12.スライムの謎行動
ヴィスランティ家から管理所までの帰りは、途中道路の渋滞があって行きよりも時間がかかった。けれども夕方前には帰り着けたし、帰りの道中も子どもたちはわきゃわきゃ楽しげにしていたので問題なし。
職員寮の駐車場で待っていてくれた保護者の胸に飛び込んでいく子どもたち。
これで今日の私の任務は無事完了。
私もゆっくりしたいと思うのに、どうして所長に睨まれているんだろう。その隣にいるリーダーは肩を竦めて笑うだけ。
「その顔は知ってるな?」
「……」
魔魚かな? 魔魚だろうな。魔魚のことに違いない。
「とにかく来い」
「はい」
そこから所長を追って着いたのは、私が入院するとチビが鎮座する拓けた場所。
職員さんが何人もいてチビもぷかぷか浮いていた。
「リリカ、おかえりー」
「ただい……えええええっ!?」
大規模な採集隊のキャンプ地などで使われる大きい仮設プールに、チビの顔の大きさの魔魚が何匹も泳いでいた。なにこのデカさ。それに一匹じゃない。
……うわぁ、鱗が、キレイ、だ、……なー。
「気軽にもらうな」
現実逃避しかけたら所長にそう言われたけれど、チビと私が知ったときは、すでにフクロウたちが泉に持ってきた後のこと。不可抗力だとゴニョゴニョと反論した私もチビも悪くないと思う。
それにフクロウたちの義理堅さは並大抵じゃない。フクロウたちが直接所長のところに持ってきたとしても受け取らざるを得なかったと思うし、ダラダラと続く所長の言葉は聞けば聞くほど八つ当たりだと思ってしまった。けれど強く反論もできなくて、リーダーと並んで神妙に聞き流した。
所長は言いたいだけ言って建物に戻っていった。
魔魚の解体をしていた研究職員と調理班の人たちが「とばっちりだなー」と労ってくれる。
「素材を市場に出すなら獲った場所を書かないとならないからなあ」
「どう考えても奥のダム湖だろうからそう書けばいいだけだと思うけど、腹黒いのに変なところで真面目なんだよなー」
「この魔魚のサイズだと、どう考えてもダム湖以外にありえないけどな」
「書いたら書いたで魔魚の捕獲依頼が来るかもしれねぇから、書きたくねぇのもあるだろ」
「それはあるな」
「この魔魚は骨も素材になるしな」
ついこの前もフクロウたちから狩った魔獣をもらっていて、出すに出せないイチゴちゃんの脱皮の毛皮もある。市場に出しにくい素材が続いていることに所長も悩んではいるのだろうが、それで私たちに愚痴愚痴言われても解決策は出てこない。
オパールとフクロウたちが森に還ろうとしている事情の詳らかな背景まで知る者は多くない。所長はそれを知る私やリーダーに愚痴りやすいんだろう。それがわかるからリーダーと私は所長の八つ当たり的な愚痴も仕方ないかと流すことにした。
私が帰り着くまでに魔魚の外見観察調査は終わっていて、人が食べても問題ないことも確認済み。それでこれから解体するという。討伐班からも助っ人がやってきた。
鱗と骨は宝飾加工素材として売れるので丁寧に取り、研究用に保管する分も別途確保。内臓は即死するような毒ではないものの毒性があるので丁寧に取り除いて専用の廃棄箱に分別。身もきれいに洗う。
何か手伝おうかと思ったものの、私がまだミニコンサート用のシャツを着たままだったことと、解体作業員として集められた職員数が足りているからと、初めて見る魔魚の見学に徹させてもらえた。先輩方の優しさに感謝!
頭の部分の鱗は色が薄いため廃棄らしく、それならともらうことにした。キィちゃんのアクセサリー作りの素材としてストックしたい。
コイが大きく横に太ったような姿だろうか。その他に似ている魚が思いつかないけれど、とにかくデカい。捌かれた身は白く、触らせてもらったら弾力はヘビ肉に近い感じがした。
「でもヘビ肉よりも淡泊つーか、旨味もなくはないんだがぼんやりしてるっつーか。そんな肉だ」
魔魚に分類されるから魚肉になるはずなのに肉質は爬虫類系のようで、美味しくないわけではなく、とにかく淡白なので味付け次第だと調理長が教えてくれた。解体する職員さん、討伐班の方々からも濃い目のソースの声があがる。
この魔魚は定期的な漁獲量が確保できないため一般流通させにくい。栄養価が高いので討伐などで捕れると臨時の補給として重宝されるそうだ。私も実は知らなかった。
「おすすめの調理はありますか?」
「無難なのは唐揚げだなあ」
職員用食堂の献立で唐揚げとして提供となるらしく、それはそれで楽しみ。
私といったら味噌と醤というイメージが付いてしまい、調理長から「味噌焼きや醤の味付けでいい感じのものができたらメニュー提供してくれ」と頼まれ、大きな半身を渡された。重い! 半身のさらに半分にしてほしいとお願いしたけれど、まだまだ数多くいる魔魚。よし、まずは醤で甘ダレ焼きにしてみよう。
職員寮の食堂で処理しきれそうにないけれど、管理所には大食漢のチビがいる。無駄なことにはならないだろう。
リーダーは切り落とされた尾から身の部分を削ぐように取り、ミンチ肉みたいになった肉も持って帰った。今夜はテントではなく職員寮にちゃんと帰ってメイリンさんと時間を過ごすようだ。
「チビも今のうちに何匹か確保してもらう?」
「ここに持ってくる前に弱っていたデカい三匹を証拠隠滅済み!」
もう食べていた。しかも巨大なものを三匹は食べ過ぎでは?
