19.不穏な連絡、再び
真面目にリハビリに通い、足首の捻挫は順調に回復して普通に立てるようになった。
まだ走ったり、足首に負荷がかかる動きは禁止だが、山小屋の中なら松葉杖なしで両足で歩けるようになり、最初に取り組んだのは掃除。拭き掃除を再開したらスライムがビシビシと鞭打つ姿になり、「ここも拭け!」とアチコチ掃除させられた。
棚の上から順番に拭く掃除はどれくらいぶりだろう。ただ、背伸びをしないと届かないところは諦めた。ここでぶり返したくない。バシバシと鞭打つ音で私に掃除を急かしていたスライムだが、私の様子を見てベローンと伸びて棚の上だけきれいにしてくれた。全部掃除してくれてもいいのに……と、毎度思う。
山小屋の中は私の足首の回復待ちで半ば掃除を放棄していたけれど、山小屋の外観は知らないうちにスライムに掃除されていて、またもや無駄にピカピカ輝いている。道の拡張工事にやってきた工事職員さんの何人かが見てくれて、艶出しだけでなく防腐剤の効果のある樹液が塗りたくられていると言われ、どこが顔だかわからないスライムはドヤ顔していただろう。どうして山小屋の外観をピカピカにしたがるのか、よくわからない。
今日も山小屋の裏手──裏手というより少し登ったところが正しいけれど、そこへ至るまでの道と裏手の拓けた場所は、かなり急ピッチで工事が行われている。チビたち妖獣の異能の助けがあるとはいえ、それでもすぐとはいかない。
「班長ー、基盤の三番が動きませんー」
「おーい、一番から五番までの排水管テストするぞー。栓開けても大丈夫かー?」
「そのボルトじゃねぇ! こっちだ!」
「アロンソ! まだ組み上がってねえって言ったろ! 物を持ち込むなー! おいっニット! お前ンところリーダーふん縛っとけっつたろが!」
「縛っていたんだってば。縄抜けうまくなられて困っちゃうよ」
……聞いてはいけないことが聞こえてきた。リーダーの自由さは天才的だと思う。
基礎が整うまで山小屋の下の空き地にあったコンテナ型住居は、午前中にチビとフェフェが浮かせて運んで設置となった。
コンテナ住居を下ろすところでミリ単位の調整で、細かな異能の制御がうまくないチビが「ぎょえー!」と叫び、フェフェが「これくらいできるようになれよ~」と言いながら補助して無事に基礎に下りた。
その後の様子をペニンダさんと見学していたけれど、待ち人が山小屋にそろそろ着くと連絡が来たので足首を痛めないよう慎重に戻る。
コンテナ住居の運搬のあとも工事の手伝いをしているチビとフェフェがチラリと見てきたので、小さく頷いた。
山小屋の玄関前に止まった車から、所長とアビーさん、ラワンさん、そして運転してきたトウマがちょうど降りたところだった。
「すみません。リビングが使えないので二階でお願いします」
「使えない?」
アビーさんがなぜ使えないのかと聞いてきたけれど、見ればわかると言い、山小屋に入ってもらった。
「……これは、使えないわね」
リビングはスライムによって草干し専用室に改造されてしまった。
枝と枝を組み合わせて棚のようなものを作られ、細い枝を組み合わせた網のようなところに並べられた草、草、草。不格好なのに倒れない枝の棚たち。起きたらこうなっていて、脱力した私は正しいと思う。
「……」
「……」
「……器用なものですね」
男性陣も絶句した中、ラワンさんだけ絞り出してスライムを褒めた。褒めなくていいです。
台所のテーブルに六人は狭いので、二階の一番大きな部屋を打ち合わせ会場にした。
二つあるシングルベッドをソファー代わりにして向き合う。
アビーさん、所長、ラワンさん。
対面となるベッドにペニンダさん、私、トウマ。
「アタシもいていいわよね」
「ああ」
部屋にキィちゃんが仁王立ちで浮いていて、所長が許可してくれたので私の膝の上に来てくれた。
ありがとう、キィちゃん。いてもらえるだけで安心感がまったく違う。
所長たちが来る前にペニンダさんにポットや飲み物類を運んでもらっておいたので、それでは所長たちも聞きたくないだろう打ち合わせの始まりだ。
