Scene 10 初めての「頼られる感覚」
水路の様子を確認し終えたところで。
「あの、レティシア様」
住民の一人が声をかけてきた。
「何?」
「次は畑のほうも見てもらえないか?」
「……私に?」
レティシアは思わず自分を指差した。
「ああ」
「どうして?」
「水路を見てくれただろ」
住民は、何でもないことのように言う。
「なら、畑のことも分かるかもしれない」
「いや、私は別に農業の専門家じゃ――」
レティシアは困ったように眉を寄せる。
水路の修理なら、構造を見ればある程度分かった。
けれど、農業となれば話は別だ。
「作物のことなんて、詳しくないわよ」
「でも――」
住民は少しだけ笑った。
「困ってるなら見てくれるだろ?」
「…………」
その言葉を聞いた瞬間。
レティシアの脳裏に、昨日の光景が蘇った。
――困っていることがあるなら、放っておくな。
グランフェル辺境伯、ハロルド。
初めて会ったときに言われた言葉だった。
「…………」
レティシアは畑のほうを見る。
まだ何が問題なのかも分からない。
自分に解決できるとも限らない。
それでも。
「……困っているのよね?」
「ああ」
「…………」
レティシアは少しだけ考えた。
そして。
「だったら、見てみるわ」
「助かる!」
住民が嬉しそうに笑う。
レティシアは、その顔を見て少し戸惑った。
(……まただ)
頼られている。
それだけなのに。
胸の奥が、ほんの少し温かくなる。
「ただし」
レティシアは人差し指を立てた。
「私に分からないことは、分からないと言うからね」
「ああ、それでいい」
「それから、私の言うことが全部正しいとも限らないわ」
「分かってる」
「……ならいいわ」
レティシアは小さく頷いた。
「案内して」
「おう!」
住民が歩き出す。
その後を、レティシアもついていく。
その横で、ニーナが静かに微笑んでいた。
レティシアはまだ知らない。
これが。
この辺境で「頼られるレティシア」になっていく、最初の一歩になることを。