「もったいなかったからさー。流石にお腹重たい。明日は食べなくていっかなー」
「そっかー。トーマスに言っとくね」
これ以上あったのか、とみんな苦笑いだった。
職員寮の駐車場に置いておいた浮遊バイクまで戻り、椅子の下の収納から作業服を取り出して前は締めずに羽織る。まだ真夏ではないのでミニコンサートのときのシャツ姿のまま浮遊バイクを走らせると風が寒く感じてしまう。風邪は引きたくない。
山小屋に帰ったら遊び回る妖獣たちの担当だったシード先輩がいて、ニヤリとした笑顔だった。
「ミニコンサートお疲れ! 所長とリーダーには会ったか?」
「はい。一緒に所長の愚痴を聞きました」
「ははは!」
「シード先輩も魔魚いりますか? 大きい半身もらってきたので」
「ある」
そう言って人一人は入れそうなバカデカイ保冷ボックスを開けて見せてくれたのは私がもらってきたものより小ぶりだけど、なかなかの大きさの魔魚が一匹入っていた。証拠隠滅はチビが食べた三匹だけじゃなかった。フクロウたちは本当に何匹獲ったのよ!?
「この魔魚が大繁殖していたなら緊急討伐だった。フクロウたちがこれだけ獲ってくれたのは感謝しかない」
シード先輩が落とした言葉は所長の愚痴からは聞かされなかったことで、この魔魚の危険性がどれほどかわかっていない私はすぐにピンと来なかった。
「この魔魚でも大繁殖の恐慌襲撃はあるんですか?」
「ある。漁業船や水上遊覧船を敵とみなして沈められちまうし、人は食われちまう」
これまで身近に魔魚が生息する場所で生きていなかったこともあり、気を引き締めてシード先輩に習う。
「フクロウたちが獲ったのはダム湖で間違いないだろう。あのダム湖まで人が立ち入ることは滅多にないが、ダム湖の生態系が壊れて食い物がなくなり、共食いが始まると魔魚の死骸が散乱して汚れた水が川に流れ出す。そうすると川が汚染されて川の生態系が変わり、周辺の草木にも影響が出ちまう。そうなったら自然浄化に頼ると何十年もかかっちまう問題にもなる。どうやらオパールたちに近い経験があって魔魚を獲ろうと言い出したみたいだ」
「食べたいで獲ったではなく」
「ああ。オパールたちが獲ってと言ったからフクロウたちは食べたいんだと思ったそうだ。さっきまでキィがいてな、魔魚の数が数だろ? 驚いてオパールたちに聞き取りに行ってくれて教えてくれた。すまんが何かアクセサリー作ってやってくれないか」
「何か考えます!」
だいぶ森の奥にいるらしいオパールとフクロウたち。これから棲む場が平穏であるように見回っている中で、ダム湖の異変に気がついたのだろう。全滅させてもいけないが、このままでは大繁殖して恐慌襲撃になりかねない。とにかく魔魚を獲った。
人と接点がない妖獣なら焼き尽くすなり、埋めるなりして終わりとなるところ、オパールとフクロウたちは人と暮らした時間が長く、魔魚の鱗と骨が素材になるのを知っていた。そして身は人が食べても問題のないことも知っていたことで、人にあげれば無駄にしないだろうと考えてくれたのだ。前に理性をなくした魔獣を狩ったときも同じ流れだった。
キィちゃんもシャーヤランの森を守っている妖獣ではある。けれど、仮に魔獣などを狩っても人に提供することはない。長く人と接点を持っていても妖獣それぞれだなと思う。
「所長がここにきたときはキィもいてくれたからキィからも言ってくれたんだが、結局は愚痴られたか」
「気軽にもらうな、と」
「それは俺も言われた」
クックックッと笑うシード先輩。「次があったら所長に直接贈呈するよう仕向けようぜ」とまったく気にしていなかった。
「ブチブチ言いながら鱗や骨は回収して身は食う。矛盾に葛藤して俺らに八つ当たりされてもな」
「たしかに」
チビが管理所まで戻ってきたときは、フクロウ二号がまだ泉にいてシード先輩に説明していたところだったという。すぐにリーダーに連絡して所長にも繋がったが、フクロウ二号はすぐに森の奥に戻ってしまい、入れ違いでキィちゃんが来た。魔魚の多さに森の異変に気づけなかったことを悔しがり、オパールとフクロウたちのところにすぐに飛び、詳細を聞き取ってきてシード先輩に追加の共有。
その間、チビは泉に構築されていた異能の簡易生簀を引き取って、恐らく移動させるんだろうな~と生簀を維持していたそうだ。そのときに弱っていた三匹の魔魚を証拠隠滅。
所長とリーダー、素材回収班の数名が泉にやってきて、仮設プールへの移動となった際に、シード先輩が一番小さい一匹を保冷ボックスに入れているのは見られたけれど、何も咎められなかったという。シード先輩、強い。
