03.相変わらずの浮かれ食い
チビの式典デビューに陛下登場で大フィーバーした昨年の真夏。管理所での妖獣預かり数は歴代最多の記録を更新し、この数は早々超えないだろうと思われていたのはあの夏が終わる前まで。
年の区切りにあっけなく超えた。
チビのサプライズコンサートを成功させて、歌を発売すると告知のチラシまで作り、その後にやらなくても売れるだろうに各報道局に宣伝映像まで流して大々的に宣伝。そりゃ騒動になる。
サプライズコンサートが終わる前から覚悟して準備し、管理所だけでなく領主館も街の商会・組合・商店もあわせて全員で大騒動になると諦めの境地を超えた覚悟で臨んだ年明け。この予想は外れることなく、どんなに忙しくてもそれを当たり前としてこなしている日々だ。
「さあ、口の中のものを出しなさい! 出さないと痺れ辛子を鼻に突っ込むよ!」
サリー先輩、それだと虐待です。
でも、サリー先輩がむんずと捕まえているセイのような魚の姿に近い妖獣が、口の左右に自分の体と同じくらい大きい頬袋を作ってまで肉を頬張っている。目がランランと輝いていて、『浮かれ食い』のヒャッホー状態からまだ帰ってこない。
そして私がヘッドロックして捕まえているヤギの姿に似た妖獣も同じで、頬の形を変えてまで肉を頬張らなくていい。鮮血滴るスプラッターな肉でいいなら明日もあげるから、帰る前にもあげるから、今消化できるだけ食べて、あとは口から出そうか。
「ンー! ンー! ンー!」
「離してほしいなら口から肉出そうね。痺れ辛子の刑は嫌でしょう?」
「ンー! ンー! ンー!」
「嫌なら、はいっ、出す!」
「ンー!」
ジタバタと嫌がる妖獣たちのせいで、サリー先輩も私も牧場の従業員さんたちもほぼ全身に血を浴びてしまっている。防水機能のある作業着を着ているから直に血まみれではないが、座り込んだ床は血の海。べっちょりと真っ赤っ赤。私の横にはまだ半分ほど姿を保ってる肉の塊がある現場。慣れない人が見たら卒倒する光景かもしれないなとちらっと思いつつ、実は人はそんな簡単に気絶しないし、卒倒しないこともこの餌場で知った。
ただ九割の確率で吐く。
腹を裂かれて臓物が飛び出し、血臭が充満した場所に慣れている人は多くない。
「おえええっ」
「ごふっ」
やっぱり。
餌場の隅っこに蹲っている二人が使い物にならないことは予想済み。
サリー先輩とトーマス、牧場の従業員さんたちもチラッとそちらを見たが、浮かれ食いしている妖獣の説得が先なので無視する。
「まったく助っ人にならなかったな」
「そうですね」
私のすぐ近くにいた牧場の大ベテランの従業員さんがこそっと耳打ちしてきたので、同じく小さい声で返した。
年明けから妖獣預かりもパンクすることは予想されていて、妖獣世話班の助っ人勤務が組まれた。
妖獣がチビに会いたがる。
「妖獣がコンサートするなんざ前代未聞だ!」
「よくやったなぁ」
などを言いに。
この予想は領主館の職員さんを相棒にしているツバメの姿に似た妖獣からの助言だった。
「面白かったことは直接言いたいじゃない」
徹夜語りの最後にそう助言されたのを今はありがたいと思っている。
牧場と食肉加工所の従業員さんたちは、妖獣世話班への助っ人勤務の指示が出る前から朝の餌やりの協力を申し出てくれて泣くほど助かっている。ここが一番人員配置に困る場所だからだ。
仮説妖獣仮眠所と管理所の仮眠室の掃除は、管理所と職員寮の清掃を請け負っている清掃班が助けてくれることになった。
遊び回りたい妖獣の見守り監視兼遊ばれ役は管理所の内勤職員の半分くらいが来たんじゃないだろうか。
「少々な、気の緩みがある職員が増えた気がしてならん。その篩もすることにした」
管理所の上層部面々が揃っている場に妖獣世話班全員と討伐班で巡回に出動していない職員も呼ばれて、なんだろうと思いながら聞いていたら、所長がニコニコとそう宣った。所長代理もニコニコしていた。
──妖獣世話班は遊んでいるだけだ。
──討伐班は森を散歩して仕事をサボっているに違いない。
そんなことを聞いて「だったら代わってくれないかな?」と思ったのは正直な話。
