23.飲み会
テーブルにはエルさんのオススメセットが並んで居た。
アジの活け作りに、たことキュウリとわかめの酢の物、ホタテと鮭のグラタンだ。
店に入る前から聞いていたのはシチューだったが、活け作りは、残った頭などを後であら汁にしてもらえるらしく、汁物かぶりを避け、シチューではなくグラタンを選択していた。
どれもシェア出来るものであり、取り皿も合わせて置かれている。
「活け作り、怖いって言う人もいるけど、このお店の刺身の味を知ってると、先においしそうが来るのよね。だから、近くで頼まれると少し悔しい思いもあったわ」
「だったら、協力できてよかった。
それにしても、刻みショウガや小口ネギ、柚の皮や塩なんかもお皿の縁に並んでるな」
「色々試しましょ?」
「だな」
先ほど、ほぼ勘違いという事が分かったものの、念のためにカレシの演技は続けることにした。
途中で止めたら格好つかない、という思惑が主になっているのは言わない約束だ。
「まずはそのまま、醤油だけで…。…油が乗ってて美味い…!」
「魚の油にはショウガとネギが合うわ。青魚のクセが消えて、風味豊かになるの。……うん、おいしいわ」
それにしてもアジは、刺身でも焼いても、勿論フライでも、うまい。そつなくこなす万能選手だ。
「そして、ここでお酒を飲めばいいのかしら?」
「味の濃いものの直後がいいらしいな?」
対して、俺とエルさんはお酒に関しては初心者もいいところだった。
携帯端末で調べ、初心者オススメだったスパークリング日本酒がこの店にもあったので、その小瓶を二人で注文した。
「じゃあ、一口……冷たくて甘い、それに炭酸飲料よりも弱いけど、確かに刺激があるな…」
氷を詰め込んだグラスに注いでいたものを飲むと、と果実のような甘さと華やかな香りが口に広がった。
アルコールには苦手意識があったが、なるほど、これは飲みやすい。
「……私は、これでもまだ濃いみたい……水を足して飲むわ…」
「俺が飲もうか?」
「ううん、大丈夫。…香りは好きよ?でも、でも口に含んだ瞬間に中が熱くなる感じがするの…」
「無理するなよ?」
「ええ、ありがとう…」
結局、エルさんはお酒と水が1:1程度でおいしく飲めることが分かった。
酢の物で箸休めしつつ、刺身を味わっていった。途中からは誰から何を言われるまでもなく、一口食べて、一口飲む、というリズムが完成していた事。
そのリズムがエルさんと重なった時には、お互いに顔を合わせて笑った。
「あ、このグラタンもうまいな」
「でしょ?」
なぜか誇らしげなエルさん。そんな彼女に見られながら食べる。
「鮭に含まれるイノシン酸という旨み成分が、牛乳のグルタミン酸と組み合わされてるわ。さらにそこにホタテの旨み成分コハク酸も加わってるの。つまり組み合わせが最強ね」
「つまり、俺とエル、それに『アイツ』か」
「そうね。今日は大変だったけど、三位一体で頑張ったわね、私達」
普段より少しだけ饒舌なエルさん。その頬はほんのり赤く、俺も顔が熱いのを感じていた。
冷たい飲み物が心地いい。
「ああ、そうだ。…基本事項がすっかり抜け落ちていたわ」
「基本事項?」
抜け落ちたもの……なにか書類に見落としでもあっただろうか。あまり考えがまとまらない。湯気の中で、先を見通しているようだった。
「……乾杯」
「ああ、乾杯」
どの料理も半分ほど食べた後の乾杯。初歩的なの見落としだった。
責めるものも居ない、初心者同士、飲み会はしばらく続いた。
やがて、料理もなくなりかけた頃、エルさんはポツリと話し始めた。
「私はね、切り替えがうまい方だったの。
今日みたいに、少し怖くても高い所から降りれるように。
でも、大学時代、生き物が好きで、生物学を専攻してたのに、実験が始まるとなんか違うな、って思ったら、授業に積極的に参加出来なくなっちゃった」
居酒屋の喧噪で、隣に居る俺以外には聞こえないような声量。
返事やアドバイスを期待してないような、呟きだった。
「それでも、卒業できる分の単位は効率よくこなして、就職に役立ちそうな資格は取ってたの。
でも、人付き合いはダメだったわ。苦手になりかけてた生物学をしっかりやってるみんなが眩しくてね」
苦笑混じりの言葉。この弱音をこぼせる相手が、居なかったのかもしれない。そんな想像が頭に浮かんだ。
「ロボットアニメ。
見つけたのは、何かの特典で無料だったサブスクの中。機械の動物と、それのパートナーの話。
見たきっかけは、正直、現実逃避だったわ。
機械の動物なら、血も流れないし、強い子達なら人間にも捕まらないかも、なんてね。
でも、その作品の中で、その世界の中で、彼らは生きてたの。
気付けば応援して、最後まで見て、関連作品まで見て、立派なオタクの完成。
大学時代の人付き合いの時間を全部注ぎ込んでやったわ」
同じ苦笑なのに、どことなく晴れやかだった。
「今の会社を受けたのも、それがきっかけ。日本で一番、実用的搭乗型ロボットに近い会社。
その一員になったの。事務員だけどね。でも、私に『あの』適性があると分かって……ま、色々合って、今に至ります」
お酒が入ってても、社名も、具体的用語も出していない。やっぱり、しっかりしている先輩だった。
俺はといえば、まだ少しボーッとしていた。
思考と行動が繋がらないような、理性が薄くなったような、眠いのに起きて居たいような。
「頑張りましたね…エルさん…」
そんな事を言いながら、隣の彼女の頭を撫でた。
「……まったく、今日は許すわ。…無礼講、というのでしょう?」
「…そうですね……」
「飲み会、って楽しかったのね。それに、みんなでの食事会とも少し違うわ」
「違うかもですね…」
「水、頼むわね?」
「お願いします…」
この後、水を何杯も飲んだ俺は、意識がはっきりしてきて、平謝りをすることになるのだが、この時の俺は妙に手に馴染む撫で心地の気持ちよさに身を任せていた。
さらに付け加えるなら、俺は酔っても記憶は飛ばないらしく、エルさんを見る度に、その感触を度々思い出すことになるのだった。