「これと同じくらい小さいのをリーダーとサリーとニットのところには運搬済みだ。ルシアはいらんとさ」
「え? リーダー、さっきももらってましたよ?」
「コイツ淡泊なくせに栄養あるからな。筋肉にいいんだよ」
筋肉にいいのか……。
「あの、これの鱗はどうしますか? もしもらえるならきれいなところを数枚もらえませんか?」
「おう、明日全部持ってきてやるよ。キィのアクセサリーの素材だろ?」
「はい。よかった。さっき頭のあたりの色味の薄いのはもらえたんですが、他の鱗は素材回収班預かりになったので」
「リーダーとサリーとニットも持ってくると思うぞ?」
「そんなにいらないんですが~」
「ははは!」
魔魚の鱗を加工の仕方から学ばないとならないが、アクセサリーづくりはそこそこ楽しいのでキィちゃんとも相談しよう。
「王子妃殿下はまあまあ元気そうだったってな。チビもホッとしてた」
「はい。コンサートを本当に楽しんでくださって。楽しくて興奮していたのもあると思いますが、とてもお元気そうでした」
チビがミニコンサートのことをシード先輩に話していた。
お座りになっていたリクライニングから身を乗り出すようにしていた王子妃殿下。反動で疲れていないといいけれど、とにかく無事に終わってよかった。
夕方なのに遊び回る組の妖獣たちが戻っていないことに気づき、どうしているのかと思えば、討伐班からの助っ人の方々と一緒に遊んでいるという。山小屋の裏手から行くルートの崖下の沢につながる川で川下り大会と聞き、まだ水が冷たいのに大丈夫だろうか。
「俺が離れるときは討伐班のやつらは即席のボートを作って楽しんでた。仮設の簡易プールと湯沸かし機の魔導具も持ってきててさ。遊ぶ気満々だったし、俺は魔魚で呼ばれちまったし、任せてきた」
「さすが討伐班」
ナムナ地区の森まで巡回に出ていた討伐班のチームが戻ってきて、次の任務までの訓練にもなると妖獣世話班の助っ人として参加してくれている。妖獣世話班としてはありがたい。妖獣を追いかけ回し、ときに追いかけ回されるのは確かに訓練と言えば訓練かもしれない。そこにも魔魚は配給されたという。総計何十匹だったんだろう。もう考えないことにした。
「そうだ、班の情報共有のところに書き込んだがまだ見てないだろ? 一つ共有がある。サリーから報告があった一匹な、妖獣に聞き取りした。相棒に隠して怪我の痛みを緩和する時間が欲しくて仮眠に来てた。骨が変形しちまってて、体を作り直す決断もできなくて数年経っている」
「サリー先輩が飛び方が傾いているって言ってた妖獣ですね。怪我の治癒がうまくできなかったってことですね」
「ああ。相棒さんが転んだのを咄嗟に庇って折れちまったが、とにかく相棒さんのことを優先したらうまく治癒しきれなかったんだとさ。相棒さんが高齢でな。相棒を見送るまではあのまま過ごすって言うから、あと数日ここにいるがそっとしておいてやってくれ。痛みはないってことだし、一応提案した手術もしないってなった」
「わかりました」
異能があっても妖獣も万能な生き物ではない。構築した体はこの世界の生き物に準じて、血も出るし、骨も折れる。治癒に異能を使うにも他のことに気を取られると乱れて、うまく治癒できないことがある。それが預かった妖獣の一匹に起きていた。
こういうケースは多くはない。私は管理所に採用されて初めて直面した。
預かった妖獣の行動を見て、何かおかしいと気づいて声をかけるようにしているけれど、解決してあげられることはとても少ない。
「そういや見かけねぇって言ってたスライムだが、いつものように草並べてるぞ?」
「帰ってますか?」
「俺が来たときはもういたな」
「ちょっと見てきます」
長々と玄関前で立ち話をしていたけれど、シード先輩に言われて山小屋に入れば、草を干す場として占拠されているリビングの一画にスライムが鎮座していた。草は並べ終わっているようで、近づいたらフヨンと揺れた。
「久しぶりに会う気がする」
気づくと草が並んでいたり、並べられていた草が消えていたり、寝床にしているボウルの位置が変わっていたから、山小屋に戻ってきているのはわかったけど、ちょっと前に私が質問攻めにしたから避けられたと思ってた。
「ん? これネダヤラリじゃない」
他地域に比べて暖かなシャーヤランだけど、その暖かさの気候のなかでも冬になれば枯れてしまう草が多くあり、今時期は謎茶の材料になる草が少ない。それでなのかスライムはネダヤラリばかり干していたのに、今日はこれまで見たことがない草がある。ネダヤラリはギザギザした葉が特徴で私も覚えたけど、ざっと見ると数種類の草がある。暖かくなってきたから謎茶用の草が生え始めたのかな?