討伐班の定期巡回の際に魔獣に遭遇して討伐するのは年に数回あればいいのは事実だが、だからって森でサボっていると想像する人の頭の中がおかしいと思ってしまった。
ついこの前、巡回中に怪我をした職員が出たばかりで、そうやって巡回してくれているから森の奥の魔獣が人の生活圏に出てこないし、感知装置の点検もしっかりやってもらえているのに、なんてことを言うんだと憤りも覚えた。
「チビとオニキスも巡回してくれているだろう? 魔獣は妖獣が蹴散らしているから討伐班は遊んでいるんだろうって勘違いされてんだろうさ」
「チビとオニキスが請け負っているのは巡回ルートでは行きにくい奥地の奥地で、討伐班と話し合って任務場所の住み分けしてるっていうのに。それに妖獣に頼り切ってはいけないってことを忘れているのね」
討伐班の副班長さんの諦めた言葉に、上層部の一人として出席していたペニンダさんがため息を吐いて応えていた。
妖獣世話班への言葉も不定期的に出てくることだという。
ここは正直に言いたい。遊び回る妖獣たちに確かに遊ばれているが、だったら代わってくれないか。
「遊んでいるっていうならいつだって代わってやるんだが」
「ああ、そうしたら研究の時間が増えて助かる」
「ほんとね。私たち『兼務』なのよね~」
「妖獣と関わっているのは嫌いじゃないけど、研究が細切れになるしさー」
「一度も手助けにきたことがない人に限ってそう言うよね」
「……」
先輩たちは上層部の前で正直だった。私は言っていいのか悪いのかと先輩たちの顔を伺って発言できなかったけれど、部長さんが「僻みもあるんだろう」と肩を竦めて教えてくれた。
リーダーと私の存在が妖獣世話班全体に影響している部分もあるようだった。
妖獣の相棒に選ばれることに憧れる人は多い。
妖獣の相棒だからと目立つ役目を与えられる機会があるのは事実で、人前に立つ役目を羨ましいと思うのだろう。
本音を言えば私は目立ちたくない。目立ちたくなかった。けれど、チビと生きると決めた以上、目立たない人生は終わりを告げたので、そこは少しずつ受け入れていっている。なかなか心はついてこないけれど。
チビが歌うことで娯楽という世界に足を突っ込んだのもあるのだろう。
遊んでいる。そうかもしれない。
けれどそんなことを言ったら歌手や役者さんも全員遊んでいることにならないだろうか?
チビのサプライズコンサートは管理所と領主館共同の仕事として実施した。歌の発売も管理所の仕事としてやっていくことになっている。チビの歌のおかげで発生する利益を見込み、管理所と領主館の全職員にも労いの臨時手当も出た。
恩恵は受けて文句は言う。それを思ったらムカツク話だと思った。
上層部面々がいい笑顔で怒ってくれているのはそういう部分もあるんだろう。改めてここはいい職場だと思った。
愚痴を言っていたのは二人。
それを聞いて諌めきれず曖昧に流されてしまったのが二人。
その場にいて怒った一人が自分の上司にすぐさま報告した。
曖昧に流された二人は上司からの注意で気づき、自ら妖獣世話班と討伐班の手伝いを申し出て『禊』は済んでいる。
けれど愚痴を発した二人は上司の前だけの反省で、心からの反省がないと判断された。
それが餌場で吐いているあの二人。
吐くなら外で吐いてほしかった。後始末を自分たちでやっていけと言いたい。
リーダーが初日から毎日のように「使えない者を寄越さないでほしい」と抗議して、あの二人の朝の餌やり助っ人は今日で終わりと聞いている。
結局、吐瀉物を自分たちで片付けもしないで這って出ていった。誰が掃除すると思ってるんだ。
ヘッドロックしていた妖獣が諦めて口の中の肉をボタボタと出したので、パパオの葉を差し出した。酷いと言われようが私もあと数秒で痺れ辛子の葉を口の隙間に押し込むところだった。落ち着いてくれて何より。
「……聞いてはいたが容赦ない」
「君は明日もいるでしょ? 明日も新鮮な肉を用意するから。浮かれて食べすぎてあとでのたうち回るのも嫌でしょ? 昼か夕方に食べたくなったら言ってくれたらどうにかするから、ね?」
『浮かれ食い』しているときの恍惚とした表情が消えて反省の雰囲気があるから、この妖獣は大丈夫だろう。パパオの葉を差し出したら渋々と食べてくれた。
よし、この一匹は理性が戻った!
