02.やる気スイッチ
コロンボンさんはまだ昼食を食べてないと言い、持ってきた惣菜弁当を食べ出したのでお茶を入れ直した。
「あれ? この茶?」
「すみません、苦手でしたか? 他の茶葉もあるので淹れ直します」
「違う違う、これシシダで飲んだのに似てる」
「あ、そうです。緑茶を焙じたやつです」
コロンボンさんが「緑茶を焙じてるのか」とごくごく飲むので、喉も渇いていたようだ。水分補給は大事。どんどん飲んでください。
「食べながらでごめんな。昨日の会議、あのあとどうなったのか教えてくれないか。端末見る暇なくて……って言い訳ですまん。本当に毎日出動要請に振り回されてて、見なきゃいけねぇのも溜まってるのはわかってんだけど、今やらなきゃいけないことだけ聞いて対処するので精一杯でさ」
「物凄く溜まってそう」
「未読件数が四桁超えちまった」
そこまで溜めたら、見ないで消してもいいような気がしないでもない。
「警備隊の方々が離席したあとに出たのは、やるとなったときの費用の話だけだ。コロンボンはそういう議題が出たことだけ認識しておけばいい」
「やるのは決定?」
「いえ。今がこんな状況ですからね。上も無理に押し進めようとはしませんよ」
「いや、俺個人としてはやりてぇし、……でも、今の警備でやれんのかって本気で葛藤してる」
ラワンさんがコロンボンさんに説明してくれた。
昨日の会議の議題は『チビのサプライズコンサート第二弾及び第三弾』。
シシダやその他のコンサートしてくれ要請先にシビアな回答を突きつけている一方で、シャーヤランではまたやる気。対応差が酷いけれど、管理所でチビのサプライズコンサートをやろうとなっている面々は「チビがここにいる利点を最大限に活かして何が悪い」と開き直っている。
チビも歌いたい気持ちはあるので「事故が起きないようにやろう?」である。
私は開き直れない。
開き直れないが、初めてのサプライズコンサートを実現させるとなった頃から、第二弾、第三弾の計画は話し合われていて、今さらでもある。
第二弾は春に行われる祈願祭で話し合われてきた。祈願祭は作物が無事に育ちますようにと願う祭りで、おもにナムナなどの農耕地域で行われる。日取りも同日一斉ではなく、各地のその春の作付け開始後の善き日なのでバラバラだ。
街中のイベントばかりではなく、食を支える農業関係者を労うイベントはできないだろうか? と言う声があがり、ナムナの祈願祭に合わせてチビの出動計画を組み込めないかと議論になっていた。シャーヤランのすべての地域を回るのも現実的には難しいので、どうしても主要な街になってしまうのは仕方ない。
第三弾は時期不明。開催スタイル案だけ出ていて、領都上空を旋回して行う空中ステージの計画。王族や軍の大規模な式典などで登場する空中ステージを、チビのコンサートに流用できないかと言い出したのは領主様だ。
会議室にいたほぼ全員が、「機材どうすんだ? 」「費用は?」だった。機材が手配できて、費用面の問題がクリアされるならやる気らしい。
昨日の議題はナムナでのサプライズコンサートを本当にやるのか、見送るのかだった。
ナムナもごった返している観光客で毎日小さい揉め事が起きているために、それがネックだとして慎重な意見が多数。対策などが講じられないか協議しようとしたときに、街から出動支援要請が入り、会議に出席していた警備隊員だけでなく、警備隊長さん、副隊長さんも出動してしまって会議はうやむやな形で終わってしまった。
「議事録に残らない言葉として『この春は無理なんじゃないか』とは言ってましたね」
「誰が?」
「所長です」
腹黒さなら管理所イチと思われる所長は面白いことも好きだが、それはそれ。しっかり今の状況を把握して、農耕地でチビのコンサートをするなら、秋の収穫祭や来年の春でも遅くないと考えている。
この春と言ったら今だ。すぐに動かないとならない。もうシャーヤランの各地では作付け開始していて、作付けが一段落したら祈願祭になってしまう。時間的にも無理だろうと言っていた。
今はみんな興奮しすぎなんだと思う。
チビのサプライズコンサートをすることで、チビの歌発売直後の興奮をさらに加速させるわけにもいかない。
ラワンさんがコロンボンさんに警備隊が不在になったあとの会議のことを伝えていたら、チビが戻ってきた。うん、きれいにしてきたね。