ペチペチペチペチペチペチペチッ!
急にスライムが体の一部を細くして床を高速で叩き始めた。なに? と思ったら、スライムがミョーンと伸びてきたところにあったのは魔魚の半身をぶつ切りにしてもらって入れてきた袋。氷袋も入れてきたので水が滴っていた。
「わっ! 拭かなきゃ!」
保冷庫にどうにかこうにか魔魚の半身を詰めるようにして仕舞い、もらってきた鱗はスライムの寝床ではないボウルにザルを重ねて水に浸す。後でもう一度洗おう。
水が滴った床を拭こうと雑巾を手にしたら、スライムがシンクの上まで這い上がってきた。なんだろうかとじっと見守っていると、鱗の入ったボウルを眺めるような形に変化した。
鱗に興味があるらしい。
私は床を拭いてこよう。
「何の音だ?」
「なにしてんの~?」
シード先輩が何かの音が聞こえて山小屋に入ってきてくれた。
チビも魔魚の解体作業は一段落したと山小屋に来てくれて、リビングからウッドデッキに出る窓から中を覗いて、床を拭いている私を見て首を傾げている。
「床に水を零してスライムに怒られて」
「いつものことだな」
「はい」
「で、スライムは何してんだ?」
「鱗をボウルに入れたんですが、それを見ているようです」
「魔魚の?」
「はい」
シード先輩が少し考えて外に置いてある保冷ボックスを取りに行き、玄関先で魔魚を出してスライムに向かってぶら下げて見せた。
「鱗が気になるのか?」
スライムが高速移動して玄関にいるシード先輩の下に行く。魔魚に向かって背伸びするように姿を変形させてじっくり見ようとしているけれど、どこに目があるのやら。
シード先輩が魔魚の比較的大きい鱗を一枚剥がしてスライムの手前に置いた。
スライムはすぐに形を変え、床に置かれた鱗を凝視しているような、そんな雰囲気だ。
「なんだろうな?」
「わかりません」
このスライムは美醜感覚がある。花瓶のような入れ物を作って花を飾ってくれたことがあるから、鱗がきれいだなと思っている?
それとも食べる?
いや、多分違う。このスライムは何でも食べると言えば食べるけれど好物は果物類。それに食べるなら考え込まずにさっさと包みこんでしまう。
数秒してスライムがその一枚の鱗を包みこんだので、まさか食べるのかと思ったら、床をズルズルと這って移動し始めた。その先にあるのは洗面所と風呂場と苔部屋だ。
見守る私とシード先輩。チビは山小屋の中で何が起きているのか見えないけれど、私とシード先輩の様子をじっと見ている。
スライムは苔部屋の前で止まり、体内から鱗を出して扉の前に鱗を置いた。
……鱗を、置いた?
「!?」
「???」
カーラさんが見たという苔部屋の前に佇むスライムをようやく私も見ることになったが、魔魚の鱗はどういう意味?
「……なんの黒魔術が行われようとしているんだ?」
「……シード先輩、現実逃避しないでください」
「ねえねえ、オレっちさ~、塒に帰ってもいい~?」
チビ待って、ちょっと待って。見えてないからわかってないと思うけど、私とシード先輩が混乱しているから、もう少しいてくれないかな!
評価や感想などを頂戴できましたら、執筆の励みになります。
引き続き、どうぞよろしくお願い申し上げます。
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