「ンボッ! ボアアアアアアーッ! かーらーいー!」
「あ、やっと出した」
サリー先輩は痺れ辛子の刑を実行するしかなかったようで、妖獣の悲鳴があがった。鼻に突っ込むと脅しつつ、流石に鼻に突っ込まずに固く閉じた口の隙間に無理やり押し込んだようだけど、サリー先輩は私以上に容赦がない。
落ち着いて肉を貪っている妖獣たちが「大人しく食べればいいって言ったろー」など冷ややかな声をかけてくるが、何匹かがせっせと肉の塊を持ち帰ろうとしているので、腐るでしょと止める。妖獣の異能の収納能力を持ってしても鮮度は保てない。落ち着いて食べているように見えるけど、少しだけ理性がぶっ飛んじゃってるね。みんな落ち着こう。
「こんなに残っているのに」
「もったいないよ」
「大丈夫、残らないから。このあとチビとオニキスが食べるから」
「……俺たちいつから残飯処理係になった?」
「気にしない、気にしない。いっぱい食べれるし!」
チビとオニキスの大食漢に助けられる毎日だ。
「たべおわったよーじゅーはこっちだよー!」
「こっちー!」
可愛い声に振り返ったら、ゴードンとヘンリーがいた。妖獣の体の水洗い係は僕の役目だと言って手伝ってくれるのはいいのだが、何度も思うがあの歳で二人ともスプラッターな肉の塊を見ても血臭もへっちゃらなのはどうなのか。牧場の次代は明るいね。
水洗いだけでいい妖獣はホースでジャバジャバ水をかけるだけ。
毛のある妖獣は血汚れ用の鉱石と薬草から作った洗剤をつけてブラシで洗う。ゴードンは洗剤を水に溶いて用意して、小さい妖獣が寄ってきたらブラシで洗ってあげる係。
ヘンリーはパパオの葉を妖獣たちに一枚一枚差し出して、「おなかはだいしょーふれちゅかー」と確認している。少々舌っ足らずで若干言えてないのが微笑ましい。
楽そうに見えて血汚れ洗いのあの場ではお湯が使えない。お湯だと血が固まってしまうからだ。餌場の空調は低めに設定されているので真夏のシャーヤランでも水洗いの作業は冷たくてきついのに、今できるお手伝いはこれくらいだからと毎朝やってきて、やり続けているゴードンは本当にえらい。お兄ちゃんの姿を見て真似っ子で頑張るヘンリーもえらい。彼らの後ろには今日もクララさんがいる。お風呂の用意も万全だろう。
妖獣の数が多くて朝の餌やりの人数は増強中。
妖獣世話班から最低二人と牧場の従業員五人から多いときは八人が鮮血滴る餌場を担当。助っ人勤務シフトで管理所内勤職員も来てくれるが、スプラッター現場が苦手な人に無理強いはできないのであまり人数は多くない。
浮かれ食いする妖獣の数が多い日は全員で血の海を走り回り、肉の塊の中に潜り込んでいく妖獣を引っ張り出したり、ここのところ大人しく食べてくれる朝が少ない。
外や別棟で野菜や果物を食べる妖獣たちの世話をしてくれているのは、職員寮に留まっている引退した高齢のご夫婦の方々。それから普段は牧場の食肉加工場で働いている人たちが餌やり終了後の掃除のお手伝いに来てくれる。
「……やっと捕まえた!」
「ピュー!」
「噴くほど血を飲むんじゃない! ここで腸詰め作らない! あとで加工場から調達してあげるから!」
私の背後ではミダリーヌさんが肉の塊の臓物の中から、テナガザルに似た妖獣を引っ張り出していた。口からピューピューと血を噴き出しているけど、いったいどれだけ飲んだんだ。
ミダリーヌさんが妖獣の餌やりに立ち会うようになった初日から数日間は浮かれ食いする妖獣がおらず平和だったが、浮かれ食いする妖獣の対応を見たときは呆気にとられていた。臓物の中に潜り込んでいく妖獣を引っ張り出すのに、躊躇いなく臓物に突っ込んでいくリーダーや牧場の従業員さんたち。ヘッドシザースのような体勢で妖獣を抑え込み、痺れ辛子を口の隙間に突っ込んでいた私。
ただ、ミダリーヌさんの適応力は高かった。そうするものなのだと理解し、こっそり肉を仕舞い込もうとする妖獣にも目を光らせてくれるようになった。
朝の妖獣の餌やりにはミダリーヌさんが一途に愛を捧げるユゲルノさんがいるから、張り切っている気がしないでもない。
なんとなくだがミダリーヌさんの健気さに負けて、ユゲルノさんから白旗が上がりそうな気配がしている。みんな知らないふりしているけれど、心の中でニヤニヤしてしまう朝でもある。
