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悪役令嬢レティシア、二人になりました  作者: 南蛇井


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Scene 9 断罪終了

何かが終わった。


 レティシアは。


 そんな気がした。


 大広間に集まった貴族たちは、まだ何かを話している。


 婚約破棄。


 罪状。


 処罰。


 これから自分がどうなるのか。


 誰かが決めている。


 誰かが相談している。


 けれど。


 もう。


 どうでもよかった。


「…………」


 レティシアは、静かに目を閉じる。


 そして。


 一度だけ。


 深く息を吐いた。


「承知しました」


 その声に。


 周囲がざわめいた。


「……え?」


「承知、した?」


「それだけなのか?」


 誰もが驚いた顔をしていた。


 もっと抵抗すると思っていたのだろう。


 先ほどまで。


 あれほど証拠を求めていた。


 証人を呼べと言った。


 王子にさえ。


 正面から問いかけた。


 だから。


 まだ戦うのだと思っていた。


 泣いて。


 怒って。


 最後まで自分の無実を主張するのだと。


 けれど。


 レティシアは。


 もう何も言わなかった。


「レティシア?」


 アルベルトが名前を呼ぶ。


 レティシアは顔を上げた。


「はい」


「本当に……」


 アルベルトが何かを言いかける。


 けれど。


 やはり。


 その先が続かなかった。


 レティシアは。


 そんな彼を見て。


 少しだけ笑った。


「もう、よろしいですわ」


「……でも」


「殿下」


 レティシアは静かに言った。


「もう、決まったのでしょう?」


 アルベルトは答えない。


 けれど。


 その沈黙で十分だった。


「でしたら」


 レティシアは。


 ゆっくりと頭を下げた。


 侯爵令嬢として。


 そして。


 かつての婚約者として。


 何度も。


 何度も。


 彼に向けてきた礼だった。


「これまで」


 言葉を。


 一つずつ。


 ゆっくりと紡ぐ。


「お世話になりました、殿下」


 大広間が。


 静まり返った。


 アルベルトが。


 息を呑む音が聞こえた。


「……レティシア」


「失礼いたします」


 レティシアは顔を上げる。


 そして。


 振り返った。


 誰も。


 彼女を止めなかった。


 止められなかった。


 レティシアは。


 そのまま。


 大広間の出口へ向かって歩き始めた。


 かつん。


 かつん。


 かつん。


 靴音だけが。


 やけに大きく響く。


 背中には。


 無数の視線を感じていた。


 怒っている。


 そう思っている者もいるだろう。


 悲しんでいる。


 そう思っている者も。


 悔しがっている。


 そう思っている者もいるかもしれない。


 けれど。


 違った。


 レティシアは。


 怒ってなどいなかった。


 悲しくもなかった。


 悔しくも。


 なかった。


 ただ。


(……疲れましたわ)


 それだけだった。


 説明することに。


 誤解を解くことに。


 間違っていないと証明することに。


 そして。


 誰かに理解してもらおうとすることに。


 もう。


 疲れてしまった。


(私は)


 何を。


 こんなに頑張っていたのでしょう。


 ふと。


 そんな考えが浮かぶ。


 王子のため。


 家のため。


 王国のため。


 そして。


 自分自身のため。


 ずっと。


 間違えないように。


 誰かに迷惑をかけないように。


 立派な婚約者でいられるように。


 努力してきた。


 なのに。


 最後に残った言葉は。


 ――悪役令嬢。


 レティシアは。


 小さく目を伏せた。


(……そうですか)


 もしも。


 皆が。


 本当にそう思っているのなら。


 自分がどれだけ説明しても。


 もう。


 意味がないのかもしれない。


 かつん。


 また一歩。


 出口が近づく。


 あと少し。


 この大広間を出れば。


 少なくとも。


 この人たちの顔を見なくて済む。


 そう思った。


 そのとき。


「……レティシア」


 背後から。


 もう一度。


 アルベルトの声が聞こえた。


 レティシアの足が。


 一瞬だけ止まる。


 けれど。


 振り返らなかった。


 今。


 彼の顔を見れば。


 また。


 何かを期待してしまう気がした。


 だから。


 レティシアは。


 そのまま歩いた。


 大広間の扉へ向かって。


 ゆっくりと。


 ゆっくりと。


 そして。


 大きな扉の前まで来たとき。


 レティシアは。


 ほんの少しだけ。


 肩の力を抜いた。


(……もう)


(どうでもいいですわ)


 その瞬間。


 彼女の胸の奥に。


 昨日までとは違う。


 奇妙な感情が生まれた。


 怒りではない。


 悲しみでもない。


 絶望ですらない。


 ただ。


 ひどく。


 ひどく。


 疲れていた。


 そして。


 レティシアは知らなかった。


 そんな彼女のすぐ近くで。


 誰かが。


 くすり、と。


 小さく笑ったことを。

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