「トウマにはここに来るまでに前回のことを改めて始めから共有した」
「……ありがとうございます」
トウマは私の右に座り、手を握ってくれている。
伯父の事件のすべてをトウマが知った。トウマに知ってもらえたのは私にとっても大きい。
トウマも何か言いたげだったけれど、今を優先する。
「はぁ……」
所長の長い、長いため息。どんなに長くため息を吐いてもこの場はお開きにならない。
しばし沈黙が横たわったけれど、諦めて私のおでこを凝視してくれた。
「またなのか」
「所長宛てだと思います」
私のおでこに絶妙に斜めに貼り付いているのは、妖獣が作る異能の伝言板。指一本くらいの幅の白濁したものにトウマ以外の人は嫌な予感しかない。
「リリカ宛てのものは」
「出現してません」
「はあああぁぁぁ……」
所長、早くイチゴちゃんからの伝言板を受け取ってください……。
昼食を摂ってからも掃除を頑張った。二階のこの部屋もそのときに頑張って掃除した。一息つこうと階下に降り、のろのろとお茶を入れて台所のテーブルに着いた瞬間だった。
突如目の前に出現した小さい白濁色の伝言板。
伯父の事件を思い出して反射的に喉が詰まって悲鳴も出ず、ビタンッとおでこに貼り付かれてやっと叫び声を上げた。
玄関から転がるように飛び出せば、チビが暴風を纏いながら来てくれて、四つん這いのままチビに手を伸ばした。
チビもおでこに貼り付いた伝言板を見て、「またなのー!?」と素っ頓狂な声を上げ、妖獣同士の念でフェフェとキィちゃんを呼んでくれた。
チビに抱き着きながら落ち着いてみたところで落ち着くわけがないという矛盾の海を漂流していたと思う。震えてチビにしがみついていたことしか覚えていない。
工事現場の人たちにも私の叫び声は聞こえてしまったけれど、咄嗟にキィちゃんが「リリカがうっかりして足を痛めたみたい~」と誤魔化してくれて、私に山小屋に入るように促してくれた。その間にフェフェが管理所に飛んで伯父の事件のことを知る誰かを連れてくることになった。
山小屋の中に戻った私の肩にキィちゃんが乗って声をかけ続けてくれて、チビはずっと山小屋の外にいるのも変に思われるからと、私のことを気にしつつも工事現場に戻っていった。
フェフェから聞いて来てくれたのはペニンダさん。私のおでこを見て瞬時に状況を理解し、それからずっと一緒にいてくれて、今に至る。
所長とアビーさんは出かけていたけれど、ペニンダさんが緊急連絡で呼び出し、急ぎ戻ってきてくれるように相談。ラワンさんはお休みだったのに緊急招集になって申し訳なさしかない。
トウマを連れてきたのは所長の判断だと教えてくれた。
フェフェも工事の手伝いに戻り、私がちょっと無理した痛みの叫び声だっただけで大丈夫そうと言いまわってくれた。
ずっとペニンダさんとキィちゃんが一緒にいてくれたのでだいぶ落ち着いたけれど、伯父のときのことを思い出して泣き出しそうになる自分の弱さが情けない。
「このメンツなら大抵のことは対応できるわ」
「そうよ。落ち着いて」
ペニンダさんとアビーさんの言葉に頷く。本当に心強い。
白濁している異能の伝言板はイチゴちゃんのものしか知らない。普通はほぼ透明だ。
一度、セイが頑張って伝言板に伝言板を仕込んでテストしてきたことがある。かなり面倒らしく、チビやオニキス、フェフェ、キィちゃんはやろうともしない。それを知るから、この白濁の伝言板はイチゴちゃんからだと確信している。
所長とイチゴちゃんは会ったことがない。私を経由して今回は何を告げようとしているのか。
こうして伝言板を送るほどのこと。所長の顔が渋くなっても仕方ない。
手を伸ばせば届く距離。
私の額に向かって所長が手を伸ばしてきたので少し前屈みになって所長に近づけたら、もぞもぞとした感覚がフッと消えた。
所長の手に顔と同じくらいの白い伝言板が展開し、左右からアビーさんとラワンさんが覗いているけれど読めるのだろうか?
