Scene 12 「口の悪い令嬢」
夕方。
水路の修理を終えたレティシアは、ニーナと並んで館へ戻っていた。
日が傾き、辺境の空が赤く染まっている。
その背中に、住民たちの声が飛んできた。
「また頼むぞ、レティシア様!」
「次はもっと早く呼んでくれ!」
「今度は飯も用意しとく!」
「……好き勝手言ってるわね」
レティシアは振り返りながら、呆れたように呟いた。
ニーナが隣で微笑む。
「随分と気に入られたようですね」
「そう?」
「はい」
「…………」
レティシアは少しだけ考えた。
今日ここへ来るまで、自分はこの人たちにとって、ただの追放された令嬢だった。
王都から押しつけられた、面倒な存在。
けれど今は違う。
水路を直した。
困っていることを聞いた。
そして、また頼まれた。
「……まあ」
レティシアは小さく笑った。
「悪くないわね」
ニーナは何も言わなかった。
ただ、嬉しそうに微笑んでいた。
――王都では。
彼女の口の悪さは、「悪役令嬢」の証だった。
「そんな言い方をしなくてもいいでしょう」
「もっと人に優しくできないのかしら」
「本当に高慢な方ね」
怒れば、怖い。
意見を言えば、わがまま。
間違いを指摘すれば、嫌味。
自分の意思を通せば、悪役。
けれど、辺境では違った。
問題を見つければ、口を出す。
おかしければ、「おかしい」と言う。
必要なら、自分で動く。
遠慮なく指示を出し、間違っていれば容赦なく指摘する。
王都では「口が悪い」と嫌われた性格が。
ここでは――。
「頼れるな」
「レティシア様に任せれば大丈夫だ」
そんな信頼へと、少しずつ変わっていった。
レティシア自身も、まだ知らない。
自分がこの場所で、何を見つけようとしているのか。
ただ一つだけ。
誰かに頼られることが、少し嬉しい。
その感覚だけは、確かに芽生え始めていた。
こうして、レティシアは少しずつグランフェルでの居場所を作り始めた。