「ねっ! ねっ! ねっ! ねっ!」
「わっ! こら! 待て! 待てってー!」
チビがコロンボンさんの背を鼻先でトントンと軽く押す仕草に見えても人には大きな衝撃で、コロンボンさんはイスとともにテーブルに倒れかけ、それとともにテーブルも揺れ、慌ててカップを手に避難した。
「チービー、コロンボンさん、まだ食べてるからー」
「早く食べよ?」
「だったら押さない!」
コロンボンさんは食べていた弁当を手に立ち、ラワンさんが自分が飲んでいたカップとコロンボンさんのカップを持って立ち、私も自分が飲んでいたカップを手に立ち上がったので、ひとまず惨事は回避。
チビが「ごめんね?」と首を傾げて言うけど、これから話し合うことが楽しみで仕方ないのか鼻歌が止まらない。
三人して苦笑い。
座り直してコロンボンさんは残っていた弁当をかきこむように食べるが、忙しくて食事もままならないと言っていたのでゆっくり食べてほしかった。あとでチビをしっかり叱ろう。
三人のカップはほとんど飲み干していたので、これから話し合いになるし、もう一度お茶を淹れようとウッドデッキからリビングに入る窓を開けたら、床一面に草が並んでいた。さっきお茶を淹れに入ったときはなかったのに、いつの間に……。
「スーラーイームー、ここには並べないでって何回言ったかなー」
パッと見渡す範囲にスライムの姿はない。しかし、草がきっちり並んでいるのでどこかにはいる。
仕方なく靴を履き直して玄関に回った。玄関から台所の床に草を並べることはない。
ウッドデッキに出られる窓までの草を退かしてしまおうかと考えたが、スライムを怒らせると面倒くさくなる。
取っ手付きのカゴに茶葉の缶やインスタントコーヒーのスティック袋などと、焼き菓子、干し魚のつまみ類なども一緒に入れて、ポットを持って玄関から移動。
「リリカさん、トイレ借りても?」
「どうぞ。すみません、玄関で靴を脱いでください。それと、草はそのままで……」
「ぶはっ! これがネダヤラリなのか。へぇ」
コロンボンさんがトイレを借りたいと玄関に回ってきて、ブーツを脱ぎながら床に並べられている草を見て吹き出した。
床に整然と並んでいるのはネダヤラリという魔草。お茶にするには不向きな草で、謎茶用ではない。
ここ最近スライムはこればかり乾燥させている。ネダヤラリは不思議な魔草で、瑞々しいままだと緑臭くて食べようにも苦くて有効活用できないのに、カラカラに乾燥させてから水出しすると、無臭のとろみのあるローションになる。効用は肌ケアによい。とくに日焼け対策。
──もしかして、肌に気を使え……ってことじゃない?
そこそこ溜まった乾燥ネダヤラリをどうするかモラさんに相談したら、乾燥ネダヤラリといったらローションだろうと言われて、スライムにも肌ケアを気にされていると大笑いされた。
あっという間に「スライムがリリカの無頓着さに呆れてローションを作った」として話は広がり、余波でアビーさんとベリア大先輩に懇々と「肌ケアとは」の説教を受ける羽目になった。
スライムにも無言で美容を説かれるようになった私。ケアしてないわけではないのだが、人並みかと言われると目が泳ぐ。
乾燥ネダヤラリからできるローションのいい点は無臭。妖獣世話班の仕事上、匂いのある化粧品類はだめ。スライムがどこかから採ってきて乾燥させてくれるので費用もゼロ。
トウマにも「どんどん使えばいい」とため息を吐かれ、水出しするのが面倒なときの予備だと、ベリア大先輩謹製のローションとクリームをプレゼントされた。おそらくベリア大先輩に捕まって私のことを聞かされ、買わされたのだろう。喜んでいいのか微妙な気持ちになったのは言うまでもない。
コロンボンさんがトイレから戻り、カップも新しくしてカゴから好きなものを淹れて飲んでください方式に切り替えた。
私は引き続き焙じた茶葉でいいかと思いつつ、二人が何を選ぶか見ていたら、ラワンさんとコロンボンさんはインスタントコーヒーを選んだので、それならと豆とドリッパーなどを持ってきた。たまに私も挽いた豆からコーヒーを飲みたくなるので買ってしまうのだが、普段はお茶ばかりでコーヒー豆の減りは遅い。劣化してしまう前に消費してくれるならありがたい。山小屋は妖獣世話班の休憩所として利用があるため、多少の経費補助もあり、飲み物類くらいなら私の懐が大きく痛まない。むしろたまに誰かが置いていくのでたまっていく一方。
