞳が冷酷な歓喜に細められた。
「ハザードマテリアルに完全な耐性を持つ、人類唯一の素体。ワタシの可愛い身内、黒鉄・ガズ。
彼を中心に職場恋愛を展開させ、命のやり取りの中で本物の愛を育ませる。その純愛時の脳内から溢れ出る『ピュアセロトニン』こそが、この世界を救う唯一の特効薬になる。
もちろん、当の本人である彼や、可愛いサブオペレーターの彼女『達』には、くれぐれも秘匿された絶対機密だけどね。
ああ、言っておくと、彼の脳髄を取り出してもどうにもならないよ?
ただ、彼らが装着した特殊作業着の一部で汗などの体液は常に収集し、分析は進めているけどね。
健康管理は上司の役目なのさ」
モニターの中の亡霊たちのバイタルが、困惑と怒りで激しく明滅し始める。
かつて世界を数字で支配していた権力者たちが、今や若者の「恋愛感情」という最も不確実なものに、人類の、そして自分たちの命運を握られている。その滑稽さへの感情で。
「キミ達がかつて作った『搾取の仕組み』なんて、もうどこにも残っちゃいない。
これからの世界を支配するのは、データでも権力でもない、若者たちのピュアな恋心さ。ねえ、最高にくだらなくて、最高に素晴らしいと思わないかい?
せいぜい特等席で、彼らの青い春の結末を見守って執着しておくれ、元・支配者諸君」
高額なコーヒーメーカーのスイッチを入れた。
部屋の中に、芳醇な香りが広がり始める。
「今回の定期報告はここまで。
ああ、ついでに今、黒鉄重工では『買い手』を募集していてね。所謂スポンサー募集をしていると告知させてもらおう。
スポンサーにはもちろん、研究成果の優先権が与えられる。
それから、もしワタシになにかあれば……今までの研究は水の泡になってしまうかもしれないね。なぜか。
存分に牽制し合い、残った金を出し合い、寝たきりでも動かせる人脈を総動員することをオススメするよ。無論、ワタシを不快にさせない範囲で、ね?
そして、その対象はワタシだけでは無い。
同僚の皆にも支給した端末から常にバイタルチェックをし、『なにか』起こらないか観測中なのでご承知おきを……。
それじゃあ、次の『災害』が牙を剥き、皆の距離がまた一歩近づくその時まで、どうぞお幸せに」
プチリ、と冷淡な音を立てて通信が切断され、ちぐはぐな部屋に再び静寂が戻った。
部屋の主は、抽出されたコーヒーを口元に運び、香りを楽しむ。
「おっと、そろそろ寝る時間だったね…」
そして、名残惜しそうに、それを捨てた。眼鏡を外す。眼鏡の下は、年の割りに幼くも見えた。
「……母も厄介な遺産を残してくれた。
誰かの目に触れる前にワタシが把握出来たことは僥倖。
『彼ら』を使った牽制、いつまで持つか。……人の知りたいという欲求を、生きたいという欲求で牽制する。まったく、悪魔か、ワタシは……。今日はもう、思考を止めよう」
部屋に眼鏡を置いて、真っ直ぐ扉へ向かう。扉の先は、寝室だった。
そこは暖色で統一され、柔らかそうなベッドと枕、いくつかのぬいぐるみ達が鎮座している。
その部屋の住民の視線を外れたところで着替え、ベッドに横になった。
「……はぁー、ダルっ……つかれたー」
大きなため息は、毛布に吸い込まれる。
暖房の駆動音だけがしばらく響いた後、枕元の携帯を弄る。開くアプリは写真の保存フォルダだ。
指の動きに合わせて、思い出を巡る。
「……ふふっ…」
そこに自分は映っていない。映っているのは、同僚達だ。ガズであり、サブオペレーターの彼女達。
料理と一緒だったり、フェリドゥンの前ではしゃいでいたりする。
「……さて、明日の出社が楽しみだ。…キミ達……」
その日の黒鉄・ニワの最大の計算違いは、携帯端末の充電忘れであった。
翌日、携帯端末を充電器に繋ぎっぱなしなことを弄られることを、眠りについた部屋の主は知らない。




