25.両足八足、大脚二足、横行自在
各種調整を終え、俺とエルさんはそれぞれの操縦席で待機していた。
出現予測時刻まで間もなく、すでに巨大災害の前触れの影響で通信も繋がらない。
『……さすがに、緊張するわね』
「ああ、気軽に、とは言えないけど、強ばらずにいこう」
エルさんからの通信。
オペレーター同士の通信は緊張を解すために積極的に行おう、とはニワさんの言葉。
運用実験第二回。実験といっても、実戦である。しかも、フェリドゥン形態での初実戦。
機体のバランサーとなっているエルさんは、今、見知らぬ土地で立ち、まだ見ぬ脅威を待っているようなものだ。
加えて、足下は干潟で不安定。沈まないのは、現在地が陸よりだからだ。
「そうだ。干潟の生き物について、また教えてもらっていいか?」
『…ええ、いいわよ。
まずは貝類。干潟に多いのは二枚貝かしら。砂泥の中に潜り、入水管を出して水中のプランクトンなどを食べてるの。
貝類が巨大災害になってくれれば、討伐はかなり楽ね。大きさの関係で砂に潜れないし、通常重機でも対応可能なくらい』
緊張を解すための話題だったが、もくろみ通り、流暢に語ってくれた。
貝類の巨大災害については、ニワさんの講座でも出た話だった。人類が初めて研究材料と出来た巨大災害だ。
『魚類だと、ハゼの仲間ね。ムツゴロウ、トビハゼ。陸上でジャンプしたり胸ビレで歩いたりするの。可愛いのよ。食べると美味しいし。
どちらもハゼなのだけど、ムツゴロウは脂ののって旨みが濃いのに対して、トビハゼは上品で淡白な白身なの。
前者はかば焼き、後者は唐揚げなんかがおすすめかしら』
「それは食べてみたいな」
『いい状態のものが入荷した時は、要チェックね』
魚好きのエルさんにとって、可愛くて食べられない、とはならないようだ。可愛いと美味しいは相反するものではなく、どちらも美点になるのだろう。
ちなみに、魚類は今まで『巨大災害』として確認されて居ない。
今回が初遭遇案件となったら、世界を揺るがすことになるかもしれにない。
というのも、海上は巨大災害がおらず、安全を確保されているという前提で、今の世界経済は回っている。そこが脅かされるとなれば、黒鉄重工の重機輸出体制も危ういのだ。
『つい、職務外の話を…。いえ、少し緊張が解れたわ、ありがとう、ガズくん』
「どういたしまして…っと!」
『来たわね…!』
俺の意図がバレたところで、視界にノイズが走った。巨大災害出現の兆候である。
再び緊張が走ったが、この場合は先ほどまでの強ばりに近い、過度の緊張ではない。
むしろ、パフォーマンスを上げる適度な緊張である。
『バランサーユニットより、オペレーターへ。巨大災害、出現間近!』
「了解!」
ノイズが視界を一瞬、全て覆った。
それは干潟に居た。
『……ヤマトオサガニ』
エルさんが零したその名前は、事前に確認しておいた生物の名前であった。
本来、指で掴める程度の小さな干潟の住人。
特徴的なのは、長く突き出た眼。眼、天を差すとは、まさにだ。
天敵である鳥から隠れるため、干潟の泥の色と同化する暗い緑色の体色だが、今は大きすぎて周囲に溶け込むことはできないだろう。そして、天敵も居まい。
甲殻類。海洋付近に現れる巨大生物としては有名どころだ。
中でもカニは、被害も出やすい。巨大生物と化したカニは、そのはさみで容易く鉄筋すら挟み切るのだ。
――ジジジッ!
カニは鳴かない。しかし、鳴る。その硬い関節の駆動の摩擦音で。
そして、多脚軌道は驚くほど早い。一瞬視界から消える程に。
『「右!」』
巨大蟹は半円の軌道でフェリドゥンに迫る。
それに対して、フェリドゥンが見せた動きは左足を軸足を中心とした、武道の動きに似た半回転運動。
反応出来たのは、事前に要注意生物として、カニの動きを予習していたからだ。
半歩退いたことで、ハサミの射程からも外れる。
『前進があるわ!』
「了解!」
カニは横に動く。そんな常識がある。しかし、それは形状に対して最も効率がいいから選択しているだけであって、縦に動けない、という縛りはない。右側から、ハサミが迫る。
「だが、鈍い!右、超油圧クローブレーカ!」
『了解!クロー展開!』
二足型フェリドゥンには、重機型アジダハーカにはなかった強みがある。それは、間合いの概念。
アジダハーカでは、地面固定のため、とっさの回避が出来ない。
しかし、二足歩行、つまり人間の動きが出来るフェリドゥンはそれが出来る。
そして、相手の攻撃に合わせ、間合いを詰め、反撃に出ることも。
フェリドゥンには、人類誕生より磨かれたきた格闘の概念があるのだ。
「よく聞きやがれ、巨大災害!俺達がお前の天敵だ!」
巨大災害への対抗。体格差により蹂躙され、重機械への騎乗において防げるようになった。
そして、今日、ロボットと共に反抗は開始する!
『クロー固定!引き抜くわよ!』
「了解!腰部、脚部、再移動!せいぜいあわ食ってろ!巨大蟹!」
そして、巨大蟹のハサミは、その身から引き抜かれた。