よし、今日はコーヒーに切り替えよう。
たまたま残っていただけだが、ジンジャークッキーがちょうど合う。
「ふー。さて、ヴィスランティ家でのミニコンサートな」
「わっしょーい!」
チビはなんの掛け声なのか。それでもチビが喜ぶ理由はわからないでもない。
内々でシシダでミニコンサートをやろうと画策していたけれど、あの顛末でチビもへそを曲げてやらないと決めてしまい、チビも楽しみがなくなって凹んでいたのだ。そこに降って湧いたヴィスランティ家でのミニコンサート開催のお伺い。
チビは最初、シシダみたいなことになるんじゃないかと訝しがっていたけれど、きっちり理由と背景を聞いて実現できる内容とわかったら、小躍りしたくらい喜んだ。今も絶賛踊っている。
「こっち来る前に隊長に話してきたけど、ラワンの采配でいいとよ」
「そこは根回ししておきました」
「マジ助かった。今すぐ取りまとめ役やれって言われても頭がついていかねぇ」
「ねっねっ、コロンボンも楽器隊でいられる? いられる?」
「ああ、演奏できるぞ」
「やったねー!」
ヴィスランティ家でのミニコンサート。非公式のことで、観客は近々シャーヤランにいらっしゃる王子殿下ご夫妻だ。
年が明けて正式に王子殿下ご夫妻のシャーヤラン訪問が発表された。理由は王子妃殿下の療養。発表を受けてから記憶を探ったが、確かにこの一年くらいの報道で王子妃殿下のお姿をお見かけしていなかった。公務をお休みされている理由は勝手にご出産後の育児だと思っていたのだが、お体を悪くされていたなんて想像もできなかった。
だってチビと一緒になって楽しんでおられた陛下たちからまったくそんな素振りもなく、画面越しにお会いした王子殿下からも何も察せず。
驚いてポカーンとしてしまったけれど、気取られないよう隠し切らねばならないことはある。
民の不安を煽らない。
陛下たちやお付きの方々の口の堅さに感服してしまった。
王子妃殿下の療養先はいくつか選定され、冬と言いながら暖房いらずのシャーヤランが選ばれた。ただし真夏の暑さは堪えるので、初夏までに回復が見込めなければ別の場所に移動される。
シャーヤランが選ばれた理由は気候もあるけれど、巨大竜チビに会える機会があればというご要望があったからとも聞いた。
そして、王子妃殿下の病の詳細は伏せられているのでお聞きできないが、元気づけられないかという打診だった。
王子妃殿下の療養受け入れ先は侯爵家のヴィスファストだが、実際お使いになるのはヴィスランティ家のお屋敷。ジュニオル様が王子妃殿下の療養関係の采配責任者で、王子殿下とも随分密に連絡を取り合ってチビのミニコンサートの打診となった。
決定までの紆余曲折は私にはわからないけれど、非公式にヴィスランティ家でのチビのミニコンサートをするのはもう決定事項。
規模もそこまで大きくなくていいが、子どもダンサーズは数人ほしいらしい。
「この前は連れて行く子どもの選定が一番難しい、という話の途中で終わっちまったんだよな」
「ええ、侯爵家のユリアンヌ様は決定ですが、何人が妥当か」
「チビ、ジュニオル様はあの庭のどのあたりを整備するって仰ってるの? 何人くらい踊れるスペース取れるのかな?」
「んー、花壇の配置を変えるって、けっこう大きいことやりだしたけど」
「大きい?」
チビ曰く、ジュニオル様が私を娘として迎え入れる準備だと言って、庭の大改造し始めているのだという。貴族社会だと女主人の好みに合わせて前庭や主庭をガラリと変えると知識ではわかっているけれど、その当事者になっているとわかったら恥ずかしさが突き抜けた。
「リリカはどういう花が好きなのかと聞かれたから、『苔』って答えといた」
苔だらけの主庭。
私は楽しいけれど、貴族のお屋敷としてどうなんだ。シュールすぎる。
ラワンさん、コロンボンさん、笑いすぎです。
ジュニオル様が苔だらけにしようと暴走しても、ヴィスランティ家の家令ヨーダさんがしっかり手綱は握っているはずだ。
「ふふふ、失礼しました。あの御方ならやりかねないと思ったら面白くて」
「トウマ、怒鳴るだろうな」
「二人して面白がらないでください」
二人とも私がヴィスランティ家に嫁ぐのは既定路線で、苔だらけの庭を想像しているけど話を戻しましょう!
