Scene 2 「私に頼むの?」
レティシアは、ゆっくりと周囲を見回した。
水路の周りには、いつの間にか何人かの住民が集まっている。
誰もが、当然のような顔をしていた。
――まさか。
本当に。
自分がこの水路を直すと思っているのだろうか。
レティシアは、もう一度確認することにした。
「……私、昨日来たばかりよ?」
「知ってる」
「…………」
即答だった。
「しかも令嬢よ?」
「知ってる」
「…………」
やはり即答。
レティシアは眉をひそめた。
「水路の修理なんてしたことないわ」
「でも、直せそうだろ?」
「…………」
レティシアは絶句した。
どうしてそういう結論になるのだろう。
普通、貴族令嬢に水路の修理を頼むだろうか。
いや、頼まない。
少なくとも王都では絶対に頼まない。
「……あのね」
レティシアは言葉を選びながら説明する。
「私はヴァレンフォール侯爵家の令嬢なのよ?」
「そうだな」
「貴族なの」
「うん」
「だから普通は、こういう仕事はしないでしょう?」
「そうなのか?」
「そうよ!」
思わず声が大きくなった。
しかし住民たちは、きょとんとしている。
まるで、何がおかしいのか分からないという顔だ。
レティシアは頭を抱えた。
(……話が通じない)
その横で、ニーナが水路を眺めながらぽつりと言った。
「……期待されているようですね」
「どうしてそうなるのよ」
レティシアが即座に振り向く。
「だって、皆さん本当にお嬢様に任せるおつもりのようですから」
「だから、それがおかしいのよ!」
「ですが――」
ニーナは少しだけ笑った。
「お嬢様なら、何とかしてくださると思われているのでしょう」
「…………」
レティシアは黙った。
改めて周囲を見る。
住民たちは、こちらを見ている。
疑っている様子はない。
馬鹿にしているわけでもない。
ただ――
「任せたぞ」
そんな顔をしている。
レティシアは水路へ視線を戻した。
(……本当に、私に頼むつもりなのね)
王都なら。
「令嬢がそんなことをするなんて」
「もっと相応しい人に任せるべきですわ」
そんな言葉が飛んでくるだろう。
けれど、ここでは違う。
令嬢かどうか。
追放された人間かどうか。
悪役令嬢と呼ばれていたかどうか。
そんなことは、どうでもいい。
ただ。
「直せそうだから頼む」
それだけなのだ。
「…………」
レティシアは、少しだけ呆れたように息を吐いた。
「……本当に、変なところね」
「そうか?」
「そうよ」
けれど。
不思議と、嫌な気はしなかった。
むしろ――
ほんの少しだけ。
胸の奥がくすぐったかった。




