22.居酒屋にて
「やっせーーーい!」
「「「「しゃーーーせーー!」」」」
威勢の良い挨拶が俺達を迎える。
居酒屋 魚政には、頭のワックスの違和感が取れない程、短時間でたどり着いた。
「居るわ、ガズくん。カウンターの中、調理しているようね…」
「…そうか」
店の規模は仕入れた情報よりも広く感じた。雰囲気も確かにいい。
大きなカウンターの中では、件の人物含む、数人の従業員が調理を続けている。
それを囲むように、ネクタイを外した赤ら顔の中高年が隣の席の者と談笑していた。
テーブル席では、若い男女の組み合わせや、女性同士の組み合わせも見られる。幅広い層に支持されている店のようだった。
「ご来店、ありがとうございます!今ならカウンター席もテーブル席も、どちらでもすぐにご案内できますよ!」
接客担当の女性店員にすぐ声を掛けられる。俺では無く、エルさんに席種を聞いてきた。
そう言えば、いつものクセで半歩後ろに着いていたからだろうな。
カップルと見られてるか疑問である。
「二名、席はテーブル席でお願いします」
「ありがとうございまーす!テーブル席ですねっ!では、奥のテーブルへご案内いたします!足元お気をつけてどうぞーっ!」
テーブル席に向かう際、件の人物の前を通りかかる。『セージ』の名札を確認した。
今は、魚を捌いてるようで、こちらの視線に気付いた様子はない。真面目に仕事をしてるようにしか見えないな。
エルさんも、横目で確認したようだが、動揺は見えない。
そのまま通り過ぎて席に着いた。案内されたのは、壁際の四人掛けのテーブル席、奥側にエルさん、対面を避け通路側に座った。
「当店のご注文は、こちらのタブレットから簡単に操作していただけます!
また、お店のご利用案内やおすすめメニューは、そちらの冊子に詳しくまとめております!
ぜひご覧になってみてください!よろしくお願いいたしまーす!」
お冷やとおしぼりを置いて、店員が去った。
エルさんは迷うこと無く、充電器からタブレットを取り外し、操作をしていく。
人数の再確認や、成人済みの欄にチェックを入れ、運転者の有無などの備考欄も埋めていく、実に手慣れている。流石常連。
「関心してるようだけど『普段の機械』からすれば、操作難度は段違いよ?」
「そう言えばそうですね」
「………」
笑顔なのに、無言の圧があった。
「…そうだな、エル」
「ええ、そうでしょ?…あ、そう言えば、この座り方じゃガズくんが、店内の様子が見えないわね。私の隣に来る?」
「そうだな、エル」
YESマンという単語が頭に浮かんだ。俺は席を移動して、隣に並ぶことにした。
エルさんは細く、隣に並んで座っても、密着することはない。
「注文はどうする?一通り見てみる?」
「エルのオススメでいい。俺は冊子を見てるよ」
「わかったわ。…二人なら、今まで躊躇してた活け作りが頼めるかしら…。今日はテーブルでスペースもあるし…。あとづくりのあら汁、興味深いわね…」
豪華な夕飯になりそうだ。ごちそうになるのが、少し申し訳ない。
タブレットに写る魚の写真やその調理例に目を輝かせる姿に、存在しない猫耳と尻尾を幻視した。
「じゃあ、冊子を…」
表題に『初めてご来店の方へ』と書かれ、ラミネート加工された冊子をめくりながら、時折、エルさんや『セージ』へ目を向ける。
しかし、変わった様子はない。
冊子の内容だが、エルさんの言葉を借りれば、『普段の機械』のマニュアルからすれば情報量が段違いだ。
店の歴史や、季節ごとの旬のお魚の解説、後は各種サービスなどを確認して……。
「ん?」
「……まさか、『奴』?」
俺の呟きに、エルさんのタブレットを操作する手が止まった。しかし、視線はタブレットに向いたままだ。真剣そのものだが、
「いや…もしかして、なんだが……」
「お待たせしましたー!お通しの刺身です!こっちは、本日レディースデー特典の一口ポテサラ!おいしかったら、タブレットから大きいサイズの注文できますよ!
あ、それから、特定のSNSアカウウントからの投稿でもらえるクーポンもあるんで、ご協力頂けると有難いですっ!
詳しくは、その冊子にもかいていあるんで、よろしくお願いします!」
店員さんはテキパキと離れていった。
俺は、冊子をその場に置き、レディースデーの特典案内や、SNS連動キャンペーン等が書かれたページを指した。エルさんは無言でそれを読む。
「もしかして、さっきの『今日はテーブルで』って言葉からすると、いつもはカウンターで一人で?」
「…そうよ」
「話、掛けられるんじゃないか…?」
「……そうかも」
先ほど幻視した猫耳と尻尾は、見事に垂れ下がった。
「……あまり得意じゃ無いけど、一杯だけ、お酒、頼んでいいかしら?」
「付き合うよ、エル」
カップル作戦、お通し程度で終わったのだが、今晩は付き合うことにした。
まだ飲んでないのに赤ら顔の先輩に、後輩として。




