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ことぶき荘の聖域管理人 〜若返った最強おじいちゃんは、掃除ついでに世界を救う〜  作者: 渡部安恵
第2

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11/25

地球滅亡まで、あと7日

【NASA:ゴダード宇宙飛行センターの戦慄】


 その日、メリーランド州グリーンベルトにあるNASAゴダード宇宙飛行センター内の「地球近傍天体研究センター|《CNEOS》」は、文字通りのパニックに陥っていました。


「……何かの間違いだ。全システムをリブートしろ。光学観測とレーダー測定の結果が一致するはずがない!」


 センター長のアーサー博士は、メインモニターに映し出された数値を見て、額から滴る汗を拭うことさえ忘れていました。


 ことの始まりは、ハワイの自動観測システム『パンスターズ』が火星軌道付近で捉えた、あり得ないほどの「高輝度」な反応でした。当初は超新星爆発か、あるいは火星の衛星フォボスの崩壊が疑われましたが、深宇宙通信網ディープスペースネットワークが捉えたデータは、より不気味な事実を突きつけました。


「博士、質量計算が出ました。推定直径、約12キロメートル。材質は……不明です。反射率アルベドが異常に低く、光を吸い込んでいる。にもかかわらず、その外縁部からは数万度の高熱が観測されています!」


 若き女性解析官の悲鳴に近い報告が響きます。


「もっとおかしいのは軌道です!自然界の天体なら、重力相互作用に従って公転軌道を描くはずです。しかし、この『物体』は火星の重力を無視し、地球に向かって直線的に『加速』しています」


 アーサー博士の背筋に冷たいものが走りました。

 天文学の常識では、これほどの質量を持つ天体が突如として真空中に「出現」し、しかも推進力さえ持たずに加速することはあり得ません。


「……現在速度は?」

「時速22万キロ。刻一刻と上がっています。衝突までの猶予は……あと7日。誤差は30分以内です」


 アーサー博士は、自席の後ろにあるホワイトハウス直通の赤い電話を見つめました。

 かつて、恐竜を絶滅させたチクシュルーブ衝突体は直径約10キロ。今、モニターに映る「漆黒の星」は、それを上回る規模です。


「迎撃のシミュレーションを回せ。核弾頭の多段階同時着弾で、軌道を逸らせる可能性は?」

「……0%です。対象の密度が未知数すぎます。物理攻撃を仕掛けたとしても、そのまま質量が地球に降り注ぐだけです。……博士、これは『隕石』ではありません。宇宙規模の弾丸です」


 管制室の巨大スクリーンに、予測衝突地点のシミュレーションが映し出されました。

 赤い着弾予測地点が、北半球の東端――日本列島の中心部を無慈悲に指し示しています。


「全データにロックをかけろ。いや、無理か……これだけ巨大なら、アマチュアの望遠鏡でも数時間以内に捉えられる。隠し通せるレベルじゃない」


 博士は椅子に深く沈み込みました。

 宇宙の神秘を愛し、空を見上げ続けてきた彼が、人生で初めて「空を見るのが恐ろしい」と感じた瞬間でした。

 人類が数千年の歴史で積み上げてきた「科学」という物差しが、目の前の漆黒の岩塊を前にして、ただの折れた木の枝のように無力であることを、NASAの精鋭たちは思い知らされていたのです。



@@@



【JAXA:筑波宇宙センターの静かな絶望】

 茨城県つくば市。最新の衛星追跡技術と宇宙探査の粋を集めた宇宙航空研究開発機構《JAXA》の心臓部、筑波宇宙センターの運用管制室は、不気味なほどの静寂に包まれていました。


 NASAからの緊急報を受けて数分後、JAXA独自の観測網――美星スペースガードセンターの望遠鏡がその「物体」を捉えたとき、技術者たちは言葉を失いました。


「……光学観測、再確認終了。誤差修正は完了しています。物体の反射特性はカーボン系小惑星に似ていますが、中心部の熱源分布が異常です。まるで『内部で核反応が起きている』かのように、超高温の赤外線シグネチャーを放出しています」


 解析担当の若き研究員の声は、かすかに震えていました。


「所長、軌道要素の計算結果が出ました。……これは、あり得ません」


 差し出されたタブレット端末を、白髪の所長が手にとりました。そこに表示されていたのは、物理法則に対する「冒涜」とも言えるデータでした。


・物体名称:指定なし(仮称:PX-01)

・推定直径:12.4km

・現在位置:火星軌道近傍

・移動速度:秒速約65km(現在も加速中)

・衝突予測地点:日本、関東平野(東京都心部を中心とする半径50km圏内)


「……重力摂動の影響を全く受けていない。まるで、最初から『そこ』へ向けて発射された質量弾だ」


 所長が絞り出すように言いました。JAXAがこれまでに蓄積してきた小惑星探査機『はやぶさ』や『はやぶさ2』の知見によれば、天体は太陽や惑星の重力に縛られ、複雑な楕円軌道を描くものです。しかし、この物体はすべての天体の重力をあざ笑うかのように、最短距離で地球へと「シュート」されていました。


「所長、内閣危機管理センターより直通ラインです。……『迎撃は可能か』と」


 通信担当官の問いに、所長は力なく首を振りました。


「無理だ。直径12キロ。落着時の衝撃エネルギーは、広島型原爆の数十億倍に相当する。地殻津波が発生し、日本列島は文字通り粉砕されるだろう。……仮に全ての『H3ロケット』に核弾頭を積んで発射したところで、山を動かそうとする羽虫のようなものだ」


 管制室の巨大モニターには、地球へと刻一刻と近づく「黒い点」が映し出されています。数日前まで、JAXAの使命は「未知なる宇宙への探究」でした。しかし今、彼らの目の前にあるのは、探究の対象ではなく、一週間後に人類という種の歴史に終止符を打つ「究極の死神」でした。


「広報部へ連絡。……公式声明のドラフトを作成しろ。隠し通せる時間は、あと3時間もない。アマチュアの天文家たちが、もうこの『異常な光』に気づき始めているはずだ」


 所長は、静かにモニターから目を逸らしました。筑波の窓外に広がる青い空が、昨日までとは全く違う、冷酷な空間に見えていました。

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