「……私には白い板ってだけで文字は見えないわ」
「……所長だけのようですね」
アビーさんとラワンさんには文字が見えない。イチゴちゃんからの異能の伝言板が所長宛てならこれは正しい。前回はどうだっただろう。所長が読み切る前に腿に貼り付けて保留したことしか思い出せない。
所長の眉間の皺が読み進めながらだんだん深くなっていく。
「……消えん」
所長は読み終えたらしい。
伝言板の内容も気になるけれど、読み終えたら消える妖獣の伝言板が消えないことに、またなのかと私の体が強張った。
「所長、内容をお聞きしても?」
「リリカが不安がってます。次|があるのは覚悟ですが、その前に何が書いてあるのか概要だけでも」
ラワンさんとペニンダさんが所長を促すと、所長がざっと全員を見て、私には憐れみの目で「本来ならリリカは何も関係ないのだがな」と言ってくれた。
「チビがいたほうがいい」
「アタシが呼ぶわ」
所長が情報端末を取り出してチビを呼び出そうとしたのを制して、キィちゃんが妖獣同士の異能の念でチビに山小屋に来るよう伝えてくれた。キィちゃんが言葉を発した途端に窓が僅かに震える。チビが飛んできた風の勢いだった。
二階のベランダ側の窓に顔をくっつけてこようとするけれど、ベランダの柵が邪魔で顔の半分くらいでつっかえている。
「この柵ジャマーッ!」
「チビ、壊さない」
「もー!」
アビーさんがベランダのある窓ではない別の窓を開ければ、チビがその窓から顔を覗かせてきた。チビはちょっと考えて異能の障壁で山小屋を覆ったみたいだ。チビの向こうの景色が若干歪むので包まれていることがわかった。
「防音した!」
「これのどこが防音なのよ! まったくっ! よし、アタシが強化したわ。チビが喚いても漏れないわよ」
ドヤ顔のチビだったけれど、塒から歌声が聞こえてくるのであまり安心できない防音だったりする。キィちゃんがいてくれてよかった。
所長宛てのイチゴちゃんの伝言板の始まりは、私がシシダに帰省するときにチビはついて来るなというものだった。
「ヤだね! リリカといる!」
「最後まで聞け。来るなと言っても来るだろうことはシシダの妖獣もわかっている。ただゼロにも等しいくらいの希望で、チビの来訪を抑止できないかと書いた理由は、未だにシシダで揉めているからだそうだ」
何度も話し合って現状のシシダではチビのコンサートは開催できないと伝えてある。年が明ける前にはそう伝えて、私が帰省するときにコンサートはしないとなったのに、本当に諦めが悪い。
そしてイチゴちゃんによると、どこからねじ曲がったのか、商店街の一部の人の間で、私がチビがコンサートを中止したことになっているという。
イチゴちゃんもその情報はおかしいと思ってくれたらしい。聞こえてくる情報を精査してみたが、逆恨みの類だろうという推測だった。
「そもそもチビが歌うことはチビの希望であって、管理所として許可していて、リリカ個人ではないですよね?」
「そうなんだが、妖獣の相棒との関係性を正しく理解できていない者がいるのも実情だ。それはトウマもわかるだろう」
私の代わりにトウマが言葉にしてくれた。そして所長に言われて押し黙る。トウマもオニキスとのことで何かを言われたことはあるだろう。
モウリディア王国は愛玩目的の動物飼育は禁止だ。ただし狩猟犬などのように許可されている場合がある。人が主人で、動物たちに言うことを聞かせる使役の形。
妖獣と相棒の関係もそれと勘違いされがちで、人が妖獣に言えば何でもやってくれると思っている人は結構多い。
人を相棒にした妖獣は人の社会を理解し、手助けをしてくれるが全てを手伝ってくれるわけではない。
チビが歌うのは私が命令しているわけでもお願いしているわけでもない。
シシダで私が悪者のように言う人は、妖獣と人との関係を理解できていない人だろう。
そのことに対してイチゴちゃんも「バカがバカなことを言っているだけなら聞き流せばいいが、バカに影響力があるのが厄介だ」と書いてあるという。
チビのコンサート開催の無謀かつ杜撰な計画しか出してこなかったシシダの商店街のバカ筆頭とその取り巻きのような数名が、今のシシダの商店街でちょっと権力がある。二年くらい前にシシダの商店街の店を買った人で、言ってしまえば新参者。だけど金もあれば外へのツテもある。
あの地を愛するイチゴちゃん。険悪な雰囲気になっているのを解決しようと、この伝言板を送ってきたのだろう。前回は伯父の救出とシシダの警備体制だった。
「前回も私宛ては至極丁寧だったが、読み終えても伝言板が消えぬことを考えれば、もう一つある伝言板がメインか」
「本当の意味でチビに来るなと言っているわけでもなさそうですね」
「チビがリリカから離れないことを理解していると書かれてあるなら、そうよね」
「シシダに来るなら警備はしっかり調整してから来いという助言なのかしら?」
「つーかさ~、結局のところイチゴちゃんは何が言いたいんだか全然わかんない~」
「チビから聞いてはいたけど、よくもまぁこんなヘンテコな伝言板を作ろうなんて思うわね」
トウマと私以外が各々「結局なんなんだ?」という感想で、揃って私に目を向けてくる。
所長が二度読み上げてくれたけれど、私もイチゴちゃんが何が言いたいのかがよくわからなかった。
「では、リリカ。手を翳してくれ」
「……」
所長が読んでも消えない伝言板に、もう一つ伝言板が隠れているのは前回で学んだ。
「大丈夫よ。チビもアタシもいるわ」
キィちゃんが肩に乗り、小さい前脚で頬を支えてくれる。
所長が差し出してくる伝言板に左腕を伸ばせば、白い伝言板の上に垂直に現れたもう一つの伝言板。ほとんど透明で文字があるように見えない。
前のときはチビが二つの伝言板を並行にすると、文字が浮かび上がることに気づいてくれたけれど、今回は垂直に出現した透明の伝言板に何かがある。
全員で覗き込んだ。
──$≧¢£ Ж% ≠#& *Ψ @§∀
「?」
なんだろうこれ?