ゴードンとクララさんが洗剤を溶いた桶を並べて用意してくれたので、血まみれの小型妖獣をそこに運べば、わしゃわしゃと洗ってくれるのは討伐隊勤務経験がある高齢のお爺ちゃん二人。
「お前さんは昨日もだったな。明日も浮かれたら痺れ辛子の風呂に浸けるぞ?」
「だって今日の昼には帰るんだもん……」
「そうか。だからって食い過ぎはいかんだろ? さ、顔を洗ってしまおう。ほれ、目を瞑れ」
ミダリーヌさんが捕まえた妖獣はスプラッター新鮮な肉は十数年ぶりと言っていた。
各地にある管理所や妖獣預かりを実施している軍基地のすべてが、シャーヤランのように新鮮な肉の提供ができる体制とはなっていない。スプラッターな食事ができるのは全国五ヶ所。そのうち事前予約しなくても食べられるのはシャーヤランだけだ。同一敷地内に牧場があるのがシャーヤランだけなので、他は預かり予約時に申請して餌となる動物の用意となるので少々手間がかかり、預かり費用も加算になってしまう。
妖獣の大半は基本が肉食。
セイのように野菜に振り切った食事を好む妖獣のほうが少ない。
都市部住まいの人を相棒にすると加工処理された鮮肉パックは手に入れられるけれど、鮮血滴る生肉の用意はなかなか難しい。
「チビー、オニキスー、残りを平らげてくれないかー」
「待ってたー!」
「俺はそこまで食えねぇぞ?」
トーマスの声に小躍りして肉に食らいつくチビと、やれやれといった風情でオニキスも齧り付いた。血溜まりしか残らないように食べ尽くしてね。
順番に水を浴びて血を落とす妖獣たち。
「よし、俺たちもシャワーだ。リリカ、あとで離れな」
「はい、お願いします」
浮かれ食いしていた妖獣たちを報告書にまとめないとならないので、牧場の従業員さんたちが記憶していることを聞き出さないとならない。
トーマスが餌場を掃除してくれる人たちに引き継ぎをする声を聞きながら、ミダリーヌさんとともに餌場をあとにする。防水加工が施された作業服を着て動き回ったので汗だくだ。
「今日もお疲れ。シャワーの前に、ホラ、飲んでからだよ」
「ありがとうございます」
食肉加工場のおばさんたちが餌場の掃除の前に、私とミダリーヌさんのびっしょりの作業服を引っ張り脱がせてくれた。血が付いているので、掃除のときにざっと水洗いしてから専用の洗濯機に放り込んでくれる。
差し出されたのはレモンより酸っぱい柑橘水。顔のパーツが全部真ん中に寄るんじゃないかとなる酸っぱさだが、筋肉疲労の回復にいい。
「外でね、浮かれかけたのが一匹いたって」
「え? 外でですか?」
「大丈夫だよ。すぐに落ち着いたらしい。あとでうちのジイさんどもが報告行くから」
「わかりました!」
「ゆっくり浴びといで」
野菜や果物を食べる妖獣で浮かれ食いはあまり起きず、昨日まで報告がなかったので、今朝飛び込みでやって来た妖獣だろうか?
その後、シャワーを浴び終えて妖獣の餌やりを助けてくれた人たちが牧場の離れに集まってくれて、それぞれから状況と対応を聞き取った。
外で浮かれ食いになりかけた妖獣は、やっぱり早朝に飛び込みで預かりとなった妖獣で、食べることへ浮かれたわけではなく、相棒がやっとまとまった日数で休めることが嬉しくて、舞い上がって若干浮かれ食いを起こし、浮かれ食いは早々に落ち着いたものの踊り飽きるまで見守ったと報告された。
「管理所も忙しいが、領主館も休みがないだろうなあ」
妖獣の相棒さんは領主館で緑連豆の利用促進に携わる部署におられる方だった。
なぜみんな一斉に私を見るのか。
「フィーバーしたなあ」
「ほんとになあ」
牧場の従業員さんたちも達観気味。
私もこんなに緑連豆がフィーバーすると思わなかった。
部下を順番に休ませ、ようやくご自身も連休が取れるようになったのだとか。
妖獣がウキウキと話したことも共有してくれたけど、聞けば聞くほど緑連豆の有効活用メニューの言い出しっぺとして、少し申し訳ない気持ちになった。
なお、相棒さんがガッツリ寝ている間、邪魔にならないよう、森を遊び回ろうとやってきたなんて朝の受付時には聞いてない。
午後の遊び回り担当は私。
「頑張れよ」
「生きて帰ってこいよ」
緑連豆の破棄回避となる策に貢献しているはずなのに、この罪悪感と処刑台に向かうような気持ちになるのはなぜだろう。
午後、疲労困憊になることを覚悟した報告会だった。
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