静かなお客さん編
秋も深まり、厚手の服が必要な季節になっていた。窓から差し込む柔らかな日差しが、店内を暖かく照らしていた。
古賀はいつもの席に座り、マスターにコーヒーを頼んだ。今日は珍しく、自分の他には客はいなかった。
コーヒーが置かれ、一口飲む。香ばしい風味と、ほろ苦さが口の中に広がった。相変わらず美味しい。
一息つき、カバンから読みかけの小説を取り出した。
「いらっしゃい」
ページをめくっていると、マスターがいつものように挨拶をした。
古賀が顔を上げた。
扉が開けば響くはずのベルの音は聞こえなかった。それなのに、いつの間にか数席隣のカウンター席に、白いワンピースを着た女性が座っていた。
女性はメニューを指さした。マスターが確認すると、女性は小さく頷いた。
しばらくすると、女性の席にコーヒーが届いた。
「お待たせしました」
女性は会釈をして受け取った。数口飲むと、カバンから本を取り出し、読み始めた。
古賀も小説に目を落とした。
途中、一度だけ顔を上げ、女性を見た。コーヒーカップを置く音さえ、ほとんど聞こえない。
マスターが食器を洗うカチャカチャという音や、外で子どもの話し声が時折聞こえてくる。
気づけば数十分が経っていた。ページをめくる手が止まらず、そのまま小説の最後まで読み終えた。小説を静かに閉じて、テーブルに置いた。しばらく物語の余韻に浸り、ぼんやりと宙を眺めた。コーヒーを飲むと、冷えてしまっていた。
(こんな時に兵藤さんがいてくれたらな)
そう思いながら残りを飲み干した。
カバンに小説をしまい、立ち上がった。
「ごちそうさまでした」
レジに行って会計を済ませた。
扉に手をかけると、後ろから肩をつつかれた。振り返るとワンピースの女性が立っていた。彼女の手には、見覚えのあるハンカチが握られていた。
どうやら、カバンから財布を取り出した拍子に落としていたらしい。
「あ、すみません。ありがとうございます」
女性は微笑んで会釈し、席に戻った。
翌日、古賀はマスターに尋ねた。
「昨日の白いワンピースの女性って常連さんですか?」
「半年に一回くらいの頻度で来てくれる常連さんだね。すごい田舎に住んでるそうだよ」
「そんな遠くから、わざわざこの店に?」
「映画を観にこっちまで来るらしいよ。そのついでに寄ってくれるんだ」
「静かなお客さんでしたね」
「そうだねぇ」