「これは、あれか? 古代文字か?」
所長も見えているらしい。トウマも覗いて首を傾げている。
ゴゴジが使っていた古代文字と違うのはわかる。ゴゴジが使っていた古代文字は文字だと言われなければ絵に近いものだった。
「チビ……は、そこからじゃ見えないな。キィは読めるか?」
所長がチビとキィちゃんに協力を求めたけど、チビの位置から見るには伝言板が小さい。
所長に言われるまでもなく興味津々でキィちゃんも私の肩から伝言板を覗き込み、コテンと首を横に傾けた。
「文字なの? アタシ、こんな文字知らないわ」
「え」
「これ、リリカは掴める?」
キィちゃんに言われて透明の伝言板を掴もうと手を伸ばしたけれど掴めない。どういうこと?
「リリカが手を翳して出現したのに掴めない?」
ペニンダさんが手を伸ばしてみたけどやはり掴めない。他の人も手を伸ばしたけれど全員だめで、もちろんキィちゃんもだめだった。
試してないのは外から覗き込んでいるチビだけど、どうやって近づけようかと悩んだら、所長がハッと気づいて、消えずにあった白い伝言板を掴んだ。垂直に登場した透明の伝言板も白い伝言板と一緒に動く。
「チビ、見えるか?」
「んー?」
透明の伝言板は小さくて、チビがなんとかして読もうと顔を遠ざけたり近づけたりしていたら、透明の伝言板がチビの眉間に飛んでいった。
「イッター!」
バシンッ! と、かなり痛そうな衝撃音とともにバリバリバリと小さい雷の音もして、スゥと消えたイチゴちゃんの伝言板。
驚いていた間に所長が持っていた白い伝言板も消えていた。
「えー!? 伝言板で攻撃? 初めて見た」
「なんっ! なんだよアイツー! 絶対伸す!」
キィちゃんは呆れて、チビは怒って、私たち人は何が起きているのかまったくわからない。
「ど」
どういうこと!?
ガウガウ怒るチビをポカーンと見ていたら、チビが「で、結局アイツ何を伝えたかったわけ?」とイライラした声で私たちを睨んできた。おそらく本当に睨みたいのはイチゴちゃんだろう。あの音はかなり痛そうだった。
「……まさか、チビに八つ当たりがしたかっただけ?」
「は?」
「チビが歌わないって決めたから……」
「あ゙あ゙っ゙?」
アビーさん、なんですかその推論。
チビが聞いたことのない低い声で返してくる。
「チビは向こうの状況を知り、私たちの意見を尊重して至極真っ当な判断で歌わないと決めたので、チビは悪くな」
「オレっちっ悪くないよねー! バカがバカみたいな杜撰な計画しか出さなくて、あれじゃ何人も死んじゃうってなって、みんなでやめようってなったじゃんかー!」
ラワンさんがアビーさんの推論を引き継ぎ、だけどチビは悪くないと訂正しようとしたらチビが爆発した。チビの叫び声だけで山小屋がビリビリと揺れている気がする。
キィちゃんが障壁の防音を強化してくれていてよかった。外に漏れていたら大事だ。
「チビ、落ち着いて」
「落ち着いてらんないーッ! アイツ絶対伸してやるーッ!」
アビーさんがまさか八つ当たりと言った意味が私もじわじわとわかってきた。
伯父のときは伯父を助けるだけでなく、あの当時のシシダの警備隊の体制を見直させて、穏やかで平和なシシダを取り戻したかったのがイチゴちゃんの本懐。それが私経由所長宛ての白濁した伝言板を送ってきた背景だった。
今回はチビのコンサート開催可否問題が燻っていて、どうにもシシダの雰囲気がよくない。私とラワンさんは話し合いにも参加していたので、状況はわかっていたつもりだが、イチゴちゃんの伝言板がきたほどのこと。だいぶよくないのだろう。
シシダの商店街が出してきたコンサート計画では、怪我人や死者が出てしまいかねず、そうした警備面の弱さが解決できないなら開催できないと回答した。
これはシャーヤランでのサプライズコンサート計画を練っていたときにも最難関の課題だった。
チビのコンサート打診は多数あったけれど、この難関を突破できる計画でない限り不可だと伝えたら、ほぼすべての先が打診を取り下げた。
チビのコンサート開催は簡単ではない。