「じゃ、お屋敷のバルコニーに近いところはもう整備済みってことか」
「うん。歩くところと花壇の配置も変えちゃうからって植わっていた花とかを奥のほうに避難させてて、お姫様が座って見るところからオレっちの位置はどこかは決めてきたよ。その前後左右に板を敷くって言ってたけど、横がね、そんなに広くなかったかな」
「左右に五人の前列二人、後列三人になるフォーメーションはどうです?」
「五人、五人、あの曲でくるくる回るけど、……うん、いけるかな」
「それじゃ十人を選びましょう」
ヴィスランティ家での非公式のミニコンサートでの最大の難関が子どもダンサーズとして誰を連れて行くかだった。
チビのサプライズコンサートに出た子たちは誰もが踊りたいだろうが、全員を連れていけない。
三人と一匹でかなり揉めた。
チビは子どもたちの交友関係をよく見ていて、「ユリアンヌちゃんとならこの子はいたほうがいいけど、そうするとこの子も一緒じゃないとあとで揉めそう」とか、「この子とこの子だけにすると実はあんまり喋らないんだよねー」と唸りながら意見を出し、途中考えるのを諦めて空を見上げながら「くじ引きだめ?」と現実逃避したほど。
くじ引き案も悪くはない。
ただ、他にも考慮しないとならないことも出てきて、三人と一匹で話し合いは続いた。
一番始めに、不参加を説明してもごねなさそうな子として、ゴードンと仲良し三人には勘弁してもらうことになった。正直言えば一番頼りになる四人なのだが、チビの式典デビューの際に王族への花束贈呈役から晴れ舞台に出ているので、違う子にも晴れ舞台の場を譲っていかないとならないとなった。
管理所住まいの子どもだけに絞る案も出た。しかし、チビの歌の練習に参加しても、ステージに立つのは恥ずかしいとなってサプライズコンサートのステージに立たない子も多かった。今回の観客は王子殿下ご夫妻とヴィスランティ家のお屋敷の方々に限定される。不特定の大多数の前に立つのとは違うので、先に親御さんたちに話してみて、ある程度の人数になるならこの案もありとなった。
ユリアンヌ様との年齢バランスで、七歳以上の子も今回は対象外とし、上は六歳、下は二歳。
最年少の二歳はヘンリー。子どもダンサーズ隊の全体バランスとしては出てほしいけれど、私もチビもだいぶ迷った。
「下の街の学校に通うようになってゴードンと一緒じゃない時間の過ごし方も知ってきているし、いけると思いたいんだけど、チビ、どうだろう?」
「正直、微妙。おにいちゃんに頑張ってきたと言えるように頑張ろうって言えばわかりそうだけどー。ヘンリー、菜園の手伝いでも気分のムラが出ちゃって、ゴードンにくっついちゃうのが気になるとこ」
「下の年齢としてヘンリーくんがいると微笑ましさがあるんですが、トーマスに聞いてみましょう」
「そういやこの子は?」
「この子はねー。アルバイト来れなくなったからだめなの。あ、あ、コロンボン、勘違いしないでね! この子、すっごいいい子なんだよ! コンサートだけに出たかったとかじゃないよ! コンサートが終わったら飛び級試験頑張るんだって言ってたんだ!」
「はい、私も聞いてます」
「ええ? 飛び級? この子、まだ四歳じゃなかった?」
「お父さんが怪我して仕事を休んでるんですが、そこから飛躍して、早く学校を卒業して仕事に就くんだって言い出して」
「そりゃまた」
「お父さんの怪我は夏までには治るって言っても、『ぼくががんばらなきゃ!』モードなので、親御さんからもやる気を削がないよう見守りたいと言われて。それで菜園のアルバイトをお休み中なんです」
「そういうことなら見守らなきゃな」
とても微笑ましい理由にコロンボンさんの表情も緩む。
チビのサプライズコンサート前の討伐班の森の見回り中に怪我人が出た。その子の父親がその一人。
父親が仕事に行けない。
足を痛めて歩けない。
そんな父親を見て、何かスイッチが入った。
あまり勉強が好きではなかった子が、突如として勉強を頑張るようになったので、親御さんもその子のお姉さんも見守っている。その子の父親とはたまたま医務室でお会いして少しだけ話した。息子の豹変に「長続きするかはわかりませんけどね」と笑っていたけど、夏前にある飛び級試験を受けたら、結果はどうあれ菜園のアルバイトに戻ってくる予定だ。
少しだけ幼少期の自分と重なる。
飛び級してもあの子の周りは大丈夫。
紙に印字されている名前を撫で、頑張れと心の中で応援した。
お読みいただきありがとうございました。
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