チビがいるだけで、チビ見たさに人が殺到してしまうのは簡単に想像できる。
シャーヤランの街、とくに領都はチビと私が来る前からオニキスとフェフェがいたこともあり、住民が無闇に妖獣に近づかない意識が高いけれど、それでもチビが街に出るとなったら人だかりになる。今まで街の人たちの協力によって大混乱とまではならないできたが、サプライズコンサートの検討中に一番議論したのが警備面だった。
もともと領主会合の期間だったため、街中は交通規制が敷かれていた。おかげで人の流れをある程度制御できた。
裏後援会の方々が経営する店などの店頭や店内にあるモニターでステージを映し、さらに報道局による放映もあって、公園に殺到しない足止め作戦もかなり功を奏した。他にも色々と協力があって、そうして実現できたのだ。
こうしたことをチビのコンサートをやりたいと打診してきた先には詳らかに公開もした。その上で、「この内容の計画ではチビのコンサートはできない」と回答しているので、各先から不満はほぼ出ていない。シシダの人たちもそうだよなぁと諦めてくれた。
納得してないのはほんの一握り。その一握りのうちのとくに一人が今のシシダの商売関係者のなかで影響力があって、周りが阿る状況でどうにも諌めきれていない。
商いがギスギスすると主力産業の観光業にも影響があり、ひいてはシシダ全体の暮らしに影響が出てしまう。
コンサート問題を話し合っていた頃は私のシシダへの帰省時期が明確には定まっておらず、シシダからも自分たちで解決したいと言うことで、こちらは終息を見守っていた。
イチゴちゃんから所長宛ての伝言板には、私に危害が及ぶ可能性を示唆した言葉が出てくるほどで、年明け前の状況より確実に悪化している。
そんな状況に私に来るなと言わず、帰省するなら身辺警備をじゅうぶんにしろと教えてくれたのは、イチゴちゃんの優しさだろう。
私がシシダに帰る日程の情報源はきっと伯父だ。
少し前に伯父宛ての手紙をラワンさん経由で届けてもらっている。そこに書いた。どういう風に出没しているのか不明だけど、イチゴちゃんは頻繁に伯父に会っている。
シシダの雰囲気がよくない原因にチビは関係してくる。だけど、チビだけでコンサートをやる、やらないが決まるものではない。最終的には人の決定だ。
イチゴちゃんとチビの関係性から想像すると、イチゴちゃんもチビのせいではないとわかりつつも、「お前のせいだー!」と中身のない八つ当たりを……、そう、アビーさんの言う通り、イチゴちゃんの八つ当たり眉間アタック伝言板が仕込まれていた可能性は否定しきれない。
「シシダの妖獣って異能の制御もだけど、性格もひねくれ気味? チビが歌うのが根本原因だなんて言い出しかねない?」
「……」
キィちゃんの素朴な疑問に答えにくい。
チビの喚き声をBGMに、いつの間にかベッドからずり落ち、ヘロヘロと床にしゃがみ込んでいた。
「あー、なるほど。リリカが答えにくいのが答えね」
キィちゃん曰く、伝言板は質量のあるものではないので、こういう風に使うのは初めて見たと言う。だいたい一つの伝言板にもう一つ伝言板を仕込むこと自体が普通はできなくて、イチゴちゃんの異能制御力は妖獣から見ても斜め上に突き抜けていると、感心しつつ、呆れてもいる。
「帰るの、やめようかな……」
それが一番穏やかな解決になる気がしてきた。
「え、リリカ行かないの? だったらオレっちだけシシダに行ってもいい?」
「は?」
「親っさんに伝言あるなら言って!」
「待ってーッ!」
チビが激おこ。
私を置いてでもイチゴちゃんに会う気でいる! やめて! 喧嘩しないでー!
今回のエピソードで、本編から通算100エピソード目になりました!
(本編と番外編(続編)の間にある登場人物一覧のエピソードは除きます。)
番外編(続編)はもう少し続きます。
評価や感想などを頂戴できましたら、執筆の励みになります。
引き続き、どうぞよろしくお願い申し上げます。
たまに活動報告も記しております。お時間があればご確認をお願い申し上